第20話 二重人格
魔法の爆発音や、剣と剣のぶつかり合う音が聞こえる。学校の6面ある闘技場では、今日も委員長のラルクとルイが試合をしていた。
「今日も、負けてしまいましまか……」
「しかしラルク殿の動きもよくなり、攻撃も当たるようになったではないか」
試合が終わって反省会をしていた。落ち込むラルクをルイが励ましていた。
ラルクも奮戦しているのだが、相変わらずルイの連勝記録は更新中らしい。
「やっぱりレオンは強いね。ボクも、まだまだ頑張らないといけないね」
「シェリーは強いじゃないか。剣術勝負だとシェリーの方が上だし」
「そ、そうかな。レオンが褒めてくれると、すごくやる気が出てくるよ。エヘヘッ」
照れるシェリーは、すごく可愛い。
試合が終われば二人も反省会だ。最近では、レオンやシェリーも闘技場に来て試合をしている。
シェリーは現在、虎狼流は特級、飛燕流は上級の剣士になっている。学校では主に、剣術の授業と治癒魔法の授業を中心に頑張っている。
「レオン殿とシェリー殿、どちらか私と試合をしてくれぬか?」
ワクワク顔のルイがやって来た。エルフ族特徴の長耳がピンとしている。
「じゃあ、ボクが相手をするよ」
「それでは、よろしく頼む」
ルイも剣術は得意だ。虎狼流は特級、飛燕流も特級だ。ルイやシェリーの年代で、特級まで到達するのは珍しい。
努力もあるのだが、やはり才能もあるのだろう。
二人の試合は、魔法も剣術も使うならルイが負けることはない。剣術勝負だけなら、ルイが勝ったり、シェリーが勝ったりと拮抗している。
試合が終わるとシェリーとルイも反省会し出した。特別クラスては、試合が終われば反省会をするのが最近の定番だ。
「さぁ、次はレオン殿と試合をするぞ」
ニコニコ顔のルイが迫ってきた。
「げっ! ルイさんはさっき、シェリーと戦ったばかりじゃないですか」
「フフン。私の体力は無尽蔵なのだ」
「もう。仕方ないですね」
「さすがレオン殿、話が分かる」
試合となると、やたらテンションが高いルイと試合をせねばなるまい。断ると後がうるさいから。
今日は虎狼流上級の授業を受けに来た。剣士志望の生徒は、魔術師志望の生徒より屈強な体をしている者が多い。剣を振るのが日課ともなっている剣士達は、体を鍛えるのに余念がない。
詠唱を覚えたり、自然の理を理解しなければきけない魔術師は、頭脳派と呼ばれている。剣を振る筋力や、長く動き続ける持久力が必要な剣士は、体力派と呼ばれている。
この両者は度々衝突することがある。お互い譲れないものがあるらしい。
ロゼ魔法学校でも、魔術師と剣士はどちらが優れているのかを決める舌戦が、生徒達の間で繰り広げられるている。
そんなわけで、今日の授業は肩身が狭い。剣術を教える専用の道場では、剣士志望の生徒が多い。
魔法の授業に力を入れている俺は、敵地にいるような感じだ。
「レ、レオンさん。き、緊張しているんです?」
「言い知れぬ緊張感はありますよ、ナナミさん」
今回の授業は、鬼人族のナナミと一緒だった。彼女も剣士志望だが、現在虎狼流は中級、飛燕流も中級だ。
そのかわり鬼人族独自の流派、鬼神流の上級を会得している。
「ナナミさんは剣術授業の時、緊張しないんですか?」
「私は、あ、あがり症ですが、緊張はあ、あんまりしないです。そ、それに、剣術は、た、楽しいので。剣術のこ、ことなら任せて下さい」
「頼もしいです、ナナミさん」
