11 月夜の駆け引き
1〜9までは旧作を加筆修正したものなのです。
なので、10と今回の部分が新しい書き方にしてから初めて0から書く部分なので、改善点など教えていただけるとありがたいなぁと第11話です。
月奈達の住む家は、1階が居間と食卓に風呂場、2階が個人の部屋とバルコニーがある。
月明かりに照らされたバルコニーに置かれたテーブルで、月奈と悠依は向かい合っていた。
「さて、準備はいいかしら?」
ニヤッと笑って悠依を見ると、彼女は札を見つめながらコクリと頷いた。
札遊戯に誘った時、一時は断られかけたが勝っても負けても甘い物を奢ると言ったら渋々やってくれることになった。ちょっと目が輝いていたのは気にしないでおく。
「トゥラケの規則は分かるよね?」
月奈と悠依のやる札遊戯は、「トゥラケ」と呼ばれる札遊戯の1種だ。ナスチア語でトゥラケは試合の意味。その名前の通り、30分程度で終わる簡単な札遊戯として親しまれていた。
ルールは簡単、相手の手札1枚と自分の手札1枚を交換し、描かれた絵柄か数字が3枚揃えば捨てて、山札から5枚引く。そして山札が消えたところで、先に手札が無くなった方が勝ちというものだ。
「……では」
悠依はマロメクの木が描かれ、数字は3のカードを出してきた。
マロメクの木とはナスチア大陸の至る所に生えた高さ5フィムくらいの木で、葉が薬草に、樹皮は香に、根は滋養強壮と捨て所がない便利な植物であるのを月奈は知っている。
(この木の葉と皮と根をどうにか1つに出来ないかと躍起になったものだわ……)
しみじみと月奈は思う。確かに捨て所は無いのだが、3つのうちどれか2つを合わせた時点で毒になるという植物でもある。
しかし、こんな所でいつもの研究者気質を発揮している場合ではない。
じっとこちらを見る悠依の視線にハッと月奈は我に返り、元々決めていた札をテーブルの上に出した。
「同じくマロメクの木……数字は10ですか」
「えぇ、被っちゃったわね」
トゥラケの面白いところである。1枚しか手札に無いのに、捨てようと出した時に限って、相手が同じ絵柄や数字を出してくるのだから駆け引きが楽しい。
2人は相手の出した札を手札に加え、また別の札をテーブルの上に出した。
「……悠依は、高校はどこに通うつもりなの?」
月奈は、落ち着いた声音で聞いてみる。答えが返ってくるのはそれ程期待していない。
「………」
やはり、返ってこないか。そう月奈が思い始めた時、
「……フェムセル王国立大学校高等部に進むつもりです」
「そう…」
まさか返ってくるとは思わなかった。
自分の一瞬驚いた顔を気付かれていないかとヒヤッとしたが、月明かりの中では少しの表情では読み取れないはずだ、大丈夫だろう。
日常会話で返答されたのは今日で2度目だが、普段もこのくらいの頻度なら返してくれるのだろうか?
