21 届かない刃
少々過去編が長過ぎてテンポロスな気がしてきました。
いずれ別編としてまとめるかも知れませんと第21話です。
緊張感に満ちた時間が流れる。
広場とヴァータの一団との距離は50フィーアほど。
騎士団員50名を始めとした王都衛兵1200人が、およそ10手に分かれて一団が侵攻してくる道の両脇を固めていた。
そしてその時がやって来る。
広場まで20フィーアといった所で、
「作戦、開始!!」
ギルベルトの威勢良い号令が飛ぶ。その号令と同時に、兵士達に衛兵と騎士が襲いかかる。
「……!」
路地の夜闇から突然奇襲され、気の抜けた様な兵士達の表情が一気に焦りに塗り変わる。
純白の騎士は直ぐに振り返り、手近な位置の衛兵から片付けようとその白槍を構えた瞬間、
「アンタの相手はアタシだよっ!!」
と、元気よく屋根上から赤髪の少女が騎士の目の前に降ってきた。
華麗な足音を鳴らして石畳に降り立った咲は、その屈んだ姿勢から体を捻り、回し蹴りの姿勢に転じた。
「っらぁ!」
「…っ!」
至近距離からの攻撃に防御も間に合わず、胴に直撃を受けた騎士の体は大きく飛ばされる。
そしてそのまま口を開けた王城壁の門へ飛び込んだ。
「今よ!門を閉めて!」
月奈の合図で王城壁の上に昇っていた騎士数人が素早い動きで門の梃子を動かした。重り石と歯車を使った木格子の門は、上がるのは遅いが下がるのは早い。
ドスン!と重々しい音を立てて門は石畳に等間隔で空けられた穴に鋭い先端を落とし、気付けば5人の作戦通り騎士は孤立していた。
「よし!まず第1段階!」
咲の蹴りで50フィーアも宙を舞った騎士は噴水に墜落。綺麗なドーム状に水を噴出していた真ん中の石柱が鈍い音を立てて折れ、石柱内部に展開されていた魔術格の影響を失った水が、根元から勢いよく噴き出した。
「これは好都合ね!」
それを見た月奈は指をふいっと振る。すると、高く噴き上げられ雨のように広場に降り注ぐ水滴が、落下の途中で氷結、鋭利な棘の形になる。
そして方向性が与えられ、四方八方から騎士に向かって弾丸の様に飛んでゆく。
「串刺しになりなさい!」
「……」
しかし、騎士は月奈の気勢にも特に反応を示さず、ただ黙って槍を振るった。
次の瞬間、騎士を中心に衝撃波が放たれた。
バリィン!!
硝子の割れるような音を立てて氷の棘が砕け、月奈達も耐衝撃の姿勢をとる。
衝撃波の威力は凄まじく、噴き上がっている水が不自然に折れ曲がっているのを月奈は見た。
「ただ槍を振っただけでなんて威力なの…悠依!」
「はい!」
月奈が合図を出すと、近くにいた悠依は騎士の方へ走り出した。騎士は向かってくる少女を貫こうと、地面と水平に槍を構える。
しかし、槍の間合いギリギリのところで悠依の姿が消失する。
ガガガガッ!
