第21話 失われた技術
「準備はいいか、レオン?」
「いつでもいけますよ、ターニャさん」
「今だ! 魔力を注入してみろ」
「了解」
次の瞬間、ボーンと爆発した。
レオンが手に持っていた試作の魔導具は壊れてしまい、煤だらけになってしまった。
「また失敗か……次だ。次に期待するぜ」
「……ですね」
ターニャはオレンジ色の髪を手でクシャクシャすると、椅子に座って設計図を取り出し、机の上で作業を始めた。机の上にはいろんな魔導具や工具、ネジ等がごちゃごちゃしていて、お世辞にも綺麗とは言えない状態。
「おっと、ご苦労だったなレオン。改良したら、また協力してくれよな」
「ターニャさん、今度は成功させて下さいよ」
「おう。任せときな!」
自信満々の顔だが、心配だ。最近、試作中の魔導具は全部失敗しているからだ。
レオンは煤だらけの体をはらった。
魔導具が爆発した場所は、学校にある一室。
魔導具に関する多くの本、何に使うのか分からない散乱した部品、ここはターニャの研究室だ。
魔法学校では、クラブ活動が認めるられている。既存のクラブに入るのもいいし、新たにクラブを創ってもいい。
物作りが好きなドワーフ族のターニャは、自分で『ターニャ研究室』を新たに創った。
新しいクラブを創るには、二名以上の部員が必要だ。そこでターニャは、レオンを無理矢理部員にしてしまった。
部員にさせられたが、この世界の物作りにも興味があったので、クラブ活動は楽しい。
ターニャのおかげで分かったこともある。
それは、魔法や剣術を覚えたら、着ぐるみ魔法にも影響することだ。
火系の魔法を覚えたら、着ぐるみで使う火系スキルの威力が上がる。剣術を覚えたら、武器を使う着ぐるみの動きや、技のキレが増す。
着ぐるみ魔法に興味をもったターニャが、レオン自身が成長したら着ぐるみに、どんな影響が出るのかを調べてくれたのだ。
そんな経緯もあるので、ターニャの実験には協力をしている。
実験の失敗から三日後、今度は成功させるとターニャから呼び出された。
「よう、今度は大丈夫だぜレオン。おっ! シェリーも来てくれたのかよ」
「ターニャさんとレオンが、何をしているのか気になっちゃって……」
「オレとレオンが何をしているか気になるか? 安心しな、魔導具の実験をしているだけだから」
ピーンときたのか、ニヤニヤ顔のターニャがレオンに向けて、ちょいちょいと手を振った。
「何ですかターニャさん?」
「で、どこまでシェリーとヤったんだ」
小声でターニャが囁く。
「えっ! 何もしてないですよ」
「おいおい。男だろ、しっかりしろよ」
脇腹を軽く叩かれた。
ターニャの言いたい事も分かるけど、どうしたものかと思っている。お互い、告白も何もしていない状態だからね。
「シェリーは可愛い顔してんだからよぉ、ボヤボヤしていると、他の男に奪われるかもしれないぜ」
「うっ、確かに……」
「だろ?」
ドヤ顔のターニャを見ると、妙な説得力がある。
そういえば、シェリーに声をかけてくる男子生徒が増えて来ている。同じ授業で仲良くなったんだと思っていたけど、実際はどうなんだろう?
思わず、シェリーを見つめてしまった。
初めて来た研究室なので、あれこれ触ったり、本を開いて見ていたりしていた。興味深いのか、可愛い尻尾がフリフリ動いている。
「お前も男だからな。他の女性も気になるお年頃だろう。好きな人が出来たら、オレに相談しろよ?」
「は、はぁ。お願いします」
バンバンと背中を叩かれた。この世界の女の子は、随分大人びているな。いや、ターニャだけかもしれないな。
「これから実験するのは、この魔導具だ」
ターニャが見せてくれたのは、前回失敗した魔導具の改良版。
金属で出来た塊の中は、魔石と魔方陣が組み込まれている。
「今度は大丈夫ですよね?」
「不安そうな顔をするなよレオン。今度は大丈夫なはずだ」
「ちょっ、『はず』って何ですか、『はず』って!」
つい、取り乱してしまった。前回の煤だらけの体を思い出したからだ。
「オレを信じろよ。多分大丈夫だから」
「多分、今、『多分』って言いましたよね?」
「冗談だ、冗談。レオンの反応が面白くてな」
クスクス笑うターニャを見て、緊張していた体が軽くなった。もしかして、緊張を解そうとしたのか。
「じゃあ、いつも通り魔力を注入してくれ」
「了解です」
魔導具に魔力を注入すると、金属の物体が光出した。
「よし。成功だ! よくやったレオン」
ターニャは両手を上げて喜んだが、すぐに手を戻した。
「そのまま魔力を注入し続けてくれ」
「分かりました」
15分程、金属の物体は光り続けたが、その後光を失った。
「もう少し、長く続くと思ったんだがな」
手で、髪をクシャクシャとしたターニャは椅子に座った。
「これって何の実験なんですか?」
シェリーが聞いてきた。
「これはゴーレムを動かすための実験だよ。レオンが魔力を注入していたのは、動かすためのコアとなる部分だ」
「ゴーレム?」
「ゴーレムってのは、忠実に命令を実行する人形だ。昔はいっぱいゴーレムがいたらしい。今では失われた技術で、ゴーレムを作れる者はいないけどな」
失われた技術に挑戦しているわけだが、なかなか難しい。
長い時間稼働出来ることと、高い出力が出せるかが今後の課題だ。
「新しい部品を仕入れてくる。悪いがお二人さん、オレが戻って来るまで留守番頼むぜ」
おもむろに立ち上がったターニャは、目線をレオンに向けて軽く頷く。
何の合図だよ、まったく……
