第6話 美人な女性と森のドラゴン
何だか息苦しい。
圧迫されている感じが……
何だ? 何が起こっているのだ?
ぼんやりとした意識が、だんだんとはっきりしてくる。
目を覚ますと、最近よくある光景だったと気付く。息苦しいと感じていたのは、母クリスの豊満な胸に顔が押し付けられ、クリスがレオンを抱き締めているからだ。
レオンへの罰としての親子スキンシップタイムは、まだまだ続いていた。
父アッシュは、まだナリディア国の魔物討伐中で不在中。
アッシュが帰ってきたら、クリスから開放してもらように頼むつもりだが、もう少し討伐に時間がかかりそうだ。
モゾモゾと上に動いて息苦しさから脱出する。
「ぷはっー」
クリスの抱き締めから少し解放された。目の前には、気持ち良さそうに眠るクリスの顔が。
自分の母を褒めるのも変な感じだが、クリスは美人だ。町を歩けば、かなりの人が振り返る程の美人さん。スタイルも抜群。
クリスを見ていたら、モゾモゾと動いたせいで目が覚めたらしく、レオンと目が合う。
「おはようレオンちゃん」
チュッとレオンのおでこにキスをする。
レオンは恥ずかしくなって背を向けた。
クリスは背を向けたレオンを後からギュッと抱き締める。クリスの豊満な胸が当たっているんだけど……
「クリス母様、その、む、胸が当たってます」
「あら、当ててるのよ」
レオンはビクッとなった。
慌ててクリスの方に向き直す。
「母様、そう言うのは大人の男性に言うのでは……」
「良く知ってるわね。もう、レオンちゃんたらエッチね」
クリスは悪戯っ子みたいな顔して、レオンのほっぺたをツンツンと、つつく。
また恥ずかしくなってクリスに背を向けた。
この人は絶対からかって楽しんでるよな。
クリスは、レオンが大人びているのを最初の頃は心配していた。幼い頃から直ぐに言葉や文字を書く事を覚えて、言動も大人びていたからだ。
早くから親離れしたレオンにクリスは戸惑った。シンディーの時とは全然違うからだ。
レオンは、普通と違うのだろうかと心配した時もあった。でも絵を描いてプレゼントしてくれてたり、肩たたきとか言ってマッサージしてくれたりする時があった。お菓子を作ってたら嬉しそうな顔をして手伝ってもくれた。
この子はもしかしたら、親に迷惑かけないように気を使ってるのでは。そう考えると、無性に可愛いらしく思えた。だったら迷惑じゃないと伝えないと。私からもっと愛してあげないといけない。そうクリスは思った。
レオンは朝食を食堂で食べながら、コックのコルトリアと醤油や味噌の進捗具合を話していた。
まだまだ時間はある、せっかくだからいい物を作ろう。
今日はシェリーと一緒にクロノス大森林で、キノコ採りを計画していた。
「クリス母様、今日はシェリーと一緒に森に行ってキノコ採りをして来ます」
「今日もシェリーちゃんと一緒なのね。森には魔物がいるから気をつけてね」
「はい。気をつけます」
何度かシェリーをフォックス家に連れて来て遊んでいるので、クリスもシェリーの事を知っている。
クリスは初めてレオンが女の子を連れて来た時は驚いた。こんな可愛い女の子と何処で知り合ったのか、根掘り葉掘りレオンに聞いてしまう。
もしかしたらレオンは、シェリーと将来結ばれるのかと早々と喜んでしまった時もある。でも可愛いがってるレオンが取られてしまうと思ったら嫉妬してしまった。
我ながら親バカだと思うが、それほどレオンが可愛くて仕方ないのだ。
最近レオンと一緒に寝れる事を、クリスは毎晩楽しみにしている。可愛さのあまり強く抱き締めると、レオンは照れてしまう。その顔を見ると愛おしくなり、ついつい悪戯してしまう。
まだまだ子離れは出来ないとクリスは思った。
レオンはシェリーとカルーア町近くのクロノス大森林に来ていた。前に来た時はシェリーが森の入口付近で魔物と戦っていたが、今日は魔物の姿は何処にもいない。
「レオン、森の中に入っていっぱいキノコ採ろう」
「う、うん。いっぱい見つけちゃうね」
最近シェリーから密着される事が多い。
最初は恥ずかしそうに服をちょこんと掴む程度だったが、段々とグレードが上がり、手を繋いできたりした。
今ではシェリーから腕を組まれてる。
何があった? 何があったのだシェリーさん! いろいろと考えてみた。
(前に……そうだ! 多分、風景画をプレゼントした時からだ!)
