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7 インテリジェンス・ディナー

 

 アメを舐めつつ、本をいくつか読みつつ、とうとう文字を覚えた俺は、リーンからのお祝いとして、豪華な食事を用意されていた。

 本来なら、この部屋を出て城下町の美味しいところへでも連れて行きたいとリーンは言った。

 だが、それは規則に反するためできないらしい。


 というわけで、王城――俺が今住むオレンジ色の建物のことだ――のシェフに頼み込んで、腕によりをかけた料理を作ってもらったらしい。

 俺は魔王を倒す存在で、賓客であると説得したようで、リーンの顔は自慢げだ。


「お口に合うといいのですが……」


 その言葉を否定してあげたくて、俺はさっそく料理を口へ運ぶ。


 だが、俺が思っていたより異世界の料理というのはハードルが高かった。

 今まではリーンの手料理を食べていたから、何ともなかったのだが。

 なんだろう、メインのお肉を食べているはずなんだが、ところどころ固いところがある。


 吐き出して残そうとした俺の手が物理的に止められた。

 リーンが、懇願するように言った。


「ブラックホエールの骨は知力+2されるのです! どうか食べてください!」


 ホエールって確か、クジラのことだよな? その骨……。

 箸で骨を掴んだまま停止している俺を見やって、リーンは再び口を開く。


「すみません、本当はブラックホエールの肉を用意できればよかったのですが。あまりに珍味過ぎて見つからなかったのです。肉なら一口で知力が+10されるので、アキラさまにはちょうどいいと思ったのですけど……」

「だってこれ骨なんだろ……」

「大丈夫です。固いところや尖っているところはすべて取ってあります。固さも一応噛み砕ける柔らかさにしましたし、飲み込めるサイズにもなっていると思います」


 ようは、エビフライのしっぽなのだと俺は思う。

 普通の人は食べなくてもいいけれど、というヤツだ。


 リーンは両手を合わせて、目をつぶっている。

 うむ。可愛い。俺は覚悟を決めた。

 箸を口元に持っていき、ボリボリ噛み砕いてやったのだ。

 正直、味はしない。肉に付いていたソースがうまいので、気にならないが。


「アキラさま! 食べてくださったんですね!」

「うん、まあ、食べられなくはないね」

「そうですか! この骨ならまだ残っているので、明日から毎日食卓に出しますね」


 大好物なんて、言った覚えはないはずだ。

 俺は自分の発言を振り返ったが、やはりそんなことは言っていなかった。

 まあ、これも旅に出るまでの辛抱。

 そう言い聞かせて、俺は次の料理に取り掛かった。


「アキラさま。そのスープには、ブラックホエールの骨でとっただしが、ふんだんに使われているんですよ。スープを完食されると知力+12ほどの効果があるかと」


 味がしなかった理由が分かった。

 黙ってもくもくとスープを片付ける俺。

 無事、飲み終わったが特に変わる様子はない。今までもそうだったけど。

 架空の数値だから、あんまり意識しないと気付かないのかな。

 あ、スープはトンコツみたいに濃厚な味で美味しかった。


「アキラさま。こちらのサラダには、ホワイトマールという花が入っています。これは一つに付き知力+2です」

「アキラさま。この小鉢に入っているもの、分かりますか? サンゴノウミといって、とても珍しい海産物なんですよ。ちなみに知力+4です」

「アキラさま。今飲まれているものは、ヒュウガツキのブレンディ……ええっと、簡単にいうとすりおろしたものに当たります。グラス一個単位で知力+8になります」

「アキラさま。そちらの大皿にはメデューサの足入りなんですよ。こんな庶民的なおかずからも知力を上げることができるのです。+1ですが」


 全部食べ終わって、リーンの説明もすべて聞いた。

 なんだか、王城のシェフもやけくそになっていたのではないかと思うくらい、知力アップのための晩餐会(一人)だった。


 すっかり腹のふくらんだ俺に、リーンはある果物を持ってきた。

 それは、俺が初めて異世界で食べたものだった。

 勉強中におなかの空いた俺に、おやつとして差し入れされたのだ。


 リーンは、それを最初の時とは違って八等分して、皿に盛りつけてくれた。

 なんだか、すごくデザート感が増した気がする。


「これは、リーンの実といってちょっと変わった特性があります」


 リーンは、彼女と同じ名前のフルーツをつまみ上げながら言う。


「細かく切れば切るほど、知力があがる食べ物なのです」

「え、これも?」

「確率……というのは分かりますか? ええ。この果実は、細かく刻まれた欠片を食べることでたまに知力が上がるのです。そして最後の欠片で必ず知力アップする、不思議な実でもあります」

「じゃあ、リーンが最初、細切れのこれを出してきたのは……!」

「そうです。確率の発生をなるべく高めるために、欠片を小さくする必要がありました」


 俺は、彼女の行為に唸ってしまう。

 てっきり、持久力のない俺に苛立って、怒りとともに果実を切ったのだと推測していたからだ。

 でも、ほんとうは俺のことを考えて……。

 目頭が熱くなるのを感じる。


「だったら、今日はもっと細かく切るべきなんじゃ……」

「いいのです。リーンの実を美味しく食べていただくためには、この切り方が一番いいので。アキラさまにこの実のほんとうの味を知っていただきたいのです」

「俺……ごめん、リーンのこと勘違いしてた」

「え?」

「いや、なんでもない。食べるよ。そうだ、リーンも一緒に食べよう」

「ふふ。初めのときみたいにですか? いいですけど、これっきりですからね?」


 見たこともない色をした果物を、口いっぱいにほおばって安全性を示す彼女。

 その姿に笑ってしまったのは、運命のいたずらか。

 そのあと、しばらくリーンは口をきいてくれなかった。

 そんな数日前の情景がありありと思い出される。


 俺は、泣いたことをこっそり隠して、リーンとの食事を楽しんだ。


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