──否、騎士の真後ろへ瞬間移動していた。
間髪入れず、純白の鎧、その関節部分の隙間を狙って短剣が刺さる。
「これで…」
動きが鈍るだろう。そう言いかけた悠依は、目の前に迫る槍の先端を見て咄嗟に上体を反らせた。
「……」
その攻撃をただ黙って行う騎士は不気味で、前髪が槍に掠った悠依の顔は少し青くなる。
「なんでだっ!?確かに関節に……」
何故動けるのかと声を上げた咲は、姿勢を戻して後ろに跳んだ悠依を黙って見る騎士に刺さった短剣が、カランカランと金属音を立てて石畳に落ちるのを見た。
「ちぃ、そういう事かいっ…!!」
ヤツは小鎖編みの上から鎧を着ている。そう判断した咲は地面を蹴る。
小鎖編みとは小さな鎖を紐状に溶接したものを、さらに平面になるように溶接した薄鎧である。主に簡単な防護服や鎧として着られ、時には鎧の下に更なる防御として着用されることもある。
それならば短剣や魔法よりも、鎧に打撃を与えられる自分の格闘の方が良いだろう。
そう思って咲は、槍が構えられるのも無視して、走った勢いも込めて鎧の胸板に掌底をぶち当てた。
しかし──
「……」
「……いっっ…………てぇぇ……」
掌底が直撃した胸板には凹みどころか歪みすらなく、ビィィンと痺れる自分の右手を咲は目を丸くして見つめた。
しかしそうしていたのも束の間、騎士の腕が微かに動いたのを敏感に察知すると、慣れた身のこなしで距離を離した。
その様子を、月奈は顎に手を当てて思案する顔で見ている。
(壁……)
そう、壁が見えるのだ。
月奈は状況の判断能力に優れていると自負している。その理由の1つに、戦闘において相手の状態がぼんやりと分かることにある。
そして騎士の状態が、月奈には半透明の壁が全方位隙無く囲っているように見えていた。つまりそれは、全方位に注意を払って全く隙が無いということ。
(悠依の局所攻撃、咲の一点集中、私の全方位攻撃を凌ぎきったのも頷けるわね)
今、騎士は特に自分から動くことはせず、悠然と槍を構えて立っている。
その余裕そうに見えて油断の無い動きはかなりの熟練者であることを窺わせた。
「月奈…どうする?」
傍に寄ってきた夕月が声をかけるのも耳に入らない様子で、月奈は思考を巡らせている。
(5人対1人、相手は手練……降り注ぐ水滴…鎧……そして──)
すると月奈はバッと顔を上げ、そばに居る咲、悠依、夕月の3人に目配せした。
まだ付き合いが短いとは言え、こういう状況での意図は何となく察せる。
(私が起点を作るから…)
(合わせて、ということですね!)
3人が小さく頷くのを見て、月奈は掌を騎士に向ける。
騎士は未だ黙ってその様子を眺めているだけだが、月奈の手が振り下ろされると、降り注ぐ水滴が数十の塊になり、六角の氷柱となって広場に突立った。
「行って!」
月奈の合図で3人は3方向にわかれ、氷柱の間を縫って騎士を追い詰める。
月奈の目にはしっかりと、氷柱に邪魔され完全には展開出来ていない半透明の壁が見えていた。
「悠依!」
「はい!」
夕月の掛け声で、2人は同時に攻撃を繰り出す。
1人は目にも止まらぬ一閃を、1人は知覚出来ぬ短剣を。
キィン!
と金属音が響き、騎士の鎧に攻撃が届いた。
鎧に傷は見られない。しかし、追い詰めればどうにかなるはず。
4人全員がその考えを胸に、騎士へと止まぬ攻撃を続けた。
(よし、思った通り…!)
長過ぎる槍が仇となり、満足に防御も出来ない騎士を見て月奈はほくそ笑む。
何十本も立つ氷柱の中では、遠近が上手く把握出来ず、その間を素早く動く人影を捉えることは難しい。オマケに今は夕方を過ぎ夜に近い。姿すら見ること叶わないだろう。
あの騎士の技量なら攻撃に転じられてからでも反撃は可能だろうが、それを氷柱が邪魔していた。
このまま行けばいずれ倒せるはずだ。
月奈の目が異変を捉えたのは、そんな確信が頭を過った時だった。
パリパリッ……
(ん?)
小さい破裂音と共に騎士の鎧に電気が走ったように見え、月奈だけ攻撃の手を止める。
いつの間にか騎士は防御も攻撃もせず、ただその場に直立不動で夕月達の攻撃を受けるだけの姿勢になっていた。
一見ただ耐えているように見える。
しかし、月奈はそれが何の前兆か分かっていた。分かっていたからこそ、さっさと叫ぶ必要があった。
「ソイツから離れて!!!」
必死な月奈の声に、それを問い掛ける愚を犯さず全員後ろに跳ぼうとした、次の瞬間。
夜の曇天が一瞬光り、騎士へと雷が落ちた。
「なっ…!?」
「気を付けて!」
呆気に取られる3人に月奈の叫声が飛ぶ。
舞い上がる埃の中で、4人は広場の篝火に照らし出される純白の鎧を見た。
ゆっくりと立ち上がるその鎧には、白く光を放つ線が幾本も走り、ある所では繋がり、ある所では分岐したりして鎧の表面を覆っていた。
その光景に見覚えのある月奈は、呆然としながらその名を口に出す。
「魔術……回路…」
最悪だ。考え得る中で一番出会いたくない相手かもしれない。
魔術回路とは読んで字の如く、魔術で作られた回路の事である。魔元素の流れを制御して、減衰や増幅などを行い、魔術行使の簡単化、更には適正を持たない魔元素での魔術を使う事も可能にする特殊機構である。
しかし、その特性故に完全な完成形を作るには理論上一国の王都程の大きさが必要となり、現在縮小化の研究が進められている。
そう、全ての属性魔術が行使可能なのだ。
「ぐうっ!」
「月奈っ!!」
すると突如腹部が強く圧迫され、周囲に軽い衝撃波が走る。
月奈の体は抵抗なく吹き飛び、広場の端、煉瓦造りの家に激突したところで止まった。
「っっ、がはっ」
地面に崩れ落ちて、あまりの圧迫に月奈は嘔吐く。
誰の目でも捉えられなかった、凄まじい速さでの攻撃。それを放ったのは言うまでもなく、今や鎧からパリパリと電気が走る騎士だった。
「月奈っ!!」
「気を付けて!」
夕月の心配する声が上がる。
口の端から唾液が垂れながらも、月奈は懸命にその腕を振り上げた。
ビシィッ!!