とりあえず立ったままなので、座ろう。近くに寝泊まり用のベッドがあるので腰かけた。
シェリーは豊富な種類の魔石を、手に取り見ている。
ターニャが変なことを言ったので、少なからず意識してしまうじゃないか。
ついつい目線は、シェリーを追いかけてしまう。
そして、お互い目が合ってしまった。
シェリーがゆっくりと歩いて来て、ベッドの上に座っているレオンの横に座った。
「タ、ターニャさんとはどんな関係なの?」
畏まったような雰囲気で、シェリーが聞いてきた。
「どんなって言われても……ターニャさんが言ってたように、実験を手伝っているだけだよ」
「本当に?」
「本当だよ」
「そ、そっか……」
最近はお互い授業が違うので、昔みたいに毎日会う事も無く、こうやって二人っきりで話すのも、久しぶりな感じだ。
「あ、あのさぁ、レオンは、き、き、気になる人とかいないの?」
緊張しているのか声が震えていた。
「気になる人か……いるよ」
「えっ!? いるの!」
驚いた表情をして、立ち上がってしまった。でも恥ずかしくなったのか顔を伏せ、すぐに座り直した。
(やっぱりいるんだ……レオンはカッコイイもんね)
シェリーが気になり出したのは理由がある。前までは、両想いだと思っていた。尻尾も触ってくれたし、指輪もプレゼントしてくれた。
けれども、ある時にふと思った。尻尾の事も、指輪の事も、意味を知っているのは獣族だけだと。もしかしたら、隠れた意味を知らなかったのでは。
そんな事を考えていたら、両想いではなく、シェリーの片想い。レオンはただの友達として接してくれたのでは、と思い始めた。
「シェリーは気になる人いるの?」
いきなりの質問返しで驚いた。
「ボクもいるよ」
驚いたけど、即答してしまった。
シェリーは気になる人がいるんだ。誰なんだろうか、凄く気になる。
「あのさぁ、シェリー」
「どうしたの?」
「シェリーは男子から告白されたりしないの?」
「されるよ」
「告白されるの!?」
「うん。最近は特に多いかな」
何ですと! 告白されているのか。急に不安になってしまう。
「で、でもちゃんと断っているんだよ。ボクには好きな人がいるから、ごめんなさいって」
好きな人。もしかして俺? と、自惚れてはいけない。シェリーの両親の道場にも、近い年代の男の子はいた。その子が好きだった可能性もあるわけで。
何だかモヤモヤする。
「それとね、ボクだけじゃなく、特別クラスのルイさんやナナミさん、ターニャさんも紹介してくれって頼む人もいるんだよ」
「うちのクラスの女子は、人気があるんだね」
特別クラスの女子は全員美人だから、紹介してくれと頼む男子の気持ちも分かる。
「それとね、言いにくいんだけど……」
「な、何? すごい気になるんだけど?」
シェリーはモジモジしている。本当に言いにくいんだ。
「えっとね、その……レオンも紹介してくれって、男子から頼まれる時があるんだ」
「へっ? 俺?」
俺なの? しかも男から? あれだ、いつのも女の子に間違われるパターンだと思った。
「レオンは『男の子だよ』って教えると、驚く男子が多いんだけど、中にはそれでも構わないって人がいるんだよね」
「ま、マジで?」
シェリーは頷いた。
男からの告白か。出来れば女の子からの告白の方が、嬉しいのですが。
「参ったなぁ。男子から告白されたら、やんわり断ろう」
「ボクの方に来てた人にも、ボクから断っとくね」
「ありがとう。迷惑かけるね」
「そんなことないよ」
知らないところで男子から、自分の事を紹介してほしいと言われてたのか。ゾッとするよ。
少し休むつもりで、両手を伸ばしてベッドに寝転がった。
伸ばし手がベッドの横の棚に置いてある、山積みの設計図に当たり、設計図が顔に落ちて来た。
「危ない!」
とっさにシェリーが覆い被さった。
「ありがとうシェリー。痛くなかった?」
「大丈夫だよ。紙だったから全然痛くないし」
でも、この状態。前に指輪をプレゼントした時と似た感じだ。
ベッドの上で、レオンにシェリーが覆い被さっている。周りには設計図の紙が落ちていた。
シェリーの力が抜けたのか、レオンの体の上に身を委ねた。大きくなりつつある胸の感触が伝わる。
そして、暫く沈黙が続いた。
「ね、ねぇレオン」
「な、なんだい」
「ボ、ボクのこと、ギュッてして……」
「!? う、うん」
これは、抱き締めてって事だよね。
思えば、シェリーから抱き付かれる事はあっても、自分からする事はない。指輪の時は事故でノーカンだ。
自分の顔の横に、ベッドにうつむいたシェリーの顔がある。綺麗な銀髪からは、いい匂いがしていた。
優しく、でも少し力を入れて抱き締める。
「あっん! うっ……」
思わず声が漏れたしまったシェリーは、恥ずかしさのあまり、ベッドのシーツを噛んだ。
自分から抱きついた時と、レオンから抱き付かれた今を比べると、感じる想いが全然違う。
全体重をレオンに委ねている密着体勢なので、シェリーのドキドキがより伝わってしまう。
銀髪を撫でてあげると、尻尾がピンとなる。
どれくらいの時間が流れたか分からないが、もう暫くはこのままで……
「オッス。いい部品は、なかった──」
研究室のドアが勢いよく開けられ、ターニャが戻って来た。
慌てて、レオンもシェリーもベッドから起き上がる。
「……」
無言で研究から出ようとするターニャを、急いで捕獲。
それから、二人が必死で弁解するの姿を、ターニャはニヤついて聞いていた。