まだ3日しか顔を合わせていないため判断しずらいが、朝から徹底して必要のない会話は返答されなかった。
それを考えると、恐らく悠依も露台で夜風に吹かれ少し落ち着いた気分なのだろうと思う。
月奈は平静を装いながら、また質問してみた。
「今まで、どんなところで過ごしてきたの?」
無意識のうちに、自分の声色がとても優しげになっていることに気付く。
グレイに聞かされた、悠依の過去への憐れみがそうさせるのだろうか。
悠依は札をテーブルの上に出して、月奈の置いた札と交換する。どうやら3枚揃ったようで、マロメクの木が描かれた札を捨てた。
山札はいつの間にか半分程まで来ていた。あと30枚程だろうか。
「……色んな貴族の方の厄介になっていました」
「………」
静かに吐露されたその言葉は、悠依の悲痛な過去を想起させる。
その表情は、暗くても分かるほど痛々しげに歪み、泣くのを堪えているようにも見える。
「それは……ご両親の友人かしら?」
「……はい。両親が……亡くなってから、私の身は親戚や友人のところを転々としました」
(なるほど、それでね)
どうやら人間不信に陥った原因の一端はそれが握っていそうだ。
山札はあと15枚程度。この遊戯が終わるまでに彼女の心を開かせることが出来るといいが。
「2年前……私は両親を亡くしました」
「えぇ、師匠から聞いたわ」
「私のせいで……亡くしたんです」
「………その話、聞いてもいいかしら?」
月奈の言葉に、悠依は眉をひそめて躊躇った。
「………お願い、聞かせて欲しいわ」
悠依の躊躇いを振り払うように、月奈は重ねて頼む。
山札が切れ、お互い手札しか無くなったところで悠依の手が止まった。
「………」
黙りこくる悠依を、月奈はじっと見守る。バルコニーに涼しい夜風が吹き、2人の長い髪が揺れた。
どれくらい無言だっただろうか。やはり、少し強引だっただろうか、そんなことを月奈が悩み出した時、
「ヴァータ国が、アクターリアに…侵攻を始めて間も無い頃です──」
と、たどたどしく悠依が話し始めた。
月奈は悠依を見つめ、次の言葉を見守る。しかし、紡がれたのは信じられない、だけどもうどうしようもない事実だった。
「私の両親は、領民に殺されました」
パチパチパチと、木々の焼ける音がする。既に屋敷の周りは火の手に囲まれ、唯一の出口である正面も大挙した領民で阻まれていた。
「村長、やめてくれないかこんな事は!」
「いいえ領主様、儂は何度も言いましたよ」
お父様の言い争っている声が聞こえる。傍には執事もいる。私は、玄関広間の正面にある階段の踊り場、その手すりの影で少しだけ顔を出していた。
お父様と言い争っているのは……あれは1番近くの村の村長だったか。白い豊かな髭を持ち、手には杖を持っていた。穏やかそうに見えるが、その目には恐怖と──何か読めない感情が渦巻いている。
「娘の事は私が責任を持つと言ったであろう!」
「えぇ、儂もしっかり覚えていますとも」
「ならば何故!!」
領主の悲痛な問いかけに、真剣な表情で村長はこう述べた。
「ですが、その程度ではヴァータ国の侵攻を止められないのは分かっているでしょう」
「なぜそう思うのだ?」
「時を止めるというのは、それ程までにヴァータ国に関心を持たせるのですよ」
ジロリと村長がこちらを見て、私は体を震わせた。バレている。村長の視線に気付いて、お父様も私の方を見る。
「悠依!危ないから部屋に居なさいと!」
「お嬢様……」
私に寄り添うように、長年私の面倒を見てくれた老執事が近付いた。
「領主様、私達だってこんな事はしたくないんです」
「今更何を……!!」
村長の後ろに立つ若者が、悲しい顔をして諭すように言う。
私は彼らがどうして屋敷の周りの林を燃やし、退路を塞いだのか、その理由を知っていた。
「領主様、どうか娘様を差し出して下さい。我々はそれさえ出来れば直ぐに帰ります」
「そんな馬鹿な事出来るわけないだろう!まだヴァータの者達も来ていない、隠し通せているはずだ!」
お父様は叫ぶが、村長の悲しげな声音がそれを打ち砕いた。
「来ているんですなぁ、それが」