「えっ……?」
次の瞬間、何かが酷くひび割れる音がして、夕月は目を見開き横を向いた。
先ず見えるのは自分の右脇腹ギリギリまで迫った白槍の先端。そして次に、それの勢いを殺した水色の壁だった。
「ゲホッ……気を付けて、ソイツは今……有り得ない速度で動くことが出来るわ……」
「なっ…!?」
月奈の言葉に咲は総毛立ち、自分の前で腕を交差させて防御を取る。
ゆっくりと騎士はその方向を見て、受けて立とう、と言わんばかりに槍を振るった。
ガァン!
「ガッ…っ、らぁ!」
腕に槍が激突する。しかし、咲は体全体を使って巧みに衝撃を殺し、そのまま素早く騎士の白槍を持つ腕を掴んだ。
「こう組まれちゃあ抜くに抜けないだろう?悠依!夕月!」
「はい!」
咲に腕を絡められ、動くに動けない騎士。そこに、2人の攻撃が叩き込まれる。
しかし、
「風が…強い!」
「近付けません……」
あと少しで届くというところで2人の動きが強風で押し返される。
「なんだこれ…お前風魔術の使い手なのか!?」
「違うわ!その鎧に走る線の力で今ソイツは全属性を使えるのよ!」
騎士を中心に発生する豪風に、発生点自身にしがみつきながら耐える咲。それを嘲笑うように、更に風が強くなる。
「ダメッ……飛ばされる……!!」
「夕月さん!地面に刀を刺して!」
氷柱を盾にしても、細過ぎて盾にならず、掴もうとしても滑って逆に飛ばされ易くなる。
少しでも足が浮いたら一気に持っていかれる中で、出来る限り低い姿勢で耐えていた夕月に悠依が叫ぶ。
見ると、悠依は石畳の隙間に短剣を刺して耐えていた。
「月奈!このままじゃアタシ達みんな飛ばされちまう!」
「風だけ抑えても直ぐに別の魔術が……魔術ごと断つなら……一か八か!」
嫌らしいことに風は若干上向きで、飛ばされれば家々の壁に取り付く前に夜空へ投げ出される。
もう限界だといった声で咲が叫んだ時、月奈は顔を上げる。
パチン!
強風の中で、1つ軽い音が響く。月奈が指を鳴らした音だった。
間髪入れずに、広場中の氷柱全てが融解し、洪水を生み出した。
「おおおおっっ!??」
そして月奈が指を振ると、噴水を中心に大きな渦を作り出す。
大きな水の塊は騎士と4人を等しく呑み込み、目も回る勢いで渦巻いている。
「っぶは!なにこれ!?」
「月奈さんが氷柱を水に変えました!白騎士はあそこです!」
流されながら悠依が指さした方向には、様子を見守っているような騎士が大人しく流されていた。
しかし、もう1つ夕月は別のところに目がいった。
「……月奈?」
大きく渦巻く広場の一角。水の上に立って口元に手を当てている月奈がいる。辺り一体の火事が消え、暗くて何をしているのかよく見えない。
夕月がもっと目を凝らした、その時。
「みんな!聞こえる!?」
連絡鏡から月奈の声が聞こえてきた。
「今から捕縛を試みるわ!」
「でも、魔術が!」
「それはね──」
月奈が言った言葉に3人は同意し、落下に備えて注意を払う。
宵闇、大渦、初めての実戦、相手は最悪。
そんな中で、5人の捕縛作戦が始まる。
「さぁ、作戦開始よ!」