任せてとの言葉に、グッときた。
キラキラした目で見つめたら、顔を赤くした。ナナミは恥ずかしがりやさんなので、3秒以上見つめていけない。
剣術授業は、木刀を使っての軽い素振りから始まる。それから、虎狼流の型を練習していく。そして的の人形に打ち込みしていく。
授業中のナナミは洗練された動きをする。見た目は細身の女性だが、素振りや型の練習を見ていると、他の生徒より優れているのが分かる。
「やっぱり剣士志望のナナミさんは、動きが違いますね。素振りも型の練習も素晴らしいです」
「あ、あまり、褒めないでく、下さい。は、恥ずかしいので」
両手をガッチリ組んで羨望の眼差しで見る。もちろん、3秒以上見つめてはいけない。
そんなやり取りを、顔に傷がある生徒と、その取り巻き二人が見ていた。
「楽しそうに授業を受けるんだな、お二人さん。特別クラスの連中は、ずいぶん余裕なんだな」
おっと、これは絡まれてますよ。特別クラスってだけで、結構絡まれるんだな。僻みや妬みは世界共通か。
「気を悪くしたのなら、すいません。けして悪ふざけで、授業を受けていはいませんので」
売られた喧嘩は、むやみに買ってはいけません。とりあえず、少し頭を下げておく。
「一応挑発してんいるんだけどな。どうやら特別クラスも、案外大したことないんだな」
勝ち誇った笑みを浮かべて、男達は立ち去った。
「レオンさんは、お、大人のた、対応をするんですね」
レオンと男のやり取りを心配そうに見ていたナナミは、率直な感想を言った。
「下手に絡んだら、喧嘩になってしまいますから。男らしくないですけどね」
「そ、そんなこと、な、ないです。立派だと、お、思います」
「恐縮です」
大人の対応か。見方が違えば、臆病者と呼ばれても仕方ない。いろんな考えの生徒がいて衝突するのも、学校ならではの出来事なのだろう。
カルーア町の近くにある広大なクロノス大森林に、今日も多くの冒険者達が入っていく。魔物の数が年々増えて来て、冒険者ギルドには魔物討伐依頼が殺到していた。
学校が休みの時は、レオンもクロノス大森林を訪れる。目的は魔物との実践訓練だ。創造神の本に適合する素材も、同時に探している。
森の入口では、これから森に入っていくだろう冒険者達や、森から戻って来た冒険者達で賑わっている。
お互い情報交換をしている者もいる。どんな魔物が出たとか、こんな素材を見つけたとかを聞いて、生存率や依頼達成率を高めるのだ。
森の奥までは行かないレオンなので、情報交換は必要ない。
鳥の声が響く森を颯爽と歩いていく。森の香りは、いつ来ても癒されるものだ。歩き慣れた道を進んで行くと、人の気配を感じた。
警戒しながら進む。相手も警戒しているようだ。相手の歩く音が静かになった。
木の影から様子を見る。相手も木の影から様子を見ているようだ。一瞬だが姿が見えた。ボブの栗毛に鬼の角、見覚えのある女性だ。
「もしかして、ナナミさんですか?」
木の影から聞いてみた。
「そのこ、声は、レ、レオンさんですか?」
お互い姿を現した。やはりナナミだ。
「ナナミさんは、どうしてここに?」
「た、鍛練に来ました。レオンさんは?」
「俺もナナミさんと同じ理由です」
ナナミも魔物相手に実践訓練しているんだ。恥ずかしがりやなので、意外だった。魔物相手に、恥ずかしがりやは関係ないか。
腰には、同じ長さの二本の刀を携えている。自前の刀なのだろうか?