「な……に?」
すると領民の人垣が割れ、3人の兵士がお父様の方へ向かって歩いてきた。
「どうも、城嶺辺境伯」
「お前たち……まさか!!」
お父様は目を見開いて領民と兵士を交互に見る。兵士は笑い、領民は安堵の表情を浮かべていた。
先程の青年が、絞り出すように述べた。
「……申し訳ありません領主様。私達にも家族がいます。領主様の娘さえ手に入れば、お前達には手出ししないと言われたのです」
「そういうことだ。早く娘を差し出せ」
「……っ、誰がお前達になど!」
不遜な態度の兵士に、お父様は歯を食いしばり憎々しげに言い放つ。
しかし、3人の兵士は下卑た笑い声を上げて、
「お前の娘の【才能】は戦争に利用出来る。今は反抗しているだろうが、魔術や薬でいくらでも洗脳出来るんでなァ」
「絶対に渡すものか……!!」
お父様の言葉に兵士は眉を釣りあげ、不吉な笑みを浮かべた。
「ほう…?ならば生かしては置けぬなぁ。ヴァータ国の勝利の為に死ね!」
「「「死ね!死ね!死ね!死ね!」」」
その時私は村長に、領民に渦巻く感情が恐怖と──私に対する憎しみであることを悟った。
兵士の声に合わせて領民が叫ぶ。交渉が決裂したのは目に見えていた。
暴徒と化した領民の感情は限界を迎え、兵士を筆頭に大挙して屋敷内に攻め込んだ。
一斉に私に向かって突撃してくる人の波を、私は呆然と見ていた。
「ウォルター!お前は悠依を連れて執務室へ!」
「かしこまりました」
「ッグアァ!!」
「っ!?」
お父様の指示で、老執事が私を抱えて3階へと駆け上がる。
しかし、ウォルターに抱えられる寸前で、私の目は無数の剣に貫かれるお父様を捉えていた。
「嫌っ!お父様!!お父様ァァ!!!」
何故だ、私が死ねばお父様は助かるのだろう?私が死ねばお母様も、ウォルターもみんな助かるのだろう?
どうして。
「どうして……」
「お嬢様が生きていて下さる方が、ご主人様にとっての幸せなのです」
ポツリと漏らした私の言葉に、ウォルターが答えた。
ウォルターは執務室の扉を開けると、本棚の下段を蹴った。
本棚の裏に現れた隠し通路を見てウォルターが、
「さて、お嬢様。ここからは貴女1人でお行きなさい」
「……ウォルターはついてきてくれないのですね」
「申し訳ありません。ご主人様と奥様を助けに行かなくてはなりませんので」
かつて手練だった老執事は、キュッと手袋を嵌め直す。
そして何か思い出したように懐に手を入れ、1枚の封筒を取り出した。家紋の入った赤い蝋封がされている。
「ご主人様から預かっておりました。『もし私の身に何かあった場合、これを渡すように』と」
渡された封筒は薄く、紙が2枚ほど入っている感触がした。
ウォルターの伝言が嫌な想像を掻き立てる。
「ウォルター……」
今私はどんなに酷い顔をしているのだろう。涙が溢れてきて止まってくれない。
それを見かねたウォルターが手拭いを差し出そうとした時、背後の壁が燃え上がった。
「どうやら火を放たれたようです、時間がありません!さぁ、早く行きなさい!」
「でも……!ウォルター!」
「行くのです!!」
情けない声を上げ、ウォルターに一喝される。
怯えた表情で、おずおずとウォルターに目を向けると、老執事は優しい笑みを浮かべていた。
「大丈夫です、お嬢様。きっと、いつかまた会えるでしょう」
「………っっ」
私は涙を拭う。そして、毅然と言い放つ。
「…っ、必ず迎えに行きます!絶対に!」
その様子にウォルターは驚き、そして──何故か少し目を潤ませて、
「えぇ、お待ちしております」
老執事は満足気に微笑み、すくっと立ち上がった。
私も何も言うことはない。伝えるべきことは伝えたはずだ。
微かに冷たい風が吹いてくる隠し通路は真っ暗だったが、気にすることは無い。昔から暗いところに隠れてはウォルターに怒られていたでは無いか。
「さようなら、ウォルター」
「さようなら、お嬢様」
(最後に貴女様の成長したお姿、見れて嬉しゅうございました)
短い挨拶を済ませ、ウォルターは火の海となった屋敷に飛び込んでいった。




