5 いってらっしゃい
全力疾走の第5話です。
読み通り。
「やっぱり…煽られるとダメみたいだねっ!!」
足に力を込めて、回転する足をもう一段階加速させる。
大広場まであと少し。アタシは頭の中で、毛むくじゃらを追いかけながら伝えられた、月奈の作戦を反芻する。
『咲の大広場へ誘導する作戦をそのまま使わせてもらうわ。第1段階。まず魔獣が一通り走り回ってティルポッド大通りに出たところを咲が足止め。その間に私が応援の魔術師団員と一緒に脇道を塞ぐから、塞ぎ終わったのを見計らって咲は大広場へ向かって走って』
「第1段階は…上手くいった!」
あと大広場まで1フィム。頑張れ、アタシ。
『だけど魔獣は速いから大通りのような広い直線だと咲は追いつかれちゃう。だから第2段階。適当な所で悠依と燐に妨害を施してもらうわ』
魔獣の走る音がすぐ後ろまで迫ってる。悠依の場所は──
「ここっ!!」
「咲さん!手助けします!!」
「さんきゅー!」
物陰から悠依さんが飛び出し──次の瞬間、魔獣の足にはナイフが何本も突き刺さっていた。
「ぐあっ!?」
魔獣の叫び声が聞こえた。悠依は上手くいったみたいだね。魔獣の足音が少し遅くなったのが分かるよ。
足音をよく聞き、魔獣との距離を測る。15フィーアくらいかな。
路地に身を潜めた燐がいる。通り過ぎる時、チラリと燐が目配せするのが見えた。魔獣と燐の距離、10フィーア、9、8──
「今だ!燐!!」
「任せろ」
バシュッ!
何かが発射される音。そして、微かにピィーンと金属紐の勢いよく張る音が聞こえた。と同時に、
「なにっ!?」
魔獣が盛大に転ぶ音。
「第2段階成功!」
大広場まであと約500フィーア。
「振り絞れっ…アタシ!」
もう既に2フィムくらい全力疾走している。オマケに、全力で蹴りまで入れたから消耗が激しい。荒くなる息を懸命に整える。
「小癪なっ……下等生物がァァァっっ!!!」
魔獣が激怒して速さが跳ね上がった。
「さぁっ……仕上げだよ!」
『第3段階。これは簡単よ。大広場まで着いた所で、夕月が斬るわ』
大広場まであと100フィーア。もう目と鼻の先だ。大広場にある噴水が見える。50フィーア。
すると、噴水の前に1つの人影が降り立った。いよいよ決着かな。20フィーア。10。
「ここっ…!!」
最後の力を振り絞って、アタシは大きく跳躍する。
噴水の前の人影を飛び越え、巻き添えを喰らわない噴水の向こう側まで跳べた──のはいいけど、疲れ切って着地が出来ない…かもねぇ。
すると、
「咲っ!!待ってたわ!!」
片手に魔術格を展開した月奈が後ろで待っていた。そして、背中から地面に落ちようとするアタシを途中でふわりと魔術で受け止め、ゆっくり地面に下ろす。
「あとは任せたよ…夕月ぃ!!」
アタシの叫びが大広場に木霊する。噴水を挟んで向こう側にいる夕月の背中が、少し震えた気がした。
◇
咲が私の真上を飛び越えていく。目の前には、もう20フィーア程に迫った大きな魔獣。
「夕月ぃ!!」
咲の叫ぶ声が聞こえた。急に聞こえたから、ビックリしてちょっと震えちゃったかもしれない。
いけない、いけない。咲の頑張りを無駄にはしたくない。ここで決めよう。
激怒した魔獣は、目の前の私を見て叫ぶ。
「下劣な生き物が我に逆らうな!!喰らわれろ!!死ね!!死ぬのだ!!人間!!!」
「悪いけど──」
私は、その身勝手な叫びに返す。声を張って。よく魔獣に聞こえるように。
「あなたにこれ以上好き勝手はさせない。死ぬのは──あなたよ」
私達は王国を守る王立特殊騎士団。だから、あなたの破壊はこれ以上見過ごせない。
「黙れっ!!まずはそこの外套羽織った女子から喰ろうてくれるわぁ!!!」
「【現刀】」
私の手の中に刀が出現する。居合の型で構えるけど…予想通りだった。
「ダメ、これじゃ斬れない」
すぐさま私は刀を投げ捨て、もう一度。
「【現刀】、腹断ち・改!!」
出現した刀は魔獣の横幅を優に超える長さの大太刀。居合の型は長すぎて構えられないから横に倒して持つ。
