第18話 委員長
今日の授業は上級治癒魔法を習ってみる。
上級治癒魔法を教えてくれる教室には、50人以上の生徒が授業を受けている。その中でレオンも勉強していた。
治癒魔法は大きく分けて3つある。身体回復、解毒回復、精神回復だ。高ランクの身体回復魔法だと、なくした腕でも再生できるらしい。
いやはや魔法とは本当に凄い。異世界では魔法があれば、手術する必要がないのだ。
身体回復魔法専門の先生から授業を受けているのだが、高ランクの魔法ほど詠唱する時間が長い。理由は簡単だ。文字数が多いのだ。
これをいかに詠唱短縮出来るかで、実戦で使えるかどうかが決まる。
先生が黒板に書く文字も、しっかりノートに書き写している。もちろん先生が説明する言葉も、ちゃんと聞いている。
前世の俺だったら間違いなく眠っていたかもしれない。
治癒魔法の授業が終わると、昼休みに入った。昼休み時間はある意味戦争だ。
人気のメニューには大行列が出来る。お目当ての昼食を食べるために、昼休みになると食堂目指して走り出す生徒や教師が多い。
人気のメニューには販売出来る数が決まっているので、早い者勝ちだ。
レオンは急がない。日替わり定食でも充分美味しいからだ。
大学時代はよく日替わり定食を頼んだ。
その名残だろう。この世界でもついつい日替わり定食を選んでしまう。米かパンを選べるのだが、もちろん米だ。
行列が出来ている横を通り、日替わり定食を受け取る。座る席は早めに来ていたシェリーの隣に座った。
「今日もレオンは日替わり定食なんだね」
「何だか日替わり定食が恋しくて」
食堂は、いつも賑やかだ。全校生徒が全員食堂を使うわけではないのだが、数百人はいる食堂っての凄い。
そして最近賑やかな人物がやって来た。
「レオン殿、私も一緒に食べてもいいか?」
「いいですよ、ルイさん」
「そうか、助かる。シェリー殿も構わぬか?」
「むぅ~。ボクも別に構わないけど……」
「では、3人で仲良く食べようではないか」
レオンと試合をしてから、あか抜けた感じになったルイ。最近はよく一緒に昼食を食べる事が多い。
「それでレオン殿、次はいつするのだ?」
「授業もあるし、当分は無理そうですね」
「そこをどうにかお願い出来ないか?」
「難しいですね。受けたい授業もありますし」
ルイは、試合がしたくてたまらない。また、試合をしてくれとお願いするのだが、やんわりと断られている。
「3回戦ったじゃないですか」
「足りぬ、まだまだ足りぬのだレオン殿!」
短い期間で3回戦ったのだが、1勝1敗1分けで終わった。まだまだ足りぬとは戦闘狂じゃないかと疑った。
「もう、ルイさん! レオンは授業で忙しいって言ってるでしょ」
しつこく食い下がるルイにシェリーがしびれを切らしたようだ。
「また戦いたいのだ。それに私とレオン殿の仲ではないか」
「レオンは、ルイのものじゃないんだからね!」
「では、シェリー殿のものか?」
「えっ!? そ、それは、その、レオンはボクの、えっと……」
シェリーが顔を赤くして、ゴニョゴニョと小声で言い出した。ゴニョゴニョの部分が気になる。
「ほらほら、レオンが困ってるでしょ。ついでにシェリーも」
魔族のディースがサンドイッチを持って、レオン達の所に来てルイの隣に座った。
「ではディース殿、私と試合をしないか?」
「俺も授業で忙しいから無理」
「そ、そんなー」
ルイは項垂れてしまった。ディースの言葉で静かになったようだ。これで、暫くは大人しくなってほしいものだ。
ディースの助け舟で助かった。
さすがイケメンだ。困っているところに、さっそうと現れて助けてくれる。俺が乙女だったら、キュンとなってたに違いない。
ディースに会釈すると、ウインクで応えてくれた。やはりイケメンだ。
次の日、ミランダ先生がホームルームで決めたいことがあるらしく、全員を集めた。
「お前らも、仲良くなってきた頃だろう。そこでだ、このクラスの委員長をそろそろ決めたい」
ついにこの日が来た。俺の中では決まっている。竜人族のラルクだ。学校で規則が書かれた本を、真剣に読んでいる真面目な人だ。彼しかいないだろう。眼鏡もかけてるし。
だが、首席のルイがいる。問題はどうやって委員長を決めるかだ。立候補かそれとも投票か、どちらだろう?
