19 優勝の行方
第41話、遂に2章が大きく動き出します。
どうか楽しんで頂けると幸いです。
「──者は、茜崎 燐!!!」
「あー間に合わなかったー!」
2階の観覧席と1階の通路とを繋ぐ階段の出入り口で、夕月が悲痛な声を上げる。
それを聞いた月奈と悠依は声のした方向を見て、安堵の表情を浮かべた。
「夕月さん!それに咲さんも!もう傷は大丈夫ですか?」
「傷って言うほどのものじゃないけどねぇ、アタシは」
「私も、ちょっと疲れて気絶しちゃっただけだから大丈夫だよ!お見舞いありがとね」
そう言って夕月は笑顔を見せると、月奈も悠依も頷き、舞台の方を向いた。
すると、月奈が困惑した声を上げて、
「あら?あれって…葉月さんよね?」
「ホントだ。まだ最終決勝戦まで少し時間があるはずなんだけど……師匠どうしたのかな」
その言葉に咲も舞台の方を見れば、ギンが退場するのと同時に葉月が入場するのが見え、同じく退場しようとしていた燐を呼び止めていた。
2人の間で二、三言葉が交わされると、葉月は声を大きくして、
「魔術師団長!急で申し訳ないが、今すぐ最終決勝戦を始めることは出来るか!」
「えっ?」
驚いた4人は司会席の方を見ると、何やらエレナも、
「あぁ、あぁ……分かった。お前は先に行って場を整えておけ」
と、執事服の男に指示していた。
そして葉月の方に向き直ると、不思議な形に手を捻ってから、声を張り上げた。
「月奈、今のって……」
「えぇ、騎士団の任務用手信号ね。意味は『全て了解』。場合によって解釈が異なるけど、この場合は……」
──事情は分かった、かしら。
その予想に月奈は目を細める。
何か嫌な予感がする。
「では、今から最終決勝戦を行う!」
「わわっ、ホントに始めたよ!?」
「ごめんなさい。ちょっと私、師匠を探してくるわ!」
「えっ、月奈ぁ!?」
突然立ち上がり、慌てたように階段を降りていった月奈に夕月は驚きの声をあげるが、当の月奈は振り向きもせずに行ってしまった。
「仕方ない、アタシらだけでも燐の勇姿を見届けようじゃないのさ」
「うん…」
咲にそう促され、夕月は立ち上がりかけた腰を下ろして舞台に向き直る。
「王立騎士団特殊騎士団所属、茜崎 燐!相対するは『謎の人物』!!この大会最後の、最高の試合を見せてくれよ!」
ニカッと笑ってエレナは、
「開始!!」
その言葉で動き出す葉月の踏み込みは、相も変わらず常人を逸していた。
10メートル離れていたにも関わらず、たった2歩の踏み込みで何故か燐に刀が届く。
「っ!」
燐はそれを屈んで避け、その姿勢のままクロスボウを2発射った。
キンッ、キンッ!
葉月がいとも容易く矢を弾くと、軽い金属音が鳴り、燐は追撃を躱そうと後ろに飛びつつ拳銃を連射した。
「ふむ…」
葉月はそう呟くと共に、横に大きく飛ぶ。
そして弾道が自分の体を貫いていないことを見つつ、前に大きく地面を蹴り、加速する。
「くっ!」
葉月と燐がすれ違い、ギャリンッと1度の金属音が響く。
葉月はそのまま後ろの舞台端の石壁まで飛んだ後、体を反転させ、石壁を蹴って間髪入れず2度目の攻撃を仕掛けた。
「容赦が無いな、遠距離相手に!」
顔を顰めてそう言う燐に、葉月は少し笑いかける。
「ふふっ、そう邪険にしてくれるな。あのギンをも排したお主ならと、少し試しているだけだ」
そして両者の距離が一旦離れると、葉月は刀を鞘に仕舞い、それを見て燐もふっと肩の力を抜いた。
すると、葉月が燐を真っ直ぐ見据えて、こんなことを言い出す。
「さて、お主…燐、と言ったな。少し聞きたいことがあるのだが、お主は『見えないはずのものが見えている』という自覚はあるか?」
「……は?」
その質問の意図が分からず、つい腑抜けた声を上げてしまった。
燐は戸惑いをその表情に浮かべて、
「いや……多分、そんなことは……」
「無い、と?本当に言い切れるのか?何かを見て、突然目が痛くなったり、ぼんやり何か別の物が見えたりしたことは無いのか?」
「あ……」
確かにあった。
1度は、少し前の犬に化けた魔獣が元の姿に戻る直前。あの時、膨張した犬の薄い影が巨躯の魔獣に見えた瞬間、左目に痛みが走った。
2度目はついさっきの、月奈との戦いだ。
月奈が時間停止の魔術を行使する時に、魔術が引き起こした魔力の流れが見えて、それが直感的に何の魔術だか悟らせた。
「ふむ、どうやらあるようだな。」
「ある、けど……それが一体?」
「それをここで明かすのは簡単だが、とりあえずは……決着を付けるとしようか」
そう言うと葉月は腰に佩いた鞘に納刀し、居合の構えを取る。
それを見て燐も、それ以上何も言わずに二丁拳銃を構える。
(葉月さんの居合は恐らく初速だけならギンの速さと同等……!私に見切れるか…?)
