第25話 単純な作戦
暗殺者ラッセン。
犬人族の男性で、狙った獲物は逃がさない。
孤児だったラッセンは、盗賊団の雑用として生活をしていた。その生活は過酷で奴隷のような扱いだ。
その中でラッセンは、静かに牙を研いでいた。
戦う術を見て学び、隠れて自主訓練もやり始める。
実力がつき始めると、ある事を実行に移す。
寝静まった時を狙い、盗賊団のリーダーを殺害。ラッセンが初めて人を殺害した瞬間でもある。それから次々に仲間も殺害していく。
その日から暗殺者ラッセンは誕生した。
冒険者ギルドでは、長らく指名手配中の身。
勿論賞金を狙った冒険者は何人もやって来た。一人で倒しに来た者や、何人も集まってチームで来た者達もいた。
だが、すべて返り討ち。
その中でSランクの冒険者もいたが、ラッセンの相手にはならなかった。
次第に懸賞金も上り、今では莫大な懸賞金となっている。一度狙った相手は、けして逃がさないのがラッセンの信条。
魔王リリムの城を襲った時の契約は禁忌の鍵の奪取。リリムの命を奪うことは契約には入っていない。
だが、ラッセンはリリムの命を狙っている。
それは、襲撃の時にリリムを取り逃がしたのが原因だ。依頼主は禁忌の鍵が手に入れば、別にリリムの生死はどうでもよかった。
しかし、ラッセンのミスでリリムを取り逃がしてしまう。完璧主義者のラッセンは自分のミスが許せなかった。
だからこそ、ラッセンはリリムの命を狙う。
ミスを帳消しにするには、リリムを暗殺する事。そう自分に言い聞かせてリリムを追った。
シェリーはフォックス家で、戦々恐々としていた。その理由は、目の前に魔王リリムがいるからだ。
「そう緊張するではない。もっと楽にせよ」
「は、は、はい……」
「大丈夫だよシェリー。リリムさんは意外と優しいから」
「意外とは失礼じゃな。妾は魔王の中では誰よりも寛大じゃ」
和んでいる魔王とレオンの姿に、驚きを隠せないシェリー。
「そろそろエリーシャの元へ行くとするかの。シェリーよ、ゆっくりしていくがよい」
「は、はい」
リリムは約束事があるので、エリーシャのお店へと向かった。
「ねぇねぇ、何で魔王がレオンの家で寛いでいるの?」
「えーっとね、話せば少し長くなるんだけど……」
取り敢えず、これまで起こった出来事を説明した。
「なるほど……レオンも大変な目にあったんだね」
「そうなんだよ。いつの間にかリリムさんの親衛隊とかに入隊されてるし、困ったものだよ」
リリムも居ないので、ここぞとばかり愚痴が出てしまう。本人の目の前だと恐くて言えないから、しょうがないよね。
「それでレオンは、リリムさんとラッセンの対決を手伝うんだよね。大丈夫なの?」
「不安はあるけど大丈夫だよ。リリムさんの言う通りなら、俺が相手するのは弱い敵のはずだから」
「ボクは心配だな。何か手伝えればいいんだけど、ボクだと足手まといになるから……」
「ありがとうシェリー、気持ちだけでも十分だよ」
シェリーは優しいな。
一緒にいるだけで癒される。
「あっ、そうだった。今日はレオンを誘って、美味しいものを食べに行こうと思っていたんだ」
「そうなんだ、行こうよシェリー」
「よかった。レオンと一緒に行けて嬉しいよ」
つかの間の休息を楽しめてよかった。シェリーには感謝しなきゃね。
翌日、エリーシャのお店へと呼び出された。
相変わらず繁盛しているお店なのだが、今日は休みなので人通りもなく静かだ。
お店に入るとエリーシャとリリムが待っていた。
「いらっしゃいレオン君」
「待っておったぞレオンよ」
「待たせてすいません。それで、何か動きがあったのですか?」
「慌てなくても大丈夫よ」
エリーシャから座るように促されて、椅子に座った。エリーシャが紅茶出してくれたので、ゆっくりと紅茶を味わう。
砂糖を多めの紅茶がレオンの好みだ。
その事を知っているエリーシャは、レオン好みの紅茶をちゃんと出してくる。
「レオンよ、ラッセンが近くまで来ておるそうじゃ」
「いよいよですか」
「当初の作戦通り、妾がラッセンを仕留める。ラッセン以外をレオンが仕留める。エリーシャはサポート、以上じゃ」
随分あっさりした単純な作戦だよな。
しかしラッセン以外の敵とは、どんな敵なの?