剣士志望の生徒は剣術の授業で、自前の剣や刀を使う生徒が多い。そういえばナナミは、学校が貸してれる剣や刀を振るっていたな。
「もしかして、二刀流ですか?」
「は、はい。わ、私は、鬼神流でも、め、珍しい二刀流です。自分のあ、愛刀を握ると、せ、性格が変わるので、刀は家に置いてい、いるのです」
おやおや、気になる言葉を聞いてしまった。性格が変わるとは気になる。どんな風になるのか見てみたく、詳しく聞き出そうと思ってたら、悲鳴が聞こえた。
「今の悲鳴、聞きましたかナナミさん?」
「えぇ。い、行ってみましょう」
二人は悲鳴が聞こえた場所に向かった。
「数が多い。逃げるしかない」
「バカ野郎。すぐ追いつかれるぜ」
「覚悟を決めろよ、お前ら」
腕試しに来ていた三人の男達は、魔物に囲まれていた。
体長2メートル以上ある狼、グレートウルフだ。素早い動きと、鋭い爪と牙で攻撃する。群れで行動する魔物だ。
魔物のランクはCランク。12匹のグレートウルフが、獲物を包囲しようとしていた。
「俺から斬り込む」
リーダー格の男が剣を構え前に出る。
他の二人も震えながら剣を構えた。
「いくぞお前ら!」
覚悟を決めて飛び出そうとする。
「ま、待って、く、下さい!」
その声に三人とも動きが止まる。
見覚えのある二人だ。確かこの前の授業で一緒だった、特別クラスの二人。
レオンは三人の男達の様子を見る。顔に傷がある男、何処かで見た顔だ。思い出した。この前の授業で絡んできた男だ。
「何でお前らがここにいるんだ?」
顔に傷がある男が聞いてきた。
「俺もナナミさんも鍛練のためですよ。ここは俺達に任せて、逃げて下さい」
「止めとけ。この魔物は動きも速いし、数も多い。たたが一年坊が勝てる相手じゃない」
逆に心配されるとは思わなかった。しかし、逃げるわけにはいかない。ここは着ぐるみ魔法で一気に……と思っていた時、ナナミが前に出てきた。
「レ、レオンさん。こ、ここは私に任せて」
力強い目をしていた。
「分かりました。でも危険と思ったら俺も戦います」
コクンとナナミは頷くと、刀を二本鞘から抜いた。
「無理するな! 俺も戦う」
顔に傷がある男が、ナナミの肩を掴む。
「黙って下がってろ、てめぇー! それに気安く触ってんじゃねぇ!」
えっ、ナナミさん? いきなりどうしたの?
急に豹変したナナミに、肩を掴んだ男も驚いて手を離した。
「12匹か。楽しめそうじゃねぇか」
不敵に笑うナナミの顔は、レオンの知ってるナナミの顔じゃなかった。おどおどした表情はなく、目つきは悪い。睨まれたら、すぐに道を開けてしまいそうな表情だ。
確か愛刀をもつと性格が変わると言っていたけど、これのことか。恐いくらい別人じゃないですか。
ビックリして豹変したナナミを、3秒以上見つめていた。
「おい、レオン!」
「は、はい。何でしょうか」
急に呼ばれて焦った。背筋はピンとなり、指先をきちんと伸ばして、手は体の横に。
「お前も下がってろ。手を出したら後でシメる」
「御意」
すぐに後ろに下がった。多分、今までで一番いい動きだっただろう。
「さてと。どいつから、ぶった斬るかな」
値踏みするようにグレートウルフを見ていたら、一匹のグレートウルフが急に飛びかかって来る。
『鬼神流 十字斬り』
飛び込んだグレートウルフは一瞬で、縦と横、十字に斬られていた。二刀流のナナミの攻撃が、縦、横と同時に斬り裂いた。
「焦んなよ。まだこれからだろ?」
不気味に笑うナナミが恐ろしくも、頼もしかった。
一匹殺られ用心したのか、ナナミをジリジリと包囲し出した。
その様子をナナミは黙って見ていた。
包囲が終わると背後から三匹同時に襲いかかる。
「よっと!」
一匹の攻撃はかわして、右の刀で一匹、左の刀で一匹を斬った。二匹は絶命だ。残った一匹も『十字斬り』で斬り裂いた。
「スゲー」
男達が呟いた。確かに凄い。性格も変わっているし、いろいろ凄い。
その後も豹変したナナミは一人で戦い、すべての魔物を斬ってしまった。
「チッ、もう終わりかよ。まだまだ楽しみたかったぜ。お前もそう思うだろ? レオン!」
「はっ。ナナミ様のおっしゃる通りです」
豹変したナナミが戻って来たので、全員でナナミを労った。
「お疲れ様でしたナナミ様。どうか、刀を鞘にお戻し下さい」
「もっと暴れたかったが……しょうがねぇ」
レオンに促され、二つの刀を鞘に戻した。すると、表情がみるみる変わっていく。
全員が息を呑む。
「ナ、ナナミ様?」
レオンが呼ぶ声に、ナナミの顔はだんだん赤くなり、うつむいた。そして、恥ずかしそうにしている。
「も、戻られた! 皆の者、ナナミさんが戻られたぞ!」
「「「オッー」」」
男達から声が出る。良かった。これでひと安心。
それから、性格が変わってしまったことを謝るナナミに、全員が「全然大丈夫」だとフォローした。
これをきっかけに、絡んできた男達がナナミを崇拝し出したのは、言うまでもないだろう。