束の間の静寂が舞台を覆い、観客は皆その決着の行方を固唾を飲んで見守っている。
まだ7月の中頃なのにジリジリと照る太陽に焼かれながら、勝負を決めにいく葉月の剣閃が──
(来る!)
シャリンッ──
迸った。
バンッ!
金属の擦れる微かな音を追いかけるように、銃声が1つ。
次に、
キーーン………
と刀の折れる音が残響を曳く。
切っ先が掠り、僅かに血を滲ませる肩を抑えつつ燐は、痛みを堪え口の端を上げ、
「私の勝ち、だな」
葉月の刀は、燐の少し手前まで達して、そこで折れていた。
「優勝は茜崎 燐!!おめでとう、ギリギリまで避けないその度胸に敬意を表するぜ」
ワアアアアアアアァァァァァ!!!!
エレナの一言と共に、観客が歓声を上げて沸き立つ。
居合を見切られた衝撃か否か、暫く放心していた葉月も、ゆるゆると首を振り、刀を霧散させる。
「全く、『エシャイン ビィ ヤクレゾ オグ ナキ スオ タムンク』とはこういう事だったのか?」
「なんだって?」
「ナスチア語で『鋭利、されど首を斬るは難し』という意味だ。我が師がはるか昔に、私に言った言葉だよ」
そして手を差し伸べて、握手を求める。
「居合ゆえ仕方無かったとはいえ、当てるつもりは無かったのだが。お主が予想外にも避けないものだから、慌てて引いたが掠めてしまった。済まない、直ぐに医務室に連れて行こう」
「あぁ、ありがとう」
燐もそれに応じると、葉月は右手で燐の手を握りながら、左手でそっと燐の眼帯に触れてきた。
「それと、やはりお主には見えないものが見えている。その事についても話が……というか、グレイ殿と引き合わせなければならない。付いて来てくれるな?」
「分かった」
そして2人は手を離す。
どんな魔術で生み出したのやら、エレナが出した紙吹雪が舞台に舞い落ちてくる中で、ふと燐は先程の葉月の行動を思い出した。
時間を押して決勝戦の開始を早めたが、あれはどういう事だったのだろうか。
思えば、魔術師団長も何か少し慌ただしかった。
それにあのハンドサインは……
「なぁ、葉月さん。さっき、どうして決勝戦をすぐにやりたがったんだ?」
「あぁ、それも本題なんだった。実は──」
タン、タン、タンと木造の階段を1段飛ばしに駆け上がり、月奈は王立騎士団本部の6階に到着する。
「ハッ、はぁっ、ケホッ……疲れた」
本部は訓練場の道を挟んだ正面にある為、来るだけなら楽だったのだが、階段を駆け上がるとなると、普段魔術にかこつけて運動不足な月奈には少々キツかった。
だが何やら嫌な予感がするのだ。泣き言も言っていられない。
膝に手を置き呼吸を整えると、月奈は目の前の団長室の扉を開けた。
「おぉ月奈!ちょうどラ・シーアの皆を呼ぼうとしていたところだった」
「やぁ、来ると思っていたよ。月奈くん」
そこにはギルベルト、グレイ、シェリーにエレナ、そして先程エレナから指示を受けていた執事服の男と、団長の本棚をのんびりした様子で眺めている女性が1人いた。
「あら?シェリーもここに?っていうか、呼ぼうと……ってことは、私の嫌な予感は当たりかしら」
「残念ながらね」
忌々しげに紡がれた月奈の呟きをグレイは肯定し、シェリーは悲しそうに目を伏せた。
団長の仕事机の前、中央の大きな円卓には地図が広げられ、その何ヶ所かに白黒の駒が置かれている。
チェスの駒を流用した作戦考案の道具だ。
それが置かれているということはつまり。
「先程、グレイの侍女殿が火急で報告してくれた。ニールスフェム邸から最も近いフェイルナーヴァ村、その住民全員が──」
その報告は平穏な日々を変えうるもので。
「少なくとも4日前に、何者かに攫われていた」
遂に始まる戦争の、最初の号令に過ぎなかった。




