2 知力というステータス
爺さんの話を要約すると、召喚する際に、魔法陣に名前が出るのだとか。
異世界の言語で書かれた俺の名前を見せてもらったが、当然読めなかった。
直線とか曲線とかがいい感じに組み合わされていて、ぱっと見、そういう装飾みたいだ。なんか、こう、ヨーロッパの古い洋館に施されてそうなヤツね。分かる?
「わしの名は、ファーディナンド・エメラルド。この国の王じゃ」
「ファーディ……ええと」
「ファーディナンドじゃ。ふむ……わしの名は、異なる世界の住民には発音しづらい名前かの。よし、では若者よ、わしの名前は好きに呼ぶがいい」
「ええっ、でも、あの、王様なんですよね?」
「今は魔王の侵略に脅かされている身。それを打ち倒す者に、歓待をせぬ理由はあるだろうか。いや、あるまい」
そんな強く頷かれて、俺は折れざるを得なかった。
仕方なく、ない頭をひねって考える。
ファーディなんとかじゃ、思いつかない。そうだ、エメラルドから取って……。
「緑さんってのはどうですか?」
「ミドリ……? 聞いたことのない響きじゃな。そちらの世界の言葉かの」
「ええ、植物の色のことです。青々としたグリーンの」
「グリーン!? グリーンとな。ふふふ。これは嬉しい名を頂いたものだ」
くすくすと笑う王さま。俺は目をしばたかせる。
訳が分からないが、とにかくご機嫌な分には問題ないだろう。
そろそろ足がしびれてきた。見栄張って正座なんてしたからかもしれない。
「ではシシバ殿、説明はこのくらいにして、そなたには魔王を倒す力を身に付けて欲しいのだ」
「は、はい」
「そなたにして欲しいことは一つ。魔法の威力を決める力、知力を身に付けることじゃ」
知力……?
俺そんなに頭よくないけど、大丈夫かな。
そんな疑問は数秒後に解除される。
「なに、そう心配しなくともよい。知力は魔法の威力にのみ関係するステータスじゃ。いわば、架空の数値じゃな。少しぐらい抜けておっても問題ない」
「はあ」
「魔術師は、この世の理のわからぬ者でなければ扱うことができん。奇跡の力じゃからな。常識を覆す発想が大事なのだ。故に、魔術師は異世界の人類が務めることになっておる」
「ええっと、つまり?」
「そなたは、この世界で魔術師になる資格があるということじゃ。誇るがいい」
王さまはそういうけれど、俺にはいまいち実感がわかなかった。
魔法が、奇跡の力……? この世のことわり? 常識……。
むつかしいことわかんない。
脳が考えることを停止し始めた俺を見て、王さまがため息をついた。
「こちらの事情など聞いていても退屈じゃろうな。リーン!」
「は、こちらに」
「シシバ殿を部屋に案内して、さっそく訓練を開始するのじゃ」
「かしこまりました。陛下、失礼いたします」
柱の後ろから人が現れた。
その人をはっきり見ることなく、俺の手は柔らかい指にすくわれて、建物の右のほうに引っ張られた。
戸惑う俺はそのまま腕を引かれて、王さまに挨拶することなく部屋を出た。
「さて、このくらいでいいかの」
「賢者さま……今回は、こんな役目を負わせてしま――」
「馬鹿者。相手は異なる理と触れ続けた者だぞ。これ以上名誉なことはあるまい」
「……」
「彼を魔王討伐のためだけの駒とは考えぬことだな、ファーディナンド」
「は、精進いたします」
「それにしても、聞いたか。くくく、あちらの世界でのグリーンを指す言葉か。名誉な名前を頂いたもんじゃな?」
「300年前の魔王討伐者、英雄グリーン。まさか、彼は同じ世界から?」
「さてはて。その辺は定かではないがな」
賢者と呼ばれた爺は、にやりと笑って答えをはぐらかす。
それを、本物の王が、よく見ていたかは定かではない。
どんな歴史書にも王の所作に関する記述はないからである。
「リーン、あとは頼んだぞ。彼を立派な魔術師に育て上げるのだ」