9 その少女、王立魔術師団団長につき
第30話に続く連続投稿です。
王立騎士団の団長は出て来たのに2章になってもまだ魔術師団の団長は出てこなくない?と思っていた方々。
すみません、もうちょっとだけ引っ張りますと第31話です。
「へー!よく気付いたな」
「お褒めに預かり光栄だよ。直感には自信があってね」
咲と月奈のいる歩道側とは反対の家並み、その屋根上に立つ2つの人影の声がハッキリと聞こえる。
攻撃を察知し回避した咲は、相手の一挙手一投足に注意を払っている。
「お前らも大会の参加者だろ?さっきオッサンを倒すのを見てたぜ」
2人のうち、咲と喋っている方はもう1人より少し背が高い。また、碌に手入れもされていなさそうな伸びきったボサボサの髪に小汚い顔付きが印象的だ。
それとは反対に、一歩下がって様子を見ている背の低い方は、頬の辺りに沢山のそばかすがある短髪。どちらも不衛生そうであるというのは共通していた。
「どうだ、強いだろ?」
「あぁ」
まだ人通りの減らない中で、月奈は咲に目を移す。
今はまだ会話が出来ているが、先の先制攻撃から考えるにかなり好戦的な性格だろう。いずれ戦闘になるのは火を見るよりも明らかだった。
(このままでは市民を巻き込んでしまうわ……どうするの?)
「だが──俺達の敵じゃない」
2人の口元が不敵に歪む。
月奈自身も考えを巡らせていると、自分より1歩前にいる咲の腕が、妙に捻れていることに気付いた。
相手からは見えないように自分の体で隠し、掌を月奈に向けている。
そして、2本の指を立て、地面に向けると──スウッと、道を横断するように動かした。
その意図するところを察した月奈は、いつでもいけるように軽く構える。
(了解よ)
「へぇ、そいつは楽しみだ。せいぜい楽しませてくれ──よっっ!!」
咲が左足を大きく前に出し、軽い衝撃波が発生するほど強く踏み込んだ。
「月奈!」
「えぇ!」
石畳と靴がぶつかり、ダァンと大きな音が通りに小さく反響し、周りにいた市民は突然の音に驚き発生源からそそくさと離れる。
その瞬間を2人は見逃さない。
パキパキッ……
月奈と咲、そして相手2人の左右の急速に空気が氷結し、通りを完全に分断する。逃げられることの無いよう、相手の後ろにも抜け目無く壁を作った。
屋根を軽く越すその氷の壁は、完全に4人と市民を隔離する。
簡易的な闘技場の完成だ。
「おっもしれぇ!そっちの紫は魔術師か!」
「いくぜ兄さん!」
兄弟が屋根から飛び降りてくるのを見て、咲も同時に走り出す。
ここで1つ補足を入れておこう。
市民と咲の間に氷の壁を作りはしたが、それでは大会の意味が無い。
そこで、月奈は可能な限り透明な氷で壁を作り、あくまでも安全に市民が観戦出来る体裁を整えた。
ずっと怒りを募らせていた彼女に──人の悲しみを感じ取りやすい咲の攻撃が誰かを巻き込む事のないように。そして彼女に「ぶちかませ」と、暗に伝える為に。
「桜華拳【牙・潰裂拳】!!」
「グッ……ぼぁッッ!!」
月奈の意思が伝わったのか、咲の拳は凄まじい威力を振るった。
屋根から飛び降りてくる兄弟の着地点目掛けて、タイミングを合わせて渾身の一撃を打ち込んだのだ。
大きく前に踏み込む力と腰の捻りを全て拳に集めて放つ打撃は、相手を空中でくの字に折り、それでもまだ足りないと言うかのように、そのまま体を衝撃で後方の家の壁に激突させた。
見ている月奈が思わずヒュウと漏らした程清々しい一撃だった。そんなのを無防備な腹に受けて尚立ち上がる相手も随分と丈夫なようだった。
「ゴバッ……オ゛ヴぇ」
訂正しよう。
立ち上がれはしたものの、膝はガクガク、目は半開き。ビシャビシャと吐瀉物を撒き散らす様子を見ていると、かなり限界のようだ。
あれ程の啖呵を切った手前、無様に倒れることだけはプライドが許さないのだろう。
だが、月奈と咲は攻撃の手を緩めない。立ち上がってくるなら、立ち上がれなるなるまでぶちのめしてやろう。そんな怒りがふつふつと湧き出ていた。
「さぁ、楽しませてくれよ」
「チッ、使えねぇ。カキュールト・アラーナナ・ゲ・ギッバ・ベベミタ!」
兄の様子に唾を吐いた弟は、両腕を咲に向けて詠唱した。
ニィッと口角を上げ、猟奇的な笑みを見せる弟。
(この魔術は見えねぇ!さぁ、引き千切れろ!!)
