2 王都
どうか頑張って下さいと第2話です。
咲が再び犬の追跡を開始した頃、近くでは悠依と燐がラ・シーア本部へと戻っていた。
周りには飲食店や食べ物を販売する店が立ち並び、お昼ご飯を食べる人で繁盛している。
「奇遇だな、まさか悠依と帰り道で会うなんて」
「そうですね。燐さんの依頼は私と同じレヴェロ地区とは言え、場所は違いましたし…」
すると、燐が突然足を止める。
「む……」
奇妙そうに燐を見て、悠依は聞く。
「燐さん?どうかしましたか?」
すると、燐は眉をひそめて、誰に聞くともなく言った。
「今…どっちの方角に向かって歩いているんだ?」
それを聞いた悠依は目を丸くしたあと、ふふっと笑い、
「燐さんはまだ王都に来て1年くらいですからね。広い王都の街並みを覚えるのは大変ですよね」
「すまない…依頼や任務で色々と歩き回ってはいるはずなんだが…」
申し訳なさそうに燐は目を伏せるが、悠依は全く気にしていないようだった。
悠依は燐と向かい合い、人差し指を立てて説明を始める。
「まず、今私達がいるのはトリマル地区になります」
と言って、悠依は自分の立つ地面を指した。次に、反転して自分たちの進行方向を指す。
「ここを真っ直ぐ行くと、王都の中心にある王城から、東西南北に5キロ程伸びる大通りの内の1つ、『カルトス大通り』に出ます」
すると、聞きなれない単語が聞こえてきた。「…キロ?」と言って燐は困惑し、
「その…5キロ、ってなんだ?」
と、話を中断してしまうことを申し訳なく思いつつ聞いた。
「え?…あぁ!すみません、学校図書館で地球文明に詳しい司書さんがいるんです。その人が、『私達の世界のフィム、という単位は地球ではキロと言う単位に当たる』などと教えてくれまして…」
悠依は知らず知らずのうちに、燐には通じない単位を使ってしまった事を反省する。
しかし、燐は目を輝かせて悠依を見ている。
「へぇ、やっぱり悠依は物知りだ」
と、悠依の失態を全く気に留めない様子である。悠依は「少し脱線しますが…」と断り、
「フィーアはメートル、フィックはセンチと言うそうですよ。気を取り直しまして…5フィム、ですね」
「そうだな」
地球の単位を燐に講義して、再び話を王都の地理に戻す。
そして悠依は立て続けに、あらゆる方向を指しながら説明した。
「私達が今いるトリマル地区は、そのカルトス大通りと、王城から西に伸びるティルポッド大通りに挟まれた地区を指します。ここまでは大丈夫でしょうか?」
そこまで言ったところで、悠依は言葉を切り、急に情報量が増えて燐が混乱していないか確認する。
王都は広い。何せ中心に構えられた王城、そこから東西南北に大通りが5キロ伸び、その四端を結ぶように『王城壁』が円形に囲っている。
さらに街並みは王城壁で止まらず、その向こうにも広がっているのだ。
全体的に円形の形をしてはいるが、半径10キロの大都市である。地理の把握に時間がかかるのも仕方がない。
「あぁ、大丈夫だ。確か、本部のあるナムフレア地区は東に伸びるヴェムセト大通りとカルトス大通りの間の地区だよな」
そして、ラ・シーア本部のある地区を答えられている様子を見て大丈夫だと判断した悠依は、更に説明を重ねた。
「そうです。そして、北に伸びるアルグレー大通りとヴェムセト大通り、ティルポッド大通りに挟まれた地区が、順にガーラット地区とレヴェロ地区となっています」
「そうか、王城壁の中は4分割の地区分けだったな」
「王城壁内部を俗に中央区と言う方もいますが……とりあえずは、これさえ覚えておけば大通りに挟まれていない地区も、だんだんと覚えていけると思いますよ」
そこで悠依は言葉を切った。
「ありがとう悠依。つまり私達が進む方角は…」
燐が微笑んで礼を言う。別段美人の系譜という訳ではないのだが、ふわふわとした白いショートヘアに目鼻立ちの整った顔は、名家の出で目の肥えた月奈に「可愛い」と言わしめるほどだ。
そんな燐が教えを踏まえて道を探ろうとしたその時、
「あっちですね!」
「悠依?」
悠依が突然、自信満々にラ・シーア本部のある方向とは真反対を指さし、歩き出したものだから燐は困惑した。
そして、自分が盛大に間違えたことに気付いた悠依は、少し顔を赤らめ、
「すみません、方角を指さしていたら、どっちがカルトス大通りか分からなくなっていました…」
と言った。
「それじゃあ、行きましょうか!」
気を取り直して、今度こそ正しい方向に進み出した2人に、後ろから何者かが声をかけた。
「失礼します!」
「ん?」
振り返ると、そこには軽い鎧を着た衛兵がいる。兜は着ておらず、衛兵の顔がよく見えた。
「王都の巡回衛兵か、どうした?」
その風貌を見て燐が言う。
王都では常に騎士と衛兵が巡回をしている。
そして、犯罪の予兆や犯行現場に出くわした時に本部に連絡、そこから近くを巡回中の騎士、衛兵にも連絡が入るという仕組みだ。
「はっ!特殊騎士団ラ・シーアの方にご報告がございます!」
「うぅん…やはり年上なのに敬語使われるのは慣れませんねえ」
そう言ってむず痒いように苦笑いする悠依に、敬礼した衛兵が言う。
ラ・シーアの面々より5歳上、20歳くらいに見えるその青年は爽やかに笑って、
「申し訳ない。しかし、いつも我々を手助けしてくれているラ・シーアに失礼は出来ないのでね」
犯罪の発見が早くても、対処出来ないものであったら折角の時間の猶予も意味が無い。
ましてや、王都で起こる犯罪、その度合いによっては戦争でなくとも命を落とす場合もあるのだ。
その点で言えば、特殊技能を持つ者の集まったラ・シーアは彼らの落命の可能性をを減らしているとも言えた。
燐は本題に入るように促す。
「で、何の報告だ?」
「この近くに、理由は不明ですが魔術格がいくつか展開されたままの路地があるのです。対処をお願い出来ますでしょうか?」
衛兵は大まかな方向を指し示し、2人にそう言った。
すると燐は何か思い付いたのか、
「ああ、それなら…」
と、スナイパーライフルを自分の胸の前に持ち上げ、
「ちょうどいいのがある」