7 大陸戦争
書き置き消化に勤しむ第7話です。
「月奈様、どうぞ飲んでみてください。」
シェリーに促され、私は口をつけてみる。
「美味しいような…ちょっと苦いような…不思議な味ね」
「地球では、砂糖や牛乳などを入れて味を整えるそうです」
シェリーはそう言うと、盆に乗せた砂糖と牛乳の入れ物を置いた。
私はそれを手に取り、適量紅茶に入れ、飲んでみる。
「へぇ…」
まろやかな風味に甘味が加わり、悪く無い。私はもう一度紅茶を口に含んだ。
(ふむふむ、なかなか面白い飲み物ね)
「最近、【接界門】を通ってやって来た、地球の中国という所の飲み物らしい」
何度も紅茶を飲んでは頷く私にグレイが説明を始める。
「今週の平日の出来事だから君は知らないと思うけど、家にいた僕のところへエレナ君が押しかけてきてね。『テメーの庭で接界門開くの何回目だ!』って愚痴を叫びながら」
エレナ君とは、王立魔術師団の団長、エレナ・リーヴィリヒアインツネバーのことだろう。私も何度か会ったことがある。9歳の頃、初めて会った時はあまりにも想像と違う容姿に驚いたが。
「月奈君も、接界門は学校で習ったことがあると思う」
「そうね、確か……異世界の産物が流れてくる門だったかしら?」
「そう、別の時空に、我々の世界とピッタリと重なって存在する数々の異世界。その世界の内1つと、我々の世界の時空が擦れあって開くのが接界門。」
グレイが両手を擦りあって、時空が擦れ合うのを表現する。
「今回は、地球の時空と擦れあったってこと?」
私の疑問に答えるようにグレイは右手に魔術格を展開する。すると、魔術格の上に鉄で出来た缶が出現した。
「うん。いつもなら10個くらいの品々が出てくるんだけど、今回は珍しくこれ1つだけだった」
彼は私に缶を渡す。気になって振ってみると、中からサラッ、サラッと小さい何かが擦れ合う音がする。
「開けてもいい?」
「どうぞ」
蓋を開けると、中には枯葉のようなものが入っている。匂いを嗅いでみても、紅茶から漂ってくるようないい香りはしない。
「え…これが紅茶なの?」
「どうもそうらしい。どうやら、これに沸騰したお湯を加えて抽出したものが紅茶のようだ。エレナ君が調べてくれたよ。『前に世界のお茶とかいう本が流れてたなそーいや』とか言ってたっけ」
目の前の枯葉からこのような飲み物が出来るとは不思議だ。一体どんな文化が地球にはあるのだろう。
接界門にはまだ解明されていないことが多い。今も度々現れるそれを観測して研究が進められていると聞くが、もしかして異世界に行けるようになったりするのだろうか。
「さて、だいぶ話が逸れてしまったね。本題に入ろう」
グレイは、腕を組んで月奈に向き直った。
「私の王立騎士団への入団…だったかしら?」
「うん。近年、王都が拡大して王立騎士団の手が回り切らなかったり、対処出来ない超常犯罪や魔術犯罪が増えてきている。中には神格存在を召喚するバカ者もいてね」
うんざりしたように首を振り、グレイはため息をつく。
【神格存在】。まだ私も見た事はないが、別次元に存在する神に似た存在、または神そのものの存在のことらしい。
普段は私達とは違う次元にいるが、時たま私達の次元に顔を出したり、召喚されて同じ次元に出現したりする。神に近いため、とても強大な力・能力を持つ反面、言葉は通じないし、何故か常に敵対的という謎が多い。
本来、召喚には、かなり難しい魔術を必要とするのだが──
「神格存在も、お手軽に召喚出来る時代になったものね」
「これも魔術の進歩のおかげなんだけどね。喜べばいいのか、憂えばいいのか」
もう彼も、すっかりお手上げなのか声に苦悩が滲み出ている。グレイの魔術は王国の中で5本指に数えられる程の実力だ。そんな人を悩ませる程に王都の治安は悪くなりかけているということか。
そして彼は言葉を繋げ、
「それもあるんだけどね──」
声の調子を落として続ける。神妙な面持ちで、グレイは私の目を見据える。
「1番は、【大陸戦争】が関係している」
「【大陸戦争】…ですって?」
「ああ、君も…3年前から超大国ヴァータが戦争をしかけているのは知っているだろう」
知っている。3年前の1845年、今までただ平原や山などの自然があるだけの、人は全く住んでない大陸の中央地帯に突如ヴァータという国が出現したのだ。