「リリムさん、ラッセンには協力者とかいるのですか」
「いや、奴は単独行動を好む。情報収集も一人でこなす。気を付けるのは、ラッセンが手下にしている魔物じゃ。レオンの強さなら大丈夫じゃ」
これは力を認められているのか?
だとしたら素直に喜ぶべきか。いや、調子に乗ったら無理難題を吹っ掛けられるかもしれない。
ここは謙虚に。
「俺なんかで大丈夫なんですか」
「案ずるなレオンよ。実力は妾が身をもって体験しておる。この戦いに勝利したら、妾の親衛隊長に任命しよう。どうじゃ、ヤル気がみなぎるであろう?」
逆にヤル気が失せてしまうよ。
謙虚になってもマイペースなリリムには関係無いのか。しかも、ここにきて昇格の話とは……
「ほらほら、レオン君の可愛い顔が青ざめているでしょ。勝手にレオン君をリリムの親衛隊に入隊させないでよ」
「よいではないか。若き才能は早めに確保しとくのが妾の方針じゃ」
「あら、残念でした。私の方が先にレオン君を取り込んでいるのよ。レオン君は私のものなんだから」
いやいや、取り込まれた記憶は無いのだが。
そんなこんなでレオンの取り合いが続いたので、自分で紅茶のお代わりをして、落ち着くのを待った。
話がやや脱線したので元に戻す。
カルーア町の西にある平原。そこでリリムが姿を現し、ラッセンを誘い込む。
予想されるは、ラッセンの手下である魔物との戦い。
リリムの話だと、魔大陸から中央大陸まで移動した時に、繰り返し魔物の追っ手を放っている。その追っ手を、リリムは全部返り討ちにした。
手持ちの魔物は少ないはず。
と、リリムは予想する。
ラッセンが手下にしている魔物は、魔獣系の魔物らしい。
素早い動きが厄介そうだな。
「今回の作戦はリリムさんが囮となるんですが、いいんですか?」
「無論かまわぬ。しつこいラッセンを討ち取るためじゃ。この地で終わらせないとな」
不適に笑うリリムが恐ろしい。
「リリム、何でもっと早くラッセンと戦わなったのよ」
「探し物を優先させていたのじゃよ。だから各地を移動しながら、追っ手だけを倒してきた」
「へぇー、気になるわね、リリムの探し物。で、見つかったの?」
「まだじゃ。今後はカルーア町を拠点に探すつもりじゃ」
リリムの探し物か。気になりますな。
けど、カルーア町を拠点にするなら、当分付き合いが長くなりそうだな。なんだか寒気がしてくるよ。
作戦決行まで各々準備を整える事を確認して解散となった。
あれから一週間が過ぎた。
カルーア町の西の平原にいるのは、レオン、リリム、エリーシャの三人。
見渡す限り人の姿はいない。
戦いにはうってつけの場所みたいだ。
「ラッセンは現れますかね」
「必ず現れる。奴もそろそろしびれを切らす頃じゃ」
「戦闘向きじゃない私としては、現れてほしくないわね。でもレオン君が守ってくれるのなら安心ね」
エリーシャから期待の目差しが向けられる。
戦闘が苦手のエリーシャだ、守ってあげないと。
突然風がパタリと止む。
静かな平原だったが、遠くから音が聞こえる。
「来たようじゃな、レオン」
「了解です」
レオンは着ぐるみ魔法で変身する。
『竜王バハムート』
変身が終わると、羽を使って空高く飛んでみる。
砂煙を巻き起こして近付いて来る集団。
魔獣の群れだ。
地上に降りてリリムに報告した。
「リリムさん、魔獣の群れがやって来ます」
「そうか。ではレオン、出撃じゃ」
「あの……魔獣の数が多いんですが……」
「ほう、それは遣り甲斐があるではないか。頑張るのじゃぞレオンよ」
「は、はい。頑張ります」
とんでもないブラック企業に入社したみいだ。
しかし、請け負った仕事はしっかりやり遂げないといけないよな。
レオンは気合いを入れて、魔獣の群れへと向かって行く。