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剣戟のおぺれーしょんっ!  作者: 時雨時
第1章 特殊騎士団ラ・シーア
18/43

18 意固地

囲まれる第18話です。

 顔面が強打され、鼻柱の折れる殴打の音が聞こえる。

 鉄が凍り、超低温で砕かれる氷結の音が響き渡る。

 何十人もの兵士に囲まれながらも、それらを圧倒する人影が2つ。

 1度体勢を立て直すために後ろに下がると、2人の少女が背中合わせになった。


「…何人だ」


 咲がボソリと聞いてくる。何人戦闘不能にした?と。月奈は言葉少なに答える。


「50」

「…同じだ」


 咲は不機嫌そうに吐き、2人は同時に前へ地面を蹴った。


「「チッ!」」


 2つの舌打ちが重なる。






 爆発から始まった王都の火の手は、今や至る所に火災を作っていた。中には既に崩れた家もある。

 夜空に火の明かりが映っている。その下で、3人は500人近い兵士を相手取っていた。


「ちょっと多すぎじゃない!?」

「そうですね、内部蜂起にしては数が多すぎます。それに装備にヴァータ国の紋章が入っていますから、いつの間にか王都に入り込まれたとしか……」


 腰から下げた開きっぱなしの連絡鏡から燐の声が聞こえてくる。


「愚痴言ってる暇はないぞ、そこから20フィーア先に15人だ。接敵予測、10秒後!」


 屋根の上から索敵と狙撃を行っている燐からの報告だ。続けざまにバン、バンと2発銃声が響く。

 路地裏から目を離し、道路の前方を見ると、確かに鉄の兵装をした男が走って来ていた。


「何人目よこれでぇ!」

「今までで485人戦闘不能にしました!なのでこれで最後です!」


 腰に佩いた鞘から刀を振り抜き、兵士たちと真正面に走り出す夕月。その後に悠依が両手に短剣を持って続いた。

 スナイパーライフルの銃声が響く度に、先頭を走る兵士が足を撃ち抜かれ倒れていく。


「せぁぁっ!」


 1人、2人、3人と右手に持った刀を巧みに振り、峰で武器を持った腕を叩き折っていく。

 片腕が折られた程度ならまだ戦えるはずなのだが、それだけで戦闘意欲を無くしたようだった。

 というか、最初の戦闘から全員がそれで終わっている。何か変だ。


 夕月は手応えのない戦闘に妙な気持ち悪さを感じる。

 集団の真ん中を突っ切る夕月の後ろでは、刀の届かない位置にいる兵士の腕や足を、悠依が軽快な足取りで切っていた。


「クリア。戦闘終了だ」


 燐から報告が入る。

 彼女の言う『クリア』とは英語らしい。こういう場面で『敵を排除した』と宣言する時に使われるようだ。


「とりあえずギルベルトさんの所に──」


 悠依が口を開きかけたその時、夕月の耳に妙な物音がした。


「お母さん……」

「だ、大丈夫…よ、ついてきなさい」

「なっ………!!?避難誘導したバカはどこのどいつよ!?」


 振り返ると、そこには避難に遅れた親子がいた。母と娘だ。可哀想になるほど怯えながら物陰を移動している。

 あまりの出来事に夕月の思考が一瞬止まる。


「う、う…うぉああああああっっっ!!!」


 その瞬間、親子の近くで倒れた兵士が起き上がった。折れた右腕を庇いながら、左手に剣を持ち替え──


「やめろぉぉぉぉぉっ!!!」


 何をしようとしているのか察知した夕月は走り出す。

 兵士の左腕が夕月から隠れ、折る前に剣が親子に刺さるのは容易に想像出来た。

 親子を助けるなら、殺すしか動きを止める方法が思いつかない。

 だから、夕月は持っていた刀を捨てた。


「夕月さん!?」


 悠依の慌てた声が聞こえる。しかし夕月はそれを無視し、親子を突き飛ばした。

 それと同時に、夕月の左腕に剣が振り下ろされる。


「────!!!」


 目の前でバッと鮮血が飛び、肘から先が宙を舞う様子がゆっくり見えた。それに遅れて痛みがやってくる。今までに経験したことの無い激痛が。


「あぁぁぁぁぁぁああああああああっっっっ!!!」

「夕月さんっ!!」


 すぐさま駆け付けた悠依は兵士の右腕に短剣を突き立てると、倒れ、のたうち回る夕月を抑えた。

 自身の服を破って作った即席の包帯で、上腕をキツく締める。そして傷口にも包帯を巻いた。


「腕は!?」


 ストッ、と軽く靴の音を鳴らして、少し離れたところに燐が2階建ての屋根から降りてくる。

 悠依は、突然の惨劇に我を忘れた親子のそばに落ちている物を指す。切り落とされた夕月の肘から先だった。


「止血はしました、とりあえずは大丈夫だと思いますが……」


