第14話 入学試験
新生暦1012年。クルーズ帝国は隣国を併合させてからは不気味なほど静かであった。帝国周辺の国々も一安心はしたものの、依然として警戒はしている。
キシリア聖国では異教徒の締め付けが厳しくなっており、無理矢理キシリア教に改宗させたりする強行派が台頭していた。
ロゼ王国は大きく様変わりしていた。魔物に襲われたナリディア国の隣国でもあり、ロゼ王国と魔物討伐に協力した2つの小国が戦争をしたのだ。
事の発端は、ホース王国がプレッツ国に借りていた借金を踏み倒した事だ。ホース王国の国王が財政難のため支払いを拒否したため、怒ったプレッツ国は軍事をちらつかせた。
ロゼ王国は戦争を回避するため両国に和平案を提示するが、これを両国が拒否、話し合いも不可能になり戦争が始まる。
プレッツ国の方が軍事力が上だったため、プレッツ国が勝つだろうと誰もが思っていた。しかしホース王国は傭兵を雇っていて、劣勢と思われたホース王国がプレッツ国を滅ぼしてしまう。
資金が無いホース王国が大金を使って傭兵を雇えたのは、プレッツ国の資金を当てにしていたのだ。
ホース王国も併合したプレッツ国にも手元には資金がほとんど無く、戦争で荒廃した土地の復興費すら余裕が無かったので国民達は激怒した。
長年、愚王と呼ばれていたホース王国の国王にホース王国、プレッツ王国の両国民が反乱し泥沼の内戦に拡大。
ホース国王は国民達の手で倒されたが、荒れ果てた国土を建て直せる程の余裕は既に無い。
新しく出来た新政府は、資金豊富なロゼ王国に併合してもらえないか協議した。反発した国民もいたが資金も無く復興も全然進まない現実に、だんだんロゼ王国に併合する事に賛成する人が増え、最終的には多くの国民がロゼ王国への併合に賛成した。
ロゼ王国は併合の申し入れを受諾。新規産業で資金に余裕のあるロゼ王国は多くの資金を投入し、旧ホース王国と旧プレッツ国の復興を始めた。
瞬く間に復興した事に、国民達はロゼ王国に対して歓喜をあげた。
魔物に襲われたナリディア国と共にホース王国、プレッツ国の3国を併合したロゼ王国は中規模国として成長していた。
綺麗なタイルが張りめぐらされている洗面所の鏡を見て思う。何度見てもしょうがないと。
鏡に映っているのは少し寝ぐせがあるが、サラサラとした金髪で青い目の女の子、ではなくボーイッシュな子とよく間違われているレオンだ。父親のアッシュより、母親クリスの似の方が強いだろう。
成長していたら男っぽくなるだろうと楽観的に考えていたが、そうはいかない。
12歳となったレオンはもう一度、鏡を見る。
「顔の割合は男4、女6ぐらいかな?」
鏡を見て呟いていたら、少し開いていた洗面所のドアから姉のシンディーが入って来て、鏡に映ったレオンに言い放つ。
「顔の割合は男1、女9って感じね」
シンディーは満足した顔で、洗面所を出て行った。シンディーの言葉にレオンは放心状態。
静かになっている洗面所に、今度は女神のエリーシャが入って来て鏡に映ったレオンを見た。
「私は男2、女8だと思うわよ」
そう言ってエリーシャはウインクをして洗面所から出て行った。
シンディーとエリーシャの言葉でダメージを受けたレオンは、ゆっくりとした動きで洗面台に手を置き、自分が倒れないように力を込めてしっかり支え、鏡に近付く。
「男3、女7で諦めよう……」
男っぽくなりたかったレオンは、フラフラとした足取りで自分の部屋に戻った。
ロゼ王国には、ロゼ魔法学校がある。12歳以上なら誰でも入学出来る学校だ。他にも初等学校がある。初等学校は読み書きを教えてくれるのだが、読み書きが出来たレオンとシェリーは初等学校には通わなかった。
ロゼ魔法学校は4年制で魔法と剣術、両方教えてくれる学校だ。剣術は世界的な2大流派の他、小さいけど実力のある流派の先生もいるため剣士志望にも人気の学校だ。
