第22話 魔王の一人
ロゼ王国カルーア町を、遠くから見つめる二人の姿があった。
「あれが噂のカルーア町なのじゃな?」
「地図を見る限り、カルーア町で間違いないです」
「妾を楽しませてくれそうな町じゃな。
では、参るとするか」
異質な魔力を放つ二人は、カルーア町を目指して歩き出す。その後ろには、二人を襲って来たと思われる魔物の死体が、大量に転がっていた。
「よいではないか。よいではないか」
そう言って、レオンの服を引っ張るのはルイだ。
「嫌です。もう懲りましたから」
「そこをなんとか。私とレオン殿の仲ではないか」
今日のルイは、なかなか引き下がらない。前回あんなに拒絶したのに。
「そもそも、何で俺なんですか?」
「それは……レオン殿だからだ」
どんな理屈だよ。
でも、ここまで食い下がるとは。
もう一度だけ、チャンスを与えてもいいのでは?
「ルイさんがそこまで言うのなら、受けてたちましょう」
「本当か! さすがレオン殿だ」
急いで袋を持って来たルイは、小さな箱をレオンに渡す。レオンは、その箱をテーブルの上に置き、椅子に座った。
そして箱の蓋を開けて、手を合わせる。
「いただきます」
見た目は問題ないな。よし、いくぞ!
しかし、箱の中身を食べたら、数秒後に倒れてしまった。
「レオン、大丈夫?」
慌ててシェリーが駆け寄って来た。
「うっ、うぅぅ……シェリー、先立つ不幸を許してね……」
「しっかりしてよ、レオン!」
シェリーがレオンを揺さぶるが意識がない。
「レオン? レオンー!」
悲しみのあまり、倒れたレオンに抱き付くと、パンパンと手を叩く音がする。
「ほらほら、芝居はそこまでだぜ。ルイが茫然自失してやがるぜ」
ターニャの言葉でルイを見た。魂が抜け出た感じだ。
「でも、一瞬意識が無くなったのは本当だよ」
レオンはむくりと起き上がった。
前回の手作りお弁当も不味かったが、今回も更に不味かったなんて。
「ごめんねルイさん。レオンが、またお腹を壊しても困るし、お芝居に協力しちゃった」
ペコリとシェリーは、ルイに頭を下げた。
「いや、いいんだシェリー殿。芝居をしてくれたお陰で、レオン殿の深刻さが分かった。それよりもレオン殿、今回もダメだったか?」
「お世辞を言っても問題の解決にはならないので、はっきり言わせてもらいます。不味いです!」
「そ、そんなー」
自信があっただけにショックのあまり、膝から崩れ落ちてしまった。
ルイは最近、料理に興味をもちだしたようだ。
非常に残念ながら、魔法や剣術の才能があっても、料理の才能は無かった。
古典的な砂糖と塩を間違える事や、まだ中身が生だったりと、いろんな意味で残念としか言えない料理が多い。
「ところで、自分で作った料理は、味見とかしました?」
「あっ!」
意味深な一言で、全員がルイを見る。
「も、もしかして味見とかしてないとか?」
俺は、恐る恐る聞いてみた。
「素材の味見はしたのだが、完成した料理は味見してない。自信があったからな」
「……」
その後、知ってる限りの、料理のイロハを最初から教えた。願わくば、料理のスキルが上がりますように。
学校が休みの日に、エリーシャのお店を手伝うように頼まれた。
カルーア町にあるエリーシャのお店は、幅広い種類の薬草が揃っていて、良く効く店として有名だ。
お店の広さは、エリーシャ一人で切り盛りしているので、広くはない。
「エリーシャさん、この薬草は何処に置きますか?」
「空いてる所に置いといて」
商品を陳列している棚には、調合した様々な薬草が並べられていている。エリーシャの言われた通りに、空いているスペースに新たに調合した薬草を置いた。
「他にやることありますか?」
「他はいいわ。休憩にしましょうレオン君」
休憩に入ると、エリーシャはお茶を用意してくれた。
「学校では、どんな授業を受けてるの?」
「攻撃魔法が中心ですかね。後は、治癒魔法や剣術も一通り習ってますよ」
「あら、治癒魔法なら私が、手取り足取り教えてあげるのに」
胸を強調して、上目遣いで見つめてくる。
この人は女神だ。しかし、俺がイメージしていた女神は、可憐で清楚なイメージだったんだが。
「女神様から教えてもらうとは、貴重な体験ですね。でもエリーシャさんの手取り足取りは、エロスが混じりそうな気がします」
「レオン君だけの特別授業だからね。お姉さんがいろいろと教えてあげたいの」
「やっぱり学校の授業で習います」
「もう。意気地無し」
本気で残念そうな顔をしている。どんな授業をするつもりだったのか。
エリーシャから買い出しを頼まれたので、買い物リストのメモを持って各お店を巡った。
酒場のある店の通りに来た時、いつもと違う雰囲気だった。
午後も過ぎて客足も減る時間帯なのだが、中は騒がしい。
気になるので中を覗いてみたら、一人の女性を中心に盛り上がっていた。周りは男性ばかりで、全員が跪いている。女性はまるで女王様のようだ。
「人の子よ、妾の宴に何のようじゃ?」
ロングで薄紫色の髪をした、妖艶な女性が聞いてきた。
見た目は20代くらいで、胸は谷間が見えるほど大きく、男全員が跪くのも分かる気がするが、この光景は何か異常だ。
「これは一体何が起こっているのですか?」
