6 ニールスフェム邸にて
大きなお屋敷っていいですよねと第6話です。
「月奈様。グレイ様がお呼びです」
第7日の朝。大浴場から出てきた私に、小等部の子供のような高い声が聞こえてきた。
「あら、何かしら?」
右を向けば、そこには女性向けにあつらえた執事服を着た小さな少女がいた。
「分かりません。私も概要しか伝えられておりませんが、それでもよろしければ」
「えぇ、お願い」
「承知致しました。グレイ様のお部屋までの際にご説明致します」
そう言ってシェリーは私の前を歩き出す。7歳の背丈は、15歳の私から見ても小さく見える。
時刻は明刻の1。それでも夏節の太陽は既に昇り、窓から外の暑い空気が入ってきている。
「む…ここの魔術格が切れていますね」
しばらく廊下を歩いたところでシェリーは足を止め、窓の両端に付けられた窓被せに近付き、その布をめくって隠れていた壁を調べ始めた。
「どうしたの?」
「やはり、ここだけ冷房用の魔術格が切れていました。一応、他の窓被せの裏にも魔術格はありますが、この長い廊下では1つ切れただけで廊下内の温度に差が出来てしまいますので、展開し直さなければなりませんね」
私とシェリーの現在地は屋敷の右翼側1階だ。そのため、一直線の長い廊下が続いた造りになっている。
パチリと指を鳴らしてシェリーは指先に魔術格を展開する。そして、それを壁に近付けて、1度触れてから離した。
「よし、展開し直しました」
ちょっと達成感の見えるシェリーの視線は、壁に貼り付けられた淡い光を放つ水色の魔術格に向けられている。確かに、冷やされた空気が漂いだしたのを感じた。
「失礼致しました。行きましょう」
シェリーは再び歩き出し、私もそれに続いた。
屋敷の中央部両端の2階、3階へと繋がる階段に差しかかる所で、
「グレイ様から聞いたのは、月奈様の王立騎士団への入団といった内容のものです」
と、シェリーは口を開く。しかし、聞かされた内容に心当たりがない私は困惑して、
「え? 王立騎士団って…どうして?」
と聞き返す。私はただの魔術師である。まだ推薦されるような功績も研究もしていないはずだ。それに、推薦されるなら騎士団ではなく魔術師団では?
「私にも分かりかねます。どうやら、グレイ様自身も別の方から聞かされたご様子でした」
「そう…」
【アクターリア王立騎士団】。何代か前の国王の勅命によって、アクターリア王国の治安維持、及び戦争からの護国と攻撃を担う王国機関。当時、国民から募られた衛兵しか存在しなかった王国にとって、彼らの存在は心強いものだったと聞く。
対になる組織として【アクターリア王立魔術師団】がある。戦争からの護国と攻撃は騎士団と同じだが、日々の業務としては王国内の水道や街頭の整備といったものが主だ。
「王立騎士団は、普段は王都を始めとした王国の都市たちの治安維持や犯罪の阻止、対応などを衛兵達と行っている…というのは、月奈様はご存知のことと思います」
「えぇ、厄災種や上位種の魔獣を撃退もしくは討伐することも2度くらいあったかしら?」
「はい、しかし──」
シェリーは眉をひそめて、
「近年、文明や魔術の発達が進み、王都の人口もかなり増えてきています。その為、精鋭揃いである王立騎士団でも対処出来ないような犯罪を行う者が出てきているそうです」
と、心配そうな表情を浮かべながら言う。7歳の少女にしては随分と年季を感じる表情だ。私はたまにこの少女は本当に7歳なのか疑いたくなる。言葉遣いは仕込めばいいとして、手際、仕草や落ち着きなどがどうしても7歳のそれには見えないのだ。
さらにシェリーは付け加えた。
「また、人口が増えたことによって、上位種なら辛うじて事なきを得ていますが、厄災種の影響から市民を守ることが、王立騎士団のみでは難しくなってきているのです」
【厄災種】。世界に生息している魔獣の中でも、存在しているだけで周囲に災害を引き起こす規格外の魔獣をそう呼ぶ。私が知っている中でも1度王都の上空を厄災種が移動し、王立騎士団は約50万いる市民の避難に苦戦したらしい。
「それが私の王立騎士団への入団と、どう繋がるのかしら…」
誰に聞くともなく、私はつぶやく。するとシェリーが、
「グレイ様は恐らく、類稀なる才能をお持ちの月奈様に王立騎士団員として活躍して欲しいのではないでしょうか?」
と言った。しかし、その理由で推薦するのであれば、なぜ魔術師団の方ではないのだろうか。
うーんと唸り、考えていたらグレイの執務室に着いたようだ。屋敷の中央部の真ん中、窓から左右対称の屋敷前の景色が見えた。
「月奈様、お部屋に着きました。ここから先はグレイ様からお聞きください。」
