第24話 暗殺者
魔王リリムは、カルーアの町に住む事になった。
と、言っても住む家はまだ決まっていない。
ならば、部屋の余っているフォックス家だ。
「そんな、流れでリリムさんがいるんてすよ」
フォックス家の二階で、レオンはエリーシャに説明した。
「よりによって何でフォックス家なのよ。宿屋とかあるでしょ、リリムならそれでいいわよ」
「リリムさんが、どうしてもフォックス家がいいと……ほら、魔王様ですし、怒らせたら後が怖いですしね……」
戦いを思い出すと、背筋が寒くなる。
両親にもリリムがフォックス家に暫く滞在する許可は得た。流石に魔王だと知った時は、驚いていたけどね。
因みにカルーア町のお偉いさんは、魔物リリムをどう扱うか会議中らしい。
王都にも急いでペカザスを飛ばした。
事の重大性がよく分かる。
「何じゃ? エリーシャは妾がフォックス家に厄介になると、不都合なのか?」
リリムが部屋から出て来た。
どうやら会話が聞こえていたようだ。
「不都合よ。この家は、私とレオン君との愛の巣でもあるのよ」
「いやいや、そんな事実はごさいません」
「その内そうなるのよ」
「勝手に決めないで下さい」
とんでもない女神だな。
まさか夜這いとかしないよな?
いや、エリーシャならあり得るかもな……
「エリーシャはどうでもいいが、妾はレオンに興味がある」
「俺ですか?」
「そうじゃ。妾の魅了の魔法が効かぬ男は、滅多にいないからな。着ぐるみ魔法とやらも気に入った。妾は強い男が好きじゃからな」
「恐悦至極に存じます」
「うむ。素直な奴じゃ、ますます気に入った」
魔王リリムに気に入ってもらえたようだ。
でも気に入ってもらえて、よかったのか?
まぁ怒らせるよりは、ましだろう。
「それよりもリリム! 貴女は追われている身でしょう? わざわざ魔王の身分を明かしてもいいの?」
エリーシャの言い分は最もだ。
「無論問題ない。妾を狙っているのは一名だけだ。この地でレオンと共に奴を討つ」
「えっ!?」
今、俺の名前出たよな。聞き間違いですよね。
リリムを見て自分を指差したら、リリムは大きく頷いた。
聞き間違いじゃないみたいです。
「な、なんで俺なんですか?」
「妾の親衛隊だからじゃ」
「いつ親衛隊になったんですか?」
「たった今じゃ!」
しまった! どんでもない人物をフォックス家に、招き入れてしまったな……
「ほらね、レオン君。私が不都合って言った意味、分かったよね?」
俺は大きく頷いた。
カルーア町の酒場は今日も満席。
大量のお酒や、大量の食べ物の注文が飛び交う。
酒場の店員が目まぐるしく働くのだが、仕事がさばききれていない。
それもそのはず、リリムが訪れているのだ。
リリムが訪れると、酒場の店員は騒ぎ出す。
大勢の男達を連れ添い、店中の酒や食べ物を食いつくし、去っていく。売り上げは凄いが、忙しさも凄い。
ゆえに店員は恐れる。
リリムが訪れることを。
「げっ、今日も魅了の魔法で男達を虜にしてるんですか?」
「あたりまえじゃ。妾の財布共だからのぉ」
リリムの呼び出しに、酒場までやって来たレオンは呆れた。
確か、この前も貢がせてたよな。
リリムの目はトローンしている。酔っているみたいだな。
テーブルには大量の空のグラス。そのテーブルの周りには、魅了の魔法にかかった男達。
男達は魅了の魔法にかかっているが、しっかりお酒を楽しんでいるので不問にしとくか。
「それでリリムさん。用って何ですか」
「焦るではない。それよりも、注文したらどうだ」
リリムに促され、注文した。
頼んだのは照り焼きチキン。
飲み物はもちろんジュース。
注文した食べ物と飲み物が揃うと、リリムと乾杯した。
「うむ。今宵の酒も悪くはない。じゃんじゃん飲み食いするのだぞ、レオンよ」