しかしその楽しみは、落ち着き払った月奈の声に奪われた。
「上下左右。抜け穴が多すぎよ」
「よっ、と」
まるで散歩中の様な足取りで、咲は魔術の範囲から逃れる。その光景に弟は目を丸くし、何かしたと思われる月奈に視線が移った。
だが当の本人は素知らぬ顔で、腕を組んで戦局を眺めているだけだった。
「なっ、何をした!」
「何をした?バカね、ここをどこだと思ってるの?」
「…?」
月奈の意図するところが分からず、弟は眉をひそめて自分達を取り囲む氷の壁を見る。
と、そこで空気中にキラキラと漂う何かを見つけた。
見渡すと、そのキラキラは壁の内側全体に満ちている。
「魔術が行使される時、そこには必ず力が働く。なら、見える様にしてしまえばいいのよ。空気を冷やして氷の粒を作ってね」
「なっ、なんだと……!!」
どことなく馬鹿にするような月奈の物言いに、弟は歯を剥き出しに怒りを顕にする。
しかし、その怒りも直ぐに目の前の人物によって掻き消えた。
「こっ、これはどうだ──」
「【破来・轟衝刺】!!」
咲を取り囲むように氷粒が散るが早いか、ドスッと鋭く低い音を立てて、咲の貫手が弟の腹に突き刺さる。
兄に放ったのよりは内臓へのダメージは少ないが、それよりも純粋に痛い技である。マトモな人なら受けて立ち上がれる者はいない。
実際、弟も腹を抱えてその場に蹲った。
『オオオオオォォォッッッ!!』
観戦者が沸き立つ中で、月奈はふと気になった事を口にする。
特に意味は無い。本当に、ただ気になっただけである。
「髪の色……戻したのね」
「あぁ、やっぱり元の赤色が好きだね」
スッと目を細めて微笑む咲。
少し前まで3色くらいだった長い髪は、彼女の本来の深みのある真っ赤な紅色に戻っている。
思えば昨日の慰霊した後から戻っていただろうか。
「さて!ちょうど拘束具も持っている事ですし、連行しましょう」
「そうだな」
開会式の後、バッタリ出会ったギルベルトに5人は拘束具を渡されている。
本人曰く、
『大会に乗じて悪巧みする奴もいるかもしれんからな!頼んだぞ!ハッハッハッハ!!』
だそうだ。いくら祝日、いくら私人としての参加でも、騎士の業務から逃れることは難しそうである。
苦笑いしながら振り返る咲は、血を吐きながらも弟に近寄る兄を見た。
「っ、離れろ!」
鋭く咲が言い放つと同時に、月奈も兄弟に駆け寄り拘束具を付けようとするが、1歩遅かった。
蹲る弟が頷き、兄の口が微かに動く。
次の瞬間、ブワリと2つの肉が溶け合い、融合し、ブクブクとその体積を増やし始めた。
「月奈!」
危険を察知した咲が、近くにいた月奈を引き寄せる。
しかし、月奈は青ざめた様子で目の前の肉塊を見つめている。
「どうした?」
「まずいわ……!」
月奈の頭の中で、直前兄が口にした言葉が反芻される。
〈アレを使うぞ〉
〈…あぁ、やってやる〉
〈マリューナス・ア・マブメストーリナ・ガカポマットレイ。ナイ・スマレ・ベラッドレマ・アータルペ〉
「月奈!」
「…っ!」
咲にパシッと両頬を挟まれ、月奈は我に返る。
気が付けば、既にかなりの大きさになった肉塊を背後に、咲の顔が目前にあった。
咲は月奈を宥めるような口調で、
「落ち着け、大丈夫だ。何があった?」
「う…えぇ、大丈夫、ありがとう。そうね……『ア・アブメストーリナ・ガカポマットレイ』は…神格存在召喚によく用いられる詠唱符列よ」
「なっ……ってことは、今から神格存在が…!?」
「それだけじゃない」
驚愕し、殺気立つ咲。
しかし、間髪入れずに言葉を重ねる月奈に遮られた。
「それだけじゃ、ない。『ベラッドレマ・アータルペ』は神格存在の名前…それも第5位よ」
肉塊が爆発する。
「始まったか」
「加勢しますか?」
静かに呟かれた葉月の言葉を聞き逃さず、時雨が反応する。
その言葉に後ろの2人も立ち上がる素振りを見せたが、葉月はそれを手で制した。
「大丈夫だ」
「では、5人に任せると?」
時雨のその問いに、葉月は首を縦には振らなかった。
「いや、恐らく苦戦を強いられるだろうな」
「…では何故?見捨てるという訳では無さそうですが」
続く時雨の問い掛けに、葉月はふっと口元を弛めた。
見捨てる訳では無い。ただ、自分よりもアレに適した人物がいただけのこと。
「貴殿が行ってくれるのだろう?」