シェリーは扉を叩き、中の人物に声をかけた。
「グレイ様、月奈様をお連れしました」
すると中から、
「あぁ、入ってくれ」
と若い男の声が聞こえる。
「失礼します」
シェリーが扉を開けると、両側には本棚が並び、所狭しと本が置かれている部屋があった。部屋の中央には机を挟んで2つの長椅子が置かれ、その奥には師匠が執務を行う執務机があった。
「やぁ、朝に入るお風呂っていいよね。なんかスッキリした気分になる。あ、そこに座ってくれていいよ」
そしてその執務机には、長い銀髪に青い瞳を持った、若い男性が座っている。
男性は、誰が見ても美形というであろう顔でにこやかに、長椅子に座った私に話す。
「かく言う僕も朝のお風呂が好きでね。君が泊まりがけで僕の家に来ていない時は僕が大浴場を占領していたりするんだ」
「えぇ、そうね。私もモヤモヤした朝とかに、たまに入っているわ。でも、私が来ている時でも私の後に入ったらいいのに」
すると彼は、ははは、と軽い笑い声をあげて、
「そう言われてもね、あの広さのお風呂だとお湯を入れ替えるのにも時間がかかるんだ。それでお湯を入れ替えた後に、いざ入ろうとしても大体お昼前とかそこら辺なんだ。それはもう朝じゃない、昼風呂だよ」
と、冗談を言う。辺境伯の肩書きを持つ者としては比較的軽い態度だからだろうか、私はこの人と話していると時々同年代と話しているように感じる。実際は9つ離れているというのに。
「ふふっ、そうね」
「そうだ、シェリー君、お茶を入れて来てくれるかい?」
「かしこまりました」
グレイ・スレイデン・ヴォーラムス・ニールスフェム。それが師匠の名前だ。
王立魔術師団の副団長にして、24歳という若さで自身の魔術流派【サファイアス式極点魔術】を作り上げている。
更には魔術で魔鉱石や鉱石脈を引き当て財を築き、アクターリア王国の辺境を治めるまでに至った敏腕の魔術師。誰にでも紳士に接する優男である。
かく言う私も7歳の頃から彼に師事して、既に8年が経っていた。
「本題に入る前に、月奈君に聞いておきたいことがあるんだけど…大丈夫かい?」
「えぇ、何かしら?」
微笑みを崩さずに、グレイが切り出した。
「君に出していた今週の課題、『自身の魔術を使って何か作品を作ってみること』。日々の学校に加えて、週末の第6、7日は僕の家に泊まりがけで来ている君の息抜きにちょうどいいと思って出したんだけど…」
そう言って彼は机の引き出しを開け、中から1つの手のひらほどの大きさの、透明な宝石を取り出す。
宝石は窓からの陽射しをキラキラと反射させ、部屋の壁に光の斑点を作り出した。
「これが氷で出来ているのは分かる。ずっと溶けないのも、君の魔元素適正が水であることを考えれば合点がいく。だけど──」
「どうして宝石のように綺麗な切り方がされているのか、でしょう?」
私が言葉を継ぐと、彼は眉をひそめつつ頷いて、
「そうなんだ。一体、水魔術の何をどうしたら氷をこんな綺麗な断面で切れるのか分からない」
グレイは不思議そうに宝石を持ち上げ、光に透かしてみたり、コンコンと叩いてみたりしている。傍から見れば宝石を叩いているようにしか見えないだろう。
氷の断面は少しの凹凸もない平面で、白く靄がかったりもしていない。
それを見て私はすこし誇らしくなり、こう言った。
「【魔導】の才能を持つ師匠は、魔元素6つ全部に適正があるから試して見たことがないでしょうけど──」
【サファイアス式極点魔術】は火、水、土、風、闇、光の6つの魔元素の内1つで極地に至ることが必要とされる。つまり、それぞれの魔術の扱いに極限まで慣れていないと扱えない代物だ。
「水って、限りなく細く、加えて高圧で噴射したらとても切れやすい刃になるのよ」
その中で、水魔元素の扱いの極地に至っている私にとっては、水を途切れないように細く、超高圧で噴射するのは造作もなかった。
「本当かい!? それが本当なら、かなりの発見じゃないか!」
「えぇ、多くの水魔術師にとって便利…かもしれないわね。私くらい水魔術に慣れていないとダメかもしれないけど」
グレイは宝石を引き出しの中にしまい、傍らにおいてあった本を持って執務机から立つ。そして本を私の後ろの本棚に収め、向かいの長椅子に座った。
「失礼します」
すると部屋の扉が開き、銀のお盆にコーヒーと赤い透き通った飲み物を載せたシェリーが入ってきた。
見たことの無い色味をしたそれを、私は物珍しげに眺めていると、シェリーがグレイの前にコーヒーを、私の前にそれを置いて言った。
「どうぞ。グレイ様にはコーヒー、月奈様には紅茶をお淹れ致しました」
「紅茶…?」