「その時まで大陸の真ん中は何も無いと思っていた各国は、どうして今までその存在を知覚出来なかったのかと原因解明を急いだ、そんな矢先だ」
「……ヴァータが、私達アクターリア王国やウルテリアス城塞王国を始めとした大陸の国々に、侵略戦争を始めたのね」
「そう。しかも、大陸の中央地帯全てがヴァータ国ということは、当然兵力も財力も資源すらも向こうの方が数十段階上だ。なんてったってヴァータを除けば1番大きいアクターリア王国ですら、ヴァータ国領土の20分の1程度なのだから」
戦争開始から3年、大陸に存在する各国はヴァータが積極的に攻めてこないから辛うじて侵略されていない、という危うい状態が続いているのだ。
しかも、最近不穏な動きが市井で噂されている。今はまだ商人が街頭を走っていたら奇妙な人影を見たとか、その程度であるが、騎士団としては看過できない問題だろう。
「で、それと私がどう関係しているのかしら?」
すると、グレイは私の目を真っ直ぐに見据えて、
「この均衡とは程遠い、向こうの気分次第で簡単に崩れる状況を打開するために、君に──正確には君のような特異な戦闘能力や技能を持つ者達に、特殊騎士団として【大陸戦争】に加わって欲しい」
と、願いのこもった声で言うのだった。
***
ふぅ、と月奈は息をついてムギ酒を飲み干す。
「ここまでが、特殊騎士団の設立までの経緯になるわ。あ、ビビさんムギ酒おかわりで」
「はいよ!」
月奈の差し出したグラスを受け取り、ビビは1度屋内の方へ戻っていく。
「ほ〜そんな感じで作られたんか、姉ちゃんらの組織は」
「えぇ、王国で起こる超常犯罪や魔術犯罪、召喚される神格存在への対処と召喚した犯人の取り締まりなどなど…基本的には、とても難しい犯罪の対処と、ヴァータに太刀打ち出来る騎士が配属される騎士団といった感じだったわ」
時刻は既に冥刻の2を回っている。しかし、「狩人の食卓」に溢れる喧騒は止むことを知らず、むしろ月奈が話し始めた頃よりも人が増えていた。
広場の中央にある円形の舞台では酒に酔った男が壇上に上がり、何やら面白い話を声高に語っていて、それなりに受けているようだった。
「そうですね、確か当時は……【王立特殊騎士団】と名付けられていました」
「ラ・シーアって名前じゃなかったんか?」
「ええ、あの時はそこまで必要性が感じられなかったから」
「ギンもうかなりくつろいでるじゃん…」
夕月は、逆向きに椅子に座って背もたれに腕を乗せているギンに呆れる。
「倒れたら懲りるかな」と小声で言いながら、足の間で拳銃のトリガーを引いた燐は無視した。
(放っておいた方が面白そう)
なかなかお転婆な少女達であるが、ギンは気付かない様子で、
「ええんや、ええんやって! ウチにはオレん他にも人がおるしのぉ!」
と笑って指さす。指が向く方向を見れば、メガネの小柄な女性が、ブドゥー酒やムギ酒の載せられた盆を思いっきりひっくり返していた。
「本当に大丈夫なのかぁ…?」
信憑性が皆無過ぎて、咲はボヤく。ギンも、ちょっとまずい方向を示してしまった、と言ったように、
「大丈夫や、多分…大丈夫や」
もはや自分に言い聞かせているように見える。
「ほら! ムギ酒おかわり、5杯!」
「え?」
その時、ビビが少女5人の座るテーブルに5つ、ムギ酒の入ったグラスをドンと置いた。
グラスに並々注がれた麦芽酒は、安価だが美味しいと評判の酒の種類で、王都でも消費が1番多い。
「…頼んでないぞ」
「ビビさん、これは一体…」
「貴重な話聞かせてもらってる、あたしからの奢りだ!」
ニカッと、気持ちのいい笑顔でビビは言う。そんな彼女に月奈はクスッと笑って、
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら」
と、グラスに注がれたムギ酒を3分の1ほど一気に飲んだ。
「で、ラ・シーアを作ることになって、最初に何したんだよ?」
「もちろん、師匠の言ったように、『私のように特異な戦闘能力や技能を持つ者』を特殊騎士団に誘うことから始めたわ。最初は──」
そう言って、グラスを置いた月奈は、早速ムギ酒を一気飲みしている咲の方を見る。それに気付いた咲は、グラスを傾けていた手を止めた。
咲は少し照れくさそうに笑って、
「アタシだったな、最初に入ったのは」