13 白髪に眼帯
まだまだ過去は語られますよ〜と第13話です。
「本当にお恥ずかしい…」
「だ、大丈夫か……?」
顔を真っ赤にして両手で隠す悠依を見て、燐が心配そうに言う。月奈の話で何度も顔を覆いたくなる場面を語られたのだ、無理もなかった。
時刻は冥刻の4。もう日付は変わったが、広場では楽団による演奏が始まっていた。
接界門でこの世界に来たのだろうか、地球の楽器──ヴァイオリン、チェロやギターなどの楽器を持った楽団がケルト音楽を演奏していた。
「この音楽、とっても陽気でいいわね!」
夕月も体を揺らして楽しそうにしている。
流れている音色は踊りを誘うようなアップテンポに、同じく接界門で流れ着いた『フィドル』のメロディーが添えられ、広場を賑やかにするのに一役買っていた。
「師匠が、『エレナ君が最近地球の楽器と楽譜が手に入ったって言ってたんだ』って教えてくれたわ」
すると、悠依が我慢出来ない様子で、
「あとで私も弾かせて貰えないでしょうか…?」
と言う。ピアノを見ながらウズウズしているのは弾きたい曲でもあるからだろうか。
興味深そうにビビが、
「へぇ、悠依って地球の楽器弾けたんだ?」
と言うと、燐がそれに答えて、
「あぁ、弾けるぞ。『ピアノ』と『ヴァイオリン』、それに──」
「『ギター』を弾けますね。趣味で学校の音楽科を取っているので、そこで習っています」
得意げな悠依に、咲は驚く。5人の通うフェムセル王国立大学校では自分の興味のある科目を好きに取ることが出来るのだ。
「ホントか!」
悠依の意外な趣味に、咲が目を輝かせて身を乗り出すと、燐が悠依の特技を話し始めた。
「あぁ、1回聞いただけで、その音楽の旋律の音程を完璧に取るんだ。私も1度音楽室に行って、そこで演奏を聞いてビックリした」
地球ではそれを絶対音感と言うのだが、この世界にそんな概念はまだ無い。あったとしても【才能】扱いされる。
「ならあとで弾いてみてよ!私も聞きたい!」
夕月の要求に、悠依は嬉しそうに応えて、
「喜んで!」
にこっと笑って夕月に言う悠依の様子を見て、月奈は、
「しかしまぁ、あの時の悠依に、今の悠依を見せてあげたいわね…」
と苦笑いで言う。また目から生気が消えかけたところで咲に目の前で手を振られ、気を取り直した。なんだかんだ言ってラ・シーアの中で1番の苦労人気質なのだ。
「私は確か──」
そして、思い出すように夕月は口を開き、
「私と同じ時に入ったな。王都での──」
燐がそれに付け加えた。
「「神格存在撃退の時」だったね!」
共鳴する2人の様子を見て、月奈はふふっ、と笑って、
「2人との出会いは色々と衝撃的だったわ、ある意味悠依の才能を見た時よりも」
悠依が特殊騎士団に加わり、3人で王都に暮らすようになってから、既に一週間が経とうしていた。
「仕事が…来ない」
王城を囲む高い壁をボーッと眺めながら、月奈は困惑顔で呟く。喫茶店の屋外席は満席で、フェムセルに来た観光客や休憩中の衛兵や騎士などで賑わっている。
出されたコーヒーに口をつけ、月奈はこの一週間のことを思い浮かべた。
「悠依が明るくなってくれたのはいいけど……」
そう、とにかく暇であった。
用意されたレヴェロ地区にある家を少々改築して、最大5人までなら快適に過ごせるようにした。
その為、生活環境は充実しているのだが、如何せんいつになっても仕事が出来ないのである。
時たま家を訪ねてくるグレイによると、
『ほら、君たちって高難度の犯罪、言い換えれば被害の大きいものを相手にするだろう?何かしらどうにかなった時のための法律整備とかが、まだまだあるんだよね……』
との事であった。随分と大雑把な言い方だが、伝えたいことは分かる。
要するに、
「私達別に化け物じゃないわよ……??」
犯罪の対処で何か壊れたりした時のための法整備がまだという事だ。
自分達も別に全て壊してでも対処最優先、という訳では無いのだからそれ程気にしなくてもいいのでは?と思うものの、何かあっても困る。
「『転ばぬ先の杖』……というものかしら?」
月奈は最近覚えた地球産の熟語を当て嵌めてみる。
確か市場に出回っていた薬草の本だったか、そこで見た気がする。
意外と地球に生えている薬草がこっちの世界にもあるようで、いくつか作れそうな薬もあった。
やはりそれらは接界門で渡来してきたようで、有り余る時間で調べてみたら必ず生えている所の近くでは接界門の出現が確認されていた。
月奈は飲み終えたコーヒーカップはそのままに席を立ち、呟いた。
「ふ〜む、どうにかして地球に行けないものかしら」
魔術師団の団長であれば、帰りの保証は無しでいいならと二つ返事で次元飛ばしでもしてくれそうだが、そんな危険な賭けはしたくない。
現在月奈は、散歩がてら家から王城の堀沿いに北に歩いてきた。
そして北に伸びるアルグレー大通りに到着すると、その時、
「ドロボーーー!!!」
とけたたましい声が飛んできた。
月奈が大通りの先を見ると、何やら人だかりが出来ている。そして、その人混みを掻き分け、こちらに向かって何かを背負った人影が走ってくるのが見えた。
「誰か捕まえてくださーーい!!」
さらに、その人混みから2人の少女が飛び出してきて、片方が叫んだ。
月奈は周りを見るが、あいにく巡回中の騎士や衛兵が近くに見当たらなかった。
「私がやるしか無いみたいね」
走ってくる人影──猫族の男との距離を図る。
10フィーア、9フィーア、8、7……
「ここっ!」
その掛け声と共に、月奈は腕を振り上げる。
すると、猫族の周囲を地面から氷柱が飛び出し、円形に囲った。
「チッ!メナン・エディ・トスメーリア!」
完全に進路を塞がれた猫族は、咄嗟に詠唱、魔術を行使して脚力を強化し、氷柱の檻を飛び越えようとする。
「ちょっ」
慌てて月奈は振り上げた腕をそのまま横に振った。氷柱の先端が円の中心に向かって伸び、檻の上側を塞ぐ。
「ギニャッ!?」
既に地面から足が離れていた猫族は、止まることができずにそのまま氷柱の天井に激突、ドサリと落ちて気絶した。
それを見届け、ホッと月奈は息をつき、
「やっぱり、まだ指一本動かさず才能を使うのは難しいわね…」
と、目を落とし、自分の手を見つめながら残念そうに呟いた。
【詠唱不可欠の制約】を無視出来るのはとても便利だが、何か具体的な想像が出来ないとまだ上手く扱えないのだった。
「すっごーい!あのっ、魔術師さんなんですか!?」
すると、突然その手を握られ、ブンブンと振り回された。ビックリして月奈は顔を上げる。
目の前にいたのは、橙色の髪をサイドポニーに仕上げた少女。そしてその後ろに、白髪をふわっとセミロングにした、左目に眼帯をした少女がいた。




