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剣戟のおぺれーしょんっ!  作者: 時雨時
第1章 特殊騎士団ラ・シーア
1/43

1 奇妙な依頼書

読書が好きな方は1度ならず経験したことがあると思います。


ページをめくる時のワクワク。早く先が読みたいけど飛ばし読みは出来ないもどかしさ。主人公が否定される悲しみ。主人公の立つ環境が変わった時の不安と期待。などなど。


そんなものを感じてくれたらいいなぁと第1話です。

 フェムセル───ナスチア大陸東端に位置するアクターリア王国の王が住まう王都にして人口50万人の巨大都市。

 人や亜人に加えて、両者ともかけ離れた風貌を持つ者や知性を持った物体など──


「待てぇぇぇぇ!!」


 様々な営みのある街である。

 そして、王都には高い丘に建つ王城を中心として東西南北に伸びる大通りがあるのだが──


「待ってくれよおおぉぉーー!!」


 通行者に構わずその道を爆走する少女が1人。その少し先を走るのは小型犬。


「クソ!チビ助だからって油断してた!」



 ──少し時を戻してラ・シーア本部。

 扉と反対の壁は一面ガラス張りで、それに背を向けるように執務机が1つ。中央には金細工のあしらわれた長方形の大きいテーブルとそれを挟むように長椅子が2つ、短い辺には1人用の腰掛椅子が置いてある。


 5人で使うには少々広い部屋ではあるが、空いた空間にはいくつかの観葉植物が置かれ、その手入れの良さから管理者の几帳面さが見て取れた。

 そんな穏やかな空間で、2人の少女が毎日の日課となった朝の依頼書整理を行っていた。


「えーっと、スティルバーク家当主ジョースター・スティルバークへの浮気調査が奥さんから。…これはその手の人に回しましょ、いつもの事だし。次は……え?」


 依頼の書かれた紙を見ていた少女が困惑した声を上げる。豊かに伸ばされた薄紫色の髪を持ったその少女は、困惑の色を浮かべつつ隣に座る少女に依頼書を見せる。


「ん?どうした、月奈(るな)?」

「いや…ウチに来る依頼にしては珍しいなって」

「どれどれ…?」


 腰まで赤髪を伸ばした少女が、渡された紙を読み上げた。


「トリマル地区で飼い犬を見失ってしまいました、どうか見つけてはくれないでしょうか?備考、かなりすばしっこいです。確認名は…ギルベルトじゃん」

「えぇ、見た感じただの迷子犬探しだけど…そんなに捕まえにくいのかしら?」


 机の上に広げられた他の依頼書と見比べて首を傾げる月奈。

 それもそのはず、他の依頼書は概ね要人の一日警護だったり、放置された魔術格の処理だったり、はたまた貴族の妻からの浮気調査といったものである。

 この依頼書のみ内容が平和であった。


「よし!アタシが行ってくる!」


 赤髪の少女はその依頼書を丸めてからポケットに仕舞う。それから勢いよく立ち上がり、そう宣言する。


「いい?お願いしても」

「おうさ!えーっと今が…」


 少女は部屋の入り口の扉、その上の壁面に付けられた時計を見やる。

 魔術格を中心に太線が6つ等間隔で伸び、それぞれに1、2、3、4、5、6の文字が当てられている。さらにその太字のあいだを、細い線が10分割しているような文字盤の上を、長針と短針が動いていた。

 真ん中の魔術格の橙色を見て、月奈が言う。


「明刻の4の11分よ」

「うーん、お昼時まであと2時間もないな…」

「別に遅れちゃってもいいのよ?咲の分が残ってるかどうかは保証出来ないけど」


 小柄で端正な顔は、少し悪そうな顔をしても可愛いものである。不安げに時間を気にして呟く咲に、月奈が顎に人差し指を当てて悪戯っぽく笑った。

 月奈の無慈悲な予言に、咲は悲痛な願いを返した。


「それは勘弁してくれぇ!」

「ふふっ、いってらっしゃい」

「いってくる!」


 微笑みながら手を振り、見送る月奈に咲はそう言って、ドアを開けて部屋を出ていった。

 タン、タン、タンと一段飛ばしで木造の階段を降りる音がドアの向こうから響いてくるのを聞くと、月奈は立ち上がり、


「さて!依頼書の整理も済んだし、水遣りでもしようかしら」


 と、周りの植物の手入れを始めるのだった。

 手入れを始めてすぐに、


 ドターン!


 と何かが盛大に転んだ音がしたのは、また別のお話であるが。



「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、ハッ…はァァ…は、速すぎだろあの犬っころ…」


 時は戻って、大追跡の末、犬に撒かれた咲。膝に手を付き、呼吸を整える。

 大通りの両側を見れば、3、4階建てのレンガ造りの家が建ち並び、なかなか壮観である。

 するとそこに、


「おー?なんや、誰かと思えば咲の姉ちゃんやないか!」


 飄々とした、耳に残る口調の声が聞こえてきた。


「この声は…」

「そーや、いつもジブンらがお世話になってるギンや」


 顔を上げると、そこには少し肌の黒くなった白髪の青年が苦笑いを浮かべて立っている。片手には濡れた布巾を持ち、どうやらテーブル拭きの仕事中といった様子である。

 青年は「よっ」と言って片手をあげ、咲に歩み寄る。


「ギン!ってことは…」

「なんかえらい全力疾走やったけど、なんや?追われとるんか?」

「その逆だよ、迷子の犬追っかけてたんだ。…にしても、いつの間にかここまで来てたのか」


 王城から南に伸びる大通りを北に向かって走ってきたのだが、もう既に王城が2フィムほど先に見える。

 そして大通りの西側から先がトリマル地区である。大通りに面した一角には大衆酒場「狩人の食卓」があり、横を向けば、テーブルや椅子が沢山置かれた広場の先に、二階建ての大きな建物があった。


「迷子犬?ワンコごときに『ラ・シーア』が出し抜かれることってあるんやな…」

「ごときって言うけど!あれは速すぎるって!」


 意外とでも言うようなギンの呟きに、咲は抗議する。

 実際大通りは人の往来が多く、馬車の通る車道の両脇では、人間はもちろん猫耳や犬耳の生えた獣人から、何故か人の体から蛇の頭が生えた生き物も歩いている。

 そんな中で股下をスルスルと抜けていく子犬を追いかけるのは至難の業だろう。


「ちなみにどんな犬や?」

「茶色くて、丸っこくて…こう、小さくて…」


 ギンに犬の容貌を聞かれ、咲は「むむむ…」と言いながら両手でその大きさ、形を表現しようとする。

 するとそこで、


「あぁ、その犬なら、もう2つ行った先の大きな道の角を左に曲がったで」


 どうやら思い当たる犬を見かけたらしい、ギンは布巾を持っていない方の手で犬の行き先を示した。


「ホントか!助かった!」


 咲が嬉しそうに礼を言うと、酒場の従業員の青年は笑って、


「いつもウチに来てくれるオレの方が助かってるわ」


 と、こんなものは助けの内にも入らないと言いたげに揶揄する。

 それを聞いて咲は楽しそうな笑顔で、


「じゃあまた今夜も助けることになるな!」


 とからかった。

 ギンもまた爽やかな笑顔になり、


「おう!ぎょうさん料理用意して待っとくで〜。それともブドゥー酒の方がええか?」

「どっちも!」

「ははっ、欲張りやなぁ」


 と、ギンは手を振って既に走り出した欲深な少女を見送った。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 元気な関西弁って関西あるんですね、この世界
2020/09/18 10:26 スネ夫ままbot
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