「んっだよ気付いてたのかよ、面白くねー」
「ふふふ、適当な気配隠しが通じる程、軟な修行はしておらぬよ」
そう言って振り返った視線の先には、ガシガシと綺麗な金髪を掻き、さも面白くないといったようにペシペシと爪先で煉瓦屋根を叩く少女がいた。
身長は150フィム程度。ショートヘアの域を出ない金髪を一部三つ編みにした、まだ11歳の幼いの少女。
だが、葉月はこの少女が誰であるかを知っている。
「私でも神格存在を御することは可能だ。だが魔術なら、魔術で対抗するのが1番であろう?王立魔術師団の団長よ」
「あぁ、そうだな」
目を細め、葉月と同じ方向に視線を移す少女を見て、ふと、葉月は1つ気になったことを聞いた。
「時に団長よ、此度の大会、開会式挨拶は魔術団団長がやるとグレイに聞いたのだが…」
「あぁ?ガキ共に絡まれて動けなかったんだよ、悪いか!」
乱暴に言い放たれた返答に、葉月はちょっとだけ目を丸くする。
そして、笑みを零した。
言い方こそ乱暴であるが、要は「子供の遊び相手で行けなくなってしまった」ということだ。
少女には似つかわしくない言葉遣いの割に、そういうところは優しいのである。
「そうか、それは災難だったな」
「おう。話は済んだか?もう行くぜ」
そう言うと、団長は屋根から飛び降りて、テクテクと歩いて現場へ向かうのだった。
血みどろの石畳の上で、咲と月奈は肩で息をしていた。
目の前には、何を考えているのか全く分からない存在が、悠然として立っている。
肩から2本、背中から4本の腕が生え、更に4枚の大きな翼を広げ、頭上には光輪が輝いている。白い体が淡い黄色に発光したような体色で、皮膚には黄緑の線が、まるで体表を装飾する様に幾本も通っていた。
「ゲホッ、クソッ……」
憎々しげに、咲は神格存在を睨め付ける。
月奈の言葉を聞いた後、氷壁の内側の半分を満たすほど膨張した肉塊が爆発、夥しい量の血液と共に衝撃波で氷壁が崩壊した。
その直後に凄まじい速度で幾つもの、一瞥しても500は下らない攻撃が、全方位に向かって繰り出された。
5秒で攻撃は止まったものの、市民を守る為の防壁を張った月奈も、動きが止まった月奈への攻撃を防ぎ切った咲も、この数瞬で体力・集中力共に大分削がれてしまった。
「月奈……動けるか…?」
「ダメそうね……足が、うご、かないわ……」
血溜まりの上にへたり込み、足を抑えて呻く月奈。
咲の方も立つのが精一杯だった。
次の攻撃が来たら確実に2人とも死ぬだろう。
「おい!大丈夫か!」
「燐!」
するとそこに燐が駆け付けてくれた。
屋根上からパシャッと飛沫を上げて着地すると、目の前の神格存在を見て絶句した。
「おい、魔術防壁にヒビが入ってないか…?」
ポツリと呟く燐に、月奈が驚いた顔を向ける。
「え?なんで見えてるの?」
しかし、その隙を狙っていたのか、突然神格存在の腕が月奈に向かって突き出された。
「月奈!避けろ!」
「──!!」
どういう身体構造か、元の長さを無視して伸びた腕の落とす影が月奈を覆った…その瞬間。
ジャキンッッ!
骨身を削る音を立てながら、腕が切り落とされた。
「うっわーまたやっちゃった……なんでコレと戦うと直ぐ刃毀れしちゃうかなぁ…」
「夕月!」
「なんか人が騒いでたから、助けに来たよ〜」
切り落とした腕と、右手に握った刀、そしてニュルンッと即座に腕を再生させた神格存在を交互に見ながらボヤく。
咲が名前を呼ぶと、パアッと笑って夕月が手を振った。
「で、いつものヤツ?」
「夕月、気を付けて!神格存在の中でも第5位に位置する存在よ!普段とは桁違いだから!」
「りょーかいっ」
月奈の忠告を背に受けながら、霞の構えで刀を握り直す。
そして、空に向かって叫んだ。
「悠依!」
「はいっ!」
次の瞬間、神格存在の頭の上に立つ悠依の姿が現れた。
両手に持った短刀を、眼下の頭の両目に突き立てると、暴れる神格存在に取り憑きながら何本もの短刀を刺していき、ギリギリまで注意を引き付ける。
「せぁッ!」
その間に、股下に潜り込んだ夕月が袈裟斬りで神格存在の両足を落とした。
ダルマ落としのように重力に従って落ちる巨体を、1歩踏み込み左肩から右腰にかけて一刀両断。流れるように、胴を斬り払って大きく3分割するという芸当を一瞬でやってのけた。
(切れ間無く……流れるように……!)