 悠依は心配の目で夕月の顔を見る。対処の間に呼吸は落ち着いたが、意識が朦朧としているようで、青ざめた顔で目を閉じ、苦しそうに息を吐いていた。


「まずは治療だな」


 燐はそう言うと、王城の方角を指した。


「臨時拠点が王城の正門前に立てられたらしい。治癒術師も多分いるだろ」

「分かりました」

「私はあの親子を避難場所まで連れていく。後で合流しよう」


 燐は腰からハンドガンを抜きながら親子のそばに駆け寄り、戦闘現場から離れた場所へ連れていった。


「夕月さん……」


 そっと呼び掛けてみるが、返事は無い。落ちた腕を夕月の体の上に乗せ、出来るだけ揺らさないように、膝の裏と背中を支えて抱え上げた。


「大丈夫です、夕月さん。必ず腕は治癒させます!」






 とめどなく現れる兵士達に囲まれて、咲の顔には少し疲労の色が浮かんでいた。


「っらァ!」

「おごァッ」


 目の前の兵士の頭を蹴り飛ばし昏倒させる。しかし倒れた兵士の後ろにはまだまだ兵士が控えていた。


「チィッ!」


 咲は大きく後ろに跳ぶ。

 少し派手に戦い過ぎた。兵士全員がここら一帯に集結しているようだ。

 振り返ると、月奈も少し押され気味だった。


「いい加減にっ!終われっ!」


 咲はイライラしていた。

 後ろにいる月奈もまだイライラするが、それ以上に目の前の兵士達に腹が立っていた。

 平和だった王都に攻め入る侵略、火を付け家々を燃やす蛮行、そしてそれらを引き起こした大元の原因ヴァータ国に咲は烈火のごとく怒りを燃やしていた。


「咲っ!あまり突っ込まないで!」


 感情のままに兵士を殴打し、気絶させていく咲の様子に月奈は忠告を入れる。


「るせぇっ!こんな奴らに、アタシらの住む場所を滅茶苦茶にされて溜まるか!」


 しかし、激高している上に月奈に嫌悪を抱いた咲にその忠告は届かない。

 月奈も咲の怒りが理解出来ない訳ではなかった。

 咲は兵士に向かって怒気を孕んだ言葉をぶつける。


「突然に攻めてきやがって!どれだけの人を不安にさせたのか分かってるのか!?50万だぞ!ふざけんじゃねえ!」


 これは戦争だ。相手の都合なんて考える必要がないのは分かっている。

 だがどうしても腹が立った。

 仮にも戦争の中であるとはいえ、平和だった王都に火を付け、王都50万の市民全員を不安に陥れたヴァータ共が許せなかった。


 母さん、兄ちゃんに姉ちゃん、妹。

 それにアタシの弟子だって、怯えながら王都郊外に逃げているはずだ。

 父さんだって、大嫌いだが死んで欲しくはない。


「これでっ!最後ォ!」


 咲は1人になった兵士の腹に掌底打ちする。

 苦悶の声を上げて兵士が倒れると、咲はようやく終わったと言わんばかりに大きく息を吐き、天を仰いで座り込んだ。


「咲!危ないっ!」


 しかし、その隙を狙って、どこから現れたのか咲の背中に向かって剣を構え突進してくる兵士が1人。

 月奈の悲鳴で咲は振り返るが、時すでに遅し。


「なっ…」


 恐らく路地裏の陰にでも潜んでいたのだろう。咲は急いで立ち上がろうとするが──


 バキッ!


 咲に剣先が触れる寸前で、兵士が頭に氷柱を受けて倒れた。ハッ…と短く息をつく咲の下へ、月奈が駆け寄ってくる。


「咲、怪我は無い?」

(なんで…)


 思わず咲はそう思った。

 いや、なんでじゃない。月奈はアタシを助けてくれたんだ。

 そうじゃなきゃ今頃お腹に剣が刺さってた。

 さっきの驚きのせいで興奮は冷めている。

 咲はどうするべきなのか、何を言うべきなのかは分かっていた。


「咲?」

「いらねぇ…」


 分かっていた、はずだ。

 しかし、月奈への小さな反抗心がそれを阻んだ。月奈の表情が固まる。


「援護…いらねぇ……」


 ボソリとその言葉を吐いた瞬間、バチンと大きな音が響いた。そっと左頬に触れると、異様に熱かった。

 月奈が平手打ちしたのだと、咲は遅れて理解する。

 驚きで見開かれた目で月奈を見ると、彼女も痛そうに右手をヒラヒラさせている。

 しかし、咲を睨むその目は鋭かった。


 スゥッと息を吸う月奈。

 その動作だけで、咲はビクリと体を震わせた。

 まるで母親に怒られている子供のように。

 まるで──自分が悪いと分かっていて尚素直になれない子供のように。


「意固地になるのもいい加減にしなさい!!!」


 月奈の激怒の声が響き渡った。

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