「この中で委員長をやりたい奴はいるか?」
ミランダ先生の問いかけで一人の生徒が立ち上がる。
眼鏡をくいっと持ち上げた生徒。ラルクだ。
立ち上がったのはラルクだけ。どうやらルイは委員長には興味ないみたいだ。
「決まりだな。クラスの委員長はラルクだ」
クラスメイトが拍手をする。拍手がしばらく続き、立っているラルクが、ゴホンと咳を出した。何か話しそうな雰囲気なので拍手がやんだ。
「自分が特別クラスの委員長になりましたラルクです。これからは皆さんも規則正しい生活をして──」
とにかく話が長かった。20分過ぎた頃にミランダ先生から強制的に止められた。ミランダ先生が止めなかったらと思うとゾッとする。
真面目というのも考えものですな。
放課後になり闘技場の前を通りすぎようとした時、見覚えのある二人を見た。ラルクとルイだ。
二人で何をしているのだろうと気になり闘技場の中に入っていった。
ラルクもルイも準備運動をしている。これから決闘が行われそうな雰囲気だ。
「もしかして、今から試合するんですか?」
「おぉ、レオン殿ではないか。もしかして私と試合してくれるのか?」
「違いますけど」
またしてもルイは項垂れた。だんだんとルイの扱い方が分かってきたのかもしれない。
「ちょうどよかったレオン君。君が審判してくれないか?」
「俺でよければ」
準備運動も終わり、二人は闘技場にあがった。ルイはレオンと戦った時の装備と同じで、魔法のステッキと腰に剣を携えている。
ラルクの方は、大剣だ。長身のラルクとあまりかわらない長さの大剣。大剣の幅も、ラルクの横幅くらいありそうだ。
背中に大剣を背負ってルイと対峙している。お互い後は、試合開始を待つだけだ。
「それでは試合始め!」
レオンの言葉でルイが動いた。火の上級魔法をラルクに放つ。直撃したが、ラルクは目の前に大剣を出して防いでいた。
大剣を持ち上げ、ルイに向かって走り出す。ルイは後方に下がりながら魔法のステッキに魔力を込める。水の特級魔法『爆水砲』を使う。
これもラルクに直撃したが大剣では防げず、膝をついてた。
「ぐっ、まだまだこれからだ」
立ち上がったラルクは走りだし、ルイ目掛けて大剣を振り下ろす。大振りな一撃だが、大剣から繰り出す威力は充分で、ドーンと大きな音が闘技場に響いた。
振り下ろすだけの攻撃だったので、ルイが避けれる事は当たり前だ。攻撃をかわし、土の魔法をラルクに叩き込む。
土の塊がラルクに当たると5メートルくらい吹き飛ばされた。
よろけながらも立ち上がり大剣を構えた。ルイは剣を抜き、近接攻撃に出た。
「らあぁぁぁー」
ルイが斬りかかったのをラルクは防いだが、連撃になると防ぎきれず攻撃が当たっていた。
何度も攻撃が当たっているのだが、防御魔法陣が発動しない。壊れているのかと思ったがそうではない。
ラルクが、異常なほど頑丈なのだ。
攻撃を受けつつもラルクは反撃するのだが、素早いルイにはなかなか攻撃が当たらない。次第にラルクはダメージが蓄積していき、最後には防御魔法陣が発動して勝負がついた。
「そこまで、勝者ルイさん」
疲れはてたのか、闘技場の上でラルクは大の字に寝転んだ。闘技場の回復魔法陣が徐々にラルクを回復していくと、すくっと立ち上がりレオンの元へやって来た。