なるほど……もしかしたら絵を気に入ってくれて、テンションが上がっているのか?
私にも経験がある。好きな物をプレゼントされたらテンション上がって、いつもと違う大胆な行動をしてしまう事を。
そうか、よっぽど気に入ってくれたのか。今度新しい風景画を描いてシェリーにプレゼントしよう。
謎が解けたとホクホク顔のレオンだったが、レオンはまだ知らないのだ。
何を? と言われても、とにかく知らないのだ。
森の奥まで来てしまった。森の入口付近ではキノコが無かったからだ。森の奥まで来ると雰囲気が変わってくる。
入口付近では木の本数が少ないし、低い木が多いので太陽の光もいっぱい差し込み周りは明るい。
森の奥まで来ると高く大きな木が多く、太陽の光があまり差し込まず薄暗い。あまり奥まで行くと魔物にも出会いやすい。
魔物にも強さのランクがある。
Eランク、Dランク、Cランク、Bランク、Aランク、Sランクの6段階のランク分けがされている。
森の奥には高ランクの魔物が出るから、気を付けないといけない。
「シェリー、結構奥まで来ちゃって危ないから戻ろうか?」
「そうだね、探すのに夢中になってたみたい。レオン戻ろうよ」
2人が戻ろうとした時、森の奥から音がした。
ズゥーンと思い音がしたと思ったら、空を多くの鳥が飛んで行く。ズゥーンと思い音が断続的に聞える。
こっちに近付いて来ているようだ。
嫌な予感がしてシェリーを連れて逃げようとした時、茂みから人が飛び出て来てレオンとぶつかった。
「痛~い!」
ぶつかった人が尻餅をついて声をあげる。レオンは、ぶつかって来た人に手を貸し立ち上がらせた。
立ち上がった人は綺麗な水色の髪をした女の人だ。髪の長さはセミロング。透き通るほど綺麗な目をしていて年齢は20前後、ショートパンツでカジュアルな服を着た美人さんだ。
十人中十人が可愛いと言うだろう。
おまけに、ボン、キュッ、ボンのナイススタイル。この世界の人は美人が多い。
レオンはぶつかって来た女性に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫よ。急にぶつかってごめんなさいね」
「いえいえ。それよりも慌ててたみたいですけど、どうしたんですか?」
「そうよ! こんなに落ち着いてる場合じゃないわ。あなたたち早くここから逃げなさい!」
女性がレオン達を逃がそうとした時、そいつが現れた。バキバキっと木を倒す音が近くで聞える。
「グウォーッ!」
緑色の大きな体には草花や木が生えている。森に生息しているフォレストドラゴンだ。
危険を感じて臨戦態勢に入った。
シェリーも短剣を出している。
「ちょっと、あなた達、まさか戦うつもり?」
音が近付いて来るまでの速さを考えたら、このフォレストドラゴンは意外に素早いようだ。目の前までに来ている素早い敵に、背を向けて逃げるのは危険な気だろう。
「時間を稼ぐのでお姉さんは逃げて下さい」
「子供を置いてきぼりなんて出来るわけないでしょ! 仕方ないわね、私も覚悟を決めたわ」
大きさは前に戦ったワイバーンと同じくらいだろうか。ドラゴン族だけあって威圧感は普通の魔物とは違う。
シェリーを見ると震えていた。高ランクの魔物に出会うのは初めてなのだろう。
「シェリー、お姉さんを守ってて。俺が戦う!」
「うん。レオン気をつけて」
シェリーは女性の前に出て短剣を構えた。
まだ創造神の本には『竜王バハムート』と『妖弧』だけしか絵を描けてない。どっちを使う? 『妖弧』だとまだ勝てない気がする。なら……