突然の体の分離に神格存在は苦痛を叫ぶ。
─────!!!!!
まるで獣のような咆哮に、金属的な音が反響するような鳴き声。
だが目は利かず、体も分離し思うように動かせないとなると、ただ全力で体を暴れさせるしか無かった。
一口四十八式【虚刀七閃】4連、一式【永遠一閃】5連と繰り出された巨体は瞬く間に散り散りになる。
その時、宙に舞った肉塊の1つが急速再生、腕を生やして夕月へ拳を打ち込んだ。
「夕月っ!!」
驚きの速度で解体されていく巨躯を見つつ呆然としていた月奈が、ハッと我に返り叫ぶ。
夕月も気付き首を回すが、間に合わない。
夕月の顔よりも遥かに巨大な拳が小さな体を跳ね飛ばす、その直前。
ガァン!
と、銃声1つ。
次に、
バゴォッ
と爆発音。それと共に、肉の弾け飛んだ音やジュウと何かが焼ける音もした。
月奈が振り返ると、血溜まりの上に伏せて愛銃をガショッとコッキングする燐がいた。
「えっ、今の何?」
「焼夷炸裂徹甲弾。簡単に言えば爆発して弾ける弾だ」
視線を戻すと、神格存在の体を斬り刻む夕月の足元には、指や硬質化した皮膚──バラバラになった拳の部位が散らばっているように見えた。
「はぁァァッ!」
一際大きく振り被った夕月の一太刀に遅れて、夕月の周囲で発生した8本の太刀筋が、曲線を描くように巨躯を細かい肉片に変えていく。
最後の斬撃音が止んだ時、そこにあるのはグチャグチャになった神格存在の成れの果てだった。
「はァッ、はぁっ、はぁ……今回は血塗れの撃退戦だったね…」
呼吸を整えながら苦笑いする夕月の言葉に、全員も同じような反応をする。
現在時刻は明刻の5と30。
とりあえず、本部に撃退成功と伝えよう。そう思い、月奈が連絡鏡を取り出した時だった。
ガシャンッ!
右手から連絡鏡が弾き飛ばされ、後ろの壁に当たって砕ける。
それと同時に月奈の右頬を掠ったのは、肉片から伸びた鞭だった。
「危ねぇっ!」
縮んだ鞭が今度は夕月に向かって振るわれ、間一髪咲が飛び付き押し倒して回避する。
「ねぇ1年前もこんなこと無かった!?」
そう懐古する夕月の目は、尋常ではない速度で体を再構築する相手を捉えていた。
3秒と経たずに、肉片は消え、何も無い空間からつい数分前の健康体が出現し、戦局を振り出しに戻された。
「格が違い過ぎるわ……」
嘆く月奈の言葉に、夕月と燐は決意を返す。
「でも、やるしかない!」
「そうだな。"騎士の責任"ってやつだ」
「……!!」
再度霞の構えを取り、神格存在と睨み合う夕月。
いつ動いても対応出来るように、4人も目を離さず見守っている。
そこへ突然、あまりにも場違いな存在が乱入してきた。
「すげー!第5位相手に死んでねーのか!」
幼さを感じながらも、不思議と聴く人を惹き付ける勝気そうな声音。
ビックリして声のした方向を見れば、神格存在から10フィーアも離れていない所に、いつの間に居たのか目を丸くした金髪の少女が立っている。
「危ない逃げて!」
夕月の願いも虚しく、強い風圧を起こしながら神格存在の拳が振るわれ──
バシンッ
と、強く当たる音がした。
「アタシが喋ってるのに返答は拳か……いい度胸してるじゃねーか」
何故か、少女が己の身長程ある拳を片手のみで受け止めている。
そしてその口元が、若干の狂気すら感じる弧を描くと、左手でパチンッと指を鳴らした。
その瞬間、神格存在が一瞬緑に発光したかと見えると、
バジュンッッ
大量の何かが、一瞬で、強烈な酸によって溶かされた様な音を立てて、その巨体が消えた。
「はぁ!?」
明らかに理解の範疇を超えた現象に、咲が疑いに満ち満ちた声を上げる。
しかし、少女は意に介さない様子で疲労困憊の5人の姿を見ると、開口一番、
「なるほど、特殊騎士団って名は伊達じゃねーみたいだな」
ニヤリと笑って、そう言ったのだった。