「言ったであろう。妾の宴だと。それにしても、そなたも男じゃな?」
性別を間違わないでくれる方は貴重だ。
「はい。男ですが」
「妙じゃな。男性で、妾の魔力に影響を受けぬとは……名は、なんと申す」
「レオン・フォックスです」
「レオンか。お主は何者じゃ?」
「何者って、別に普通の人間ですが」
妖艶な女性は跪いている男性達を退かすと、レオンの目の前にやって来た。それから、暫く見つめられた。
「レオンとやら、妾について参れ」
買い出しの途中だったが、なぜか断れず着いていった。連れてこられたのは、町から離れた何もない場所。
「さて、ここまで来れば良かろう。レオンとやら、そろそろ正体を現しても、良いのではないか」
「正体?」
言っている意味が分からない。
誰かと勘違いされているのか。
「しらを切るか。そなたが妾の刺客だということは、分かっておるのだぞ」
「刺客? 人違いです!」
「排除する」
そう言って妖艶な女性は魔力を込めた。真っ黒な霧が女性を包んで、霧が無くなると変身した女性が現れた。
頭には黒い角、背中には蝙蝠の羽、お尻には悪魔の尻尾。服装は、黒色の露出の多い服にロングブーツ。
「妾は6大魔王の一人、魅惑の魔王リリム・ティーミスじゃ」
6大魔王、確か前に魔大陸の王の一人が、何者かに襲われたと聞いた。安否不明だったが生きていたか。
この、異様な魔力、命の危険を感じた。自分も変身しないと危ない。
『竜王バハムート』
一瞬で竜の着ぐるみに変身したレオンに、リリムは驚く。
「これは不思議な魔法じゃな。強大な力を感じる。やはり刺客であったか」
「だから、人違いですって!」
完全に人違いなのだが、聞き入れてもらえないようだ。
まさか、魔王と戦うなんて。
リリムに巨大な魔力が集まっていく。
『地獄の業火』
桁違いの高温な炎が広範囲を攻撃する。
目の前に攻撃が迫ると、レオンは息を吸い込んだ。
『炎の息』
レオンも炎のスキルを使うが、ややリリムの魔法の方が上で、お互いの炎がぶつかり合うと、レオン寄りで爆発した。
しかし着ぐるみの『竜王バハムート』は耐熱性があるので、受けたダメージは無い。
「ビックリした。これって火の王級魔法だよな。いきなり無詠唱で、王級魔法とか反則だろ」
体に付いた火の粉をパッパッと払う。
「お主の魔法もなかなかじゃな。妾の魔法が上だったが、さして目立ったダメージも無い。防御力もあるのじゃな」
ダメージの無い姿を見て、リリムは新たに魔力を込める。
相手の高威力な魔法に気をつけないといけない。そう考えていると、次の魔法が放たれていた。
『水竜の咆哮』
レオン目掛けて、巨大な水の竜が襲いかかる。
慌てず、大きく息を吸う。
『氷の息』
巨大な水の竜が、たちまち凍りついていく。
「今度は水の王級魔法か。さすが魔王様だな」
凍りついた水の竜にヒビが入ると、大きな音をたて砕けちってしまった。
レオンは竜の爪を出すと、リリムに接近した。
爪で攻撃するが、リリムのスピードは速くかわされる。リリムも自分爪を伸ばし攻撃するが、レオンのスピードも速くかわされる。
お互いギリギリで避け、二人ともすり傷程度のダメージだ。
リリムは腰に付けていた鞭を取り出し、攻撃した。
速い鞭の攻撃で避けるのが困難だったので、腕で防御した。防御した腕に鞭が当たると、バーンと大きな音がする。
「痛い! いてて……痛いと思った攻撃は、初めてかも」
竜の防御力を上回る服なので、普通の攻撃は、びくともしない。それが痛みを与えるとは、攻撃力のある武器だ。
「その服、ただの服ではないな」
予想してたダメージじゃないレオンを見て、リリムの攻撃が止まる。
「妾の鞭の偉力は、鋼の鎧をも簡単に貫くのじゃが」
「特注な服なので」
「そうか。なら、もっと攻撃を与えてみるか」
鞭をもつ手に、力が入りそうな瞬間、レオンは息を吸い込み『炎の息』を出した。
リリムは防御したが、動きは止まった。
今がチャンス。
『重力弾』
大きな黒い塊がリリムに当たり包まれると、黒い塊は地面にぶつかり、地面ごと叩き潰れた。
ぶつかった地面は、大きく陥没している。
竜の翼を使い、空に飛んで上から様子を見た。
大きく陥没している穴には、リリムが立っていた。どうやら、倒せてはいないようだ。
「これも面白い魔法じゃな」
穴から泥まみれのリリムが出てきて、ギロリとレオンを睨む。
「うっ、ドラゴンも潰してしまう魔法なんですが……」
「心配するな。ダメージはあるぞ」
魔王様から心配するなと言われても、心配するでしょう普通は。
「レオンよ、光栄に思え。妾の最大魔法じゃ」
膨大な魔力がリリムの手に集まり出す。
直感で、かなり危険だと感じた。
『魅惑の魔法弓』
光る弓を持ったリリムは、輝く矢を放つ。
魔力が圧縮された矢だ。
こっちも魔力を込め最大魔法を。
『滅炎大爆発』
リリムとレオンの魔法ばぶつかり合い、大爆発を巻き起こす。
土煙が消えるまで、かなりの時間がかかった。
煙が晴れると、二人とも仁王立ちで、状況を見つめていた。
「妾の魔法と同威力か。これは長引きそうじゃな」
魔王相手に、延長戦とか生きた心地がしない。
どうする?
「そこまでよ、二人とも!」
突然女の人の声がした。振り向くとエリーシャが立っていた。