「は、はい。頂きますね」
支払いは男達だ。
申し訳なく思いつつ、料理を楽しんだ。
「レオンよ。お主を呼び出したのは、協力してほしい事があるからじゃ」
「協力ですか……何をするんですか?」
「妾が追われているのは、知っておろう」
「この前リリムさんが言ってましたよね。襲撃者の一人がしつこいと」
「そうじゃ。そのしつこい奴を、妾とレオンで仕止める」
リリムを狙っているのは、暗殺者ラッセン。
冒険者ギルドにも指名手配されている極悪人。獣族の男性で、年齢は不明。殺害された人数は、四桁を超えると言われている。
「危険な奴なんですね」
「厄介なのは、鼻が効くことじゃ。遠くにいても、匂いで対象者を何処までも追ってくる」
「では、いずれカルーア町に来るんですね」
「恐らくな。奴は手下の魔物を送り続けておった。手持ちの魔物もそろそろ尽きるはずじゃ」
「そうなると、ラッセン本人が出てくるんですね」
「そうじゃ。ラッセンは妾が仕止める。レオンは雑魚共の相手をするのじゃ」
「分かりました」
ラッセンは、魔物を手下にしているのか。
なかなか手強い相手だろう。
雑魚共と言っても侮れないよな。気を引きしめなければいけない。
「うー。まだ飲めるのじゃ」
「しっかりして下さいよ、リリムさん」
まさか魔王が酔いつぶれるとは。
只今リリムに肩を貸して、フォックスに戻っている。
酒場でさんざん飲み食いしたあげく、支払いは結局魅了の魔法にかかった男達。
魔王とは恐ろしい者だ。
フラフラした足取りのリリムを支えながら、夜道を歩いて行く。
「ここにいたんだレオン君」
「エリーシャさん。ちょうど良かった、リリムさんを連れ帰るの手伝って下さいよ」
「もう、リリムったら。しょうがないわね」
帰りが遅いレオンを心配して、エリーシャが探しに来てくれたようだ。
レオンがリリムの左側を、エリーシャがリリムの右側を支えた。なかば、引きずる状態になっているが、魔王だから大丈夫だろう。と、エリーシャが言っていた。
「ズリズリ引きずってますが、本当な大丈夫なんですか」
「大丈夫大丈夫。魔王って耐久力が半端ないのよ。これくらい、ダメージに入らないわ」
リリムとエリーシャの仲だからこそ、こんな扱いでもいいのだろう。
本当だったらもっと敬意をはらうんだと思う。
こんな酔っぱらいでも、魔王だかね。
「ところでレオン君。リリムとは何を話したの?」
「リリムさんと協力して、ラッセンと戦う事です」
「ラッセン! あの暗殺者のラッセンなの?」
「はい。そのラッセンです」
「とんでもなく危ない奴を相手にするのね」
「やはり危険でしょうか……」
「そうね。危険よ」
危険か。
やっぱりそうだよね。
冒険者ギルドに、長い間指名手配されているような奴だ。危険じゃないわけがない。
何で親衛隊に任命されたのだろうか。
ため息が出る。
「レオン君の事だから、安請け合いしたんでしょ」
「うっ……すいません」
「でも、その優しい所は好きよ」
エリーシャは優しい眼差しで、レオンを見つめた。
思わずドキッとなる。
「しょうかないわね。私も協力するわ」
「エリーシャさんもですか!」
急な申し出に驚いた。
エリーシャは先頭向きではないが、回復の事なら凄く役に立つ。
「いいんですか? 危険ですよ」
「覚悟は出来てるわ。それに危なくなったらレオン君が、助けてくれるでしょ」
「そうですね……全力で守ります」
「流石は私の王子様。頼りにしてるわ」
「だから、いつ王子様になったんですか」
マイペースなエリーシャに安堵する。
危険な相手だが、リリムとエリーシャがいるならどうなかなるかも。改めて気を引きしめる。
今やれることは……この酔っぱらいを無事に連れ帰る事だな。