『竜王バハムート』
本を出して唱えると、一瞬で竜の着ぐるみに変身した。
「何よあれ? 魔法なの?」
「レオンだけが使える魔法だよ」
シェリーは得意気に説明した。
さて、どうやって戦うか。炎だと森が火事になってしまうし氷ならどうなるだろうか……
考えていたら、フォレストドラゴンの尻尾が振り回されていてレオンの目の前に尻尾が来ていた。
ゴオォォッーと風を切る音が。重そうな一撃。レオンはグッと力を込め防御する。
ズドンと鈍く思い音がして、レオンは2メートルくらい押し出された。腕は若干痺れているだけ。
「ちょっと痺れちゃった。今度はこっちが攻撃するよ!」
先ずは、爪でフォレストドラゴンに攻撃。ザシュと鱗を切り裂きダメージを与えたが、大きな体だからまだまだ致命傷には程遠い。
フォレストドラゴンは素早く動き、レオンに向かって炎を吐き出した。レオンは何かしてくるのを分かっていたので、余裕で回避した。炎は草木を一瞬で燃やし、辺りに火が燃え移る。
「お前は炎を使うのかよ……ズルいよ」
慌てて『氷の息』で燃え移った所を鎮火した。
長引くと森の多くが燃えそうだな。
翼で空を飛びフォレストドラゴンの上で止まった。手に力を込めて、フォレストドラゴンに向かって魔法を放つ。
『重力弾』
重力魔法を使った。
黒い大きな球体がフォレストドラゴンにぶつかる。ベゴンと地面の陥没する音と共に、フォレストドラゴンは潰れてしまった。
フォレストドラゴンを倒したのを確認すると、空から降りてきた。
「ふぅー。終わった」
レオンは竜の角が付いたフードを取ると、シェリーが抱き付いて来た。
「凄い! 凄いよレオン!」
「あ、ありがとうシェリー」
腕組みから、もう抱き付きに。
風景画の効力恐るべし。
「あなた凄いわね。レオン君だっけ? 男の子なのよね?」
「はい、男の子です……」
この人も性別を女の子だと思っていたな。
アタイは立派な男の子ですよと心の中で呟く。
「ありがとう、助かったわ。そう言えばまだ名前を言ってなかったわね。私はエリーシャよ、よろしくね可愛いレオン君」
「よろしくお願いしますエリーシャさん」
エリーシャは自己紹介すると、改めてレオンをマジマジと見つめた。
優しい目をした金髪の男の子。女の子と間違いそうな顔付きだが、戦っている姿は男らしく格好いい。
「それにしても凄いわね。着ぐるみ魔法だったよね? このフォレストドラゴンはまだ子供だけど魔物のランクはA級よ!」
「えっ、このドラゴン子供だったんですか?」
この大きさで子供なら、成体はどんな大きさと強さなんだ? レオンは身震いした。
「所であなたの出した本、懐かしい感じがする。そう、確かビシュヌが持ってた本と似た力を感じるわ」
「創造神ビシュヌを知っているんですかエリーシャさん!」
レオンの本を見て、さらっとビシュヌの名を言ったエリーシャに驚く。
エリーシャは暫くレオンの顔を見て考えていた。
「なるほど。あなたはビシュヌから加護を貰ったわね?」
「!? 何で分かるんですか?」
「私も神の一人だからよ」
「えっ!」
レオンは混乱した。
いきなり自分の事を神様だと名乗って、信じられるだろうか?
しかし本を見てビシュヌの名前を言い当てたし、本当に神様なのだろうか?
エリーシャはレオンを見ながら、何かを覚悟したような顔付きになった。
「決めた。私はレオンと一緒に住むわ。改めて自己紹介するね。私はエリーシャ、女神エリーシャよ」
「め、女神様……」
エリーシャの爆弾発言に絶句した。