5 文字を覚えよう
俺が戦々恐々としているとは露知らず、リーンは部屋の左側にあった棚から、本を二冊取り出す。
リーンから本を手渡された俺は、ぺらぺらとページをめくってみた。
深刻な問題に気が付いた。
「これからアキラさまにはこの部屋の本を――」
「リーンさん。俺、この国の文字読めない」
「……どれぐらいですか」
リーンが声を絞り出す。
どれくらい、って言われても……ていうか、どれくらいって何!?
困惑しながら、俺は一つの答えを見つけた。
あるじゃないか。さっき、絶好の体験をしただろう?
「さっき、王さまが見せてくれた自分の名前も読めなかったよ」
「……そうでしたか。で、でもこれはチャンスです! 文字を覚えるというのは非常に文化的な行為。この問題をクリアしてエムロード語をマスターすれば、知力∔50を得ることできるのです」
「知力……王さまも言ってた、魔法の威力を決めるとかなんとかっていう?」
「はい。正確には、魔法の威力を決める架空の数値ですね。アキラさまの現在の知力は50。これにエムロード語の取得を加えれば、値100です。目標の三分の一が済んでしまうんですよ」
え、俺、知力50しかないの?
っていうか、一般人の知力がどのくらいなのか分からないとアレだな。
でも、魔法の力にしか関与しないって言ってたし、いわゆる学力っていうか、頭の良さとは関係ない感じ?
「ちなみに一般の方の知力は35ぐらいですから、アキラさまはかなり素質がありますね。異なる世界の人間だからでしょうか?」
「あ、意外とあるほうなんだ、これ」
納得した俺を満足そうに見つめたリーンは、一度席を外します、と言って扉から出ていく。
部屋にはぽつんと俺一人が残された。
念のためドアノブをひねってみる。あ、普通に開いた。
カギをかけられ監禁されているかもしれないと思ったのだが、杞憂だったらしい。
ここはそんな性悪な人はいないのかもしれない。良かった。
推測に安堵して、360度とり囲む本棚の一つに手を伸ばす。
手に取ったのは、なるべく薄い本……厚みが薄い本だ。
やらしい意味での薄い本ではない。というか、そういう類のは置いてなさそう。
「やっぱり、全然わかんねえ」
俺は頭をかく。
やはり、絵本のような挿絵の多い本であっても文章はある。
それがどこで区切れるのかまったく分からない。
うつくしい文様が延々と続いているようにしか見えないのだ。
ガチャ。
扉の開閉音にびくりと身体が跳ね上がった。
いや、別段悪いことをしていた訳でもないのだが、絵本を背中に隠す。
入ってきたのは当然のことながら、リーンだった。
彼女も手に、厚みのない本を持っていた。
現代で言うところの五十音表だろうか。
「さあ、アキラさま。勉強の時間ですよ」
微笑むリーンの表情が、何故か怖かった。