「また、ルイ君に負けちゃいましたよ。一度も勝てませんね」
眼鏡をくいっと持ち上げて、残念そうな顔をした。
「でも、ラルクさんも凄かったです。パワーもそうですけど頑丈な所も」
レオンは目をキラキラさせていた。
「ありがとうレオン君。ルイ君も今日はありがとう」
「礼はいいよラルク殿。私も試合が出来て嬉しかったから」
ラルクとルイは健闘をたたえていた。どうやらこの二人は何度も試合をしているらしい。
「ラルクさんとルイさんが頻繁に試合してるとは知らなかったです」
「自分からルイさんに試合をしてもらえないか頼んだですよ」
「ラルクさんからですか?」
「あぁ、委員長の座をかけてね」
委員長をかけて勝負するとは、漫画みたいだ。
「私も委員長になりたかったからか。ラルク殿の申し出を受けたのだ」
「でも、ラルクさんはルイさんに勝ててないと言ってましたが?」
「そうだ。私が全勝中だ。だがな、ラルク殿の負けても負けて挑んでくる気迫に根負けしてな、委員長の座を譲ることにしたのだ」
ラルクはルイの話を聞いて黙って頷いた。
そこまでして委員長の座を欲しがるとは。委員長という重みにレオンは心が震えてしまった。
これからは委員長と呼ぶときは、心を込めて呼ばなければならないと心に決めた。
「すまないが私は用事があるのでこれで失礼する。ラルク殿、今日も楽しかった。レオン殿も今度試合を頼むぞ」
荷物をまとめると、ルイは闘技場から出ていった。
今日はいいものが見れてよかったとレオンは感動した。長い時間戦っていたので、辺りが薄暗くなり始めている。
「我々も帰りますかラルクさん」
「そうですね」
レオンは帰り支度を始めたラルクに、どうしても聞いてみたい事があった。
「ラルクさんは何で委員長に、こだわるのですか?」
「……」
ラルクからの返答がなかった。委員長の座をかけて戦う、気高い志しをもった相手に対して失礼な質問だったか。
これは、謝らなければいけない。
「すいません。出すぎた質問でしたね……」
「いや、構わない」
ラルクの目が鋭くなる。どんな理由で委員長になったのか、しっかり聞き取らないと。
「自分が委員長になった理由とは……」
「はい。理由とは?」
「女性にモテると思ったからだ」
「なるほど女性に……って、えっー!?」
冗談でしょう。そんな理由で今年の首席相手に何度も挑むなんて、信じられなかった。ラルクの顔を見ると目が真剣だった。
本気だ。本気の目をしている。
さっきの感動を返してくれと訴えたい。
彼は天然のような気がする。真面目な天然か……
クスッと笑みが出てしまった。
ロゼ王国から東に、遠く位置するクルーズ帝国。帝都ニルバーナは中央大陸で最も人口が多い都市である。高い城壁で、ぐるりと囲まれており難攻不落の都市としても有名だ。
帝都ニルバーナにある極秘研究所では、帝国の技術者とドワーフ王国の技術者が研究と実験を繰り返していた。
研究室の中では赤髪の女性キャメロンと、帝国の技術者が話をしていた。
「それでいつ頃、完成の見込みなんだ?」
「まだまだ時間がかかるとしか言えませんよ、キャメロン将軍」
「本当に実用化出来るのかよ?」
「技術者としての誇りがあります。絶対に完成してみせますよ」
「そうかい……」
机の上には大量の設計図があり、キャメロンは一枚ずつ確認するように見ていた。