「影刀神楽式一口十三式!!【一刀之断】!!」
横に構えて振るった刀は吸い込まれるように大きく開けられた魔獣の口へ──
ズバシュッ
「さようなら。逝ってらっしゃい」
そう言って、魔獣を見送る。彼も──ホントは生きたかったはずだから。
「おーい!みんなーー!!」
◇
「ほ〜それで一件落着ってやつか」
「あぁ!アタシもう超頑張った!!だからギン、ブドゥー酒とムギ酒奢ってくれロ!!」
「お前もう若干呂律回ってないやん!!しゃあないなぁ…今回だけやで」
「やった!!」
冥刻の1の頃。「狩人の食卓」の広場の席に座って5人は料理を囲んでいた。
地球でいう夜8時ともなれば、酒場はほぼ満員。賑わいで溢れかえっていた。
「オレもここで働かせてもらってる身やしあんま好き勝手出来んのやぞ」
「だいじょぶだいじょぶ、ビビさんもロクニーさんも優しいし」
ギンに奢ってもらうことが決定し、ホクホクとした顔の咲が言う。
ビビとロクニーというのは「狩人の食卓」の店長とその一人娘のことだ。
「というか、私達に構って仕事の手が疎かになっているのに怒られない時点でかなり好き勝手しているんじゃないかしら…」
妙に言葉と一致しないギンの様子に、月奈は苦笑いする。
というのも、現在ギンは片手に盆を持ち仕事をしているように見せつつ、既に30分程月奈達のテーブルの傍から動いていなかった。
「そうは言うけどな、月奈の姉ちゃん。ビビはんって怒ると案外怖いんやで?」
「ほーはほ?」
夕月が串焼き肉を頬張りながら問う。
「夕月さん、食べながら喋ると危ないですよ?」
「こう、ホンマにキ族が怒るのと大差ないわ!!」
その時、いつの間にかギンの後ろから、凄まじい形相で、怒気を孕んだ声が聞こえてきた。
「ギン、なんだって?」
「「「ヒエッ」」」
いつの間にか背後にいたビビに頭を鷲掴みにされるギン。
青い顔をしてギンは釈明を始めた。
「あたしの聞き間違いかなぁ?キ族とかなんとか聞こえた気がするんだけど……??」
「い、いやぁほら、ビビはん怒ると怖いやんか?だからキ族みたいやな〜って…」
「キ族と大差ないって言ってなかったかい?」
「ほら、ギン。謝らないと酷い目にあうんじゃないかしら?」
「月奈、ニヤニヤが出てる」
「び、ビビさんも落ち着いて…」
突然の修羅場にも引かず、思い思い好きなことを言い出す少女たちを見て毒気が抜かれたのか、ビビは、
「仕方ない、アンタ達の顔に免じて今回はお咎めなしにしてあげる。その代わりもっと頼めよ〜?」
と、片目を閉じて笑う。この明るさが大衆酒場の看板娘たる所以だろう。
「任せとけ!アタシはまだまだ食べれるからな!」
「あっははは!慌てなくても肉は逃げないっての!」
串焼き肉を両手に持って頬張る咲を見て、ビビは笑う。
そして5人の顔を見渡して、
「しっかしアンタ達ほんっと仲良いよね〜。何?ラ・シーアは全員幼馴染だったりするの?」
と、素朴な疑問を口にする。
ブドゥー酒の入ったグラスを置き、悠依が口を開いた。
「いえ、そんなことは無いですよ。私は両親の友人様の紹介で入りましたし……」
「私なんて王立騎士団に入団するまではパルポラに住んでたくらいだからな」
「アタシも師範代の責務に追われて大変だったからな〜」
「私なんて家出だよ〜」
と、4人がそれぞれの出自を語る。
「サラッと凄いこと言うなぁ、夕月の姉ちゃん」
「でも仲良いってことは、ちゃんといい出会いだったんだろ?」
ビビのその言葉に5人は食べる手を止めて、目を丸くする。
そして顔を見合わせて──
「「「ぷふっ」」」
5人は同時に吹き出した。加えて、我慢出来なくなったかのように笑い出した。
心底楽しそうに笑い合う様子を見て、ビビは
「なんだい、やっぱ最高の出会いだったんじゃないか」
それにお酒を飲み干し、グラスを置いて月奈が答える。
「えぇ、そうね。これ以上無いくらい──」
月奈は楽しそうに笑って、
「最悪な出会いだったわね」
と、続けるのだった。