他国にも魔法学校はあるのだが、ロゼ王国は多くの種族が暮らし差別も少ないから、いろんな種族の人が入学して来る。
学生と言っても12歳以上なら誰でも入学出来てるので20代、30代の人達も学びに来ている。
ロゼ魔法学校は王都とカルーア町にあり、カルーア町の魔法学校は人口が増え始めた時に建て直して、今は1学年300人以上いる大きな学校になった。クラスは実力に応じてクラス分けされている。カルーアの町には学生寮もあり、快適な学園生活が出来るのだ。
今日はロゼ魔法学校の入学試験がある。忘れ物がないように確認する。まさか自分がまた受験するとは思ってもみなかった。
前世では高校、大学と2回受験を受けた。今回で3回目だ。何回やっても緊張するものだ。まだ試験を受けてないのに心臓はドキドキしている。
「レオンちゃん準備は出来た?」
「はい。クリス母様」
クリスは未だにレオンの事をちゃんづけしてくる。34歳となるクリスだが、見た目はまだまだ20代。セミロングの金髪も相変わらず綺麗だ。
「頑張ってこいよレオン。まぁ、お前なら大丈夫だろう」
「はい。頑張ってきます父様」
アッシュもクリスと同じ34歳だがクリス同様若々しい。この世界の人は皆そうなのか?
「受験票はちゃんと持ったの?」
「しっかり持ってますよシンディー姉様」
レオンより3歳歳上のシンディーは既に魔法学校に通っている。剣術は苦手らしいが魔法の勉強をしっかりしている。
シンディーも母親に似て美人だ。ミディアムの金髪でぱっちりした青い目、母親同様の巨乳。学校ではモテるだろうと思うが、付き合ってる人がいるとかは聞いた事がない。
「レオン君、頑張ってね」
「頑張りますよ、エリーシャさん」
女神エリーシャもフォックス家でしっかり暮らしている。女神だと知っているのはレオンとシェリーだけ。
女神だけあった見た目は出会った時のままだ。周囲には美容にいい薬草を使ってますとか言ってたけど、その話はあと何年通用するのか疑問だ。
今日は水色のセミロングの髪を後ろで結んでいる。透き通る綺麗な目をしているエリーシャに見つめられたら、どんな男もイチコロだ。スタイルもボン、キュ、ボンの3拍子。
町にはエリーシャのファンクラブがあるそうだから凄い人気だ。
家族から気合いも貰ったし、早めに家を出て魔法学校に向かう事にした。
待ち合わせの場所に着くと既に待ってたようだ。
「お~い。レオン~!」
手を振ってるのは猫人族の女の子。ショートボブの銀髪から可愛い猫耳、瞳が大きくぱっちりした目、モフモフの尻尾、そして大きくなった胸。幼なじみのシェリーだ。
「ごめん、待った?」
「大丈夫。ボクは今来たところだから」
女の子を待たせるとは、ダメな男だなと俺は反省した。時計を見ると待ち合わせの時間40分前……いや、お互い早すぎだろ!
余裕をもっての集合時間を設定していたが、受験まで余裕がありすぎるので、少しの時間町で過ごそう。
レオンとシェリーが歩いている通りは、服飾系の多いお店が集まっている。すれ違ったのはほとんど女性で、この通りには有名なアクセサリーのお店があるのだ。
「そこのアクセサリーのお店を見ていこうか?」
「うん。このお店って結構人気なんだよ。ボクは何回か来たことがあるんだ」
得意気に話すシェリーの可愛い笑顔は、おしゃれを楽しむ女の子の顔だ。
お店に入ったら見事にお客は全員女性だった。いや、男性もいたが、なるほど……カップルですねこれは。
男性の俺でも目移りしてしまうぐらいの心揺さぶる品揃え。いろんなデザインのアクセサリーがあり、可愛い系や大人系まで幅広く揃っている。
中でも気になるが魔石入りの指輪だ。指輪にもはめ込める小さな魔石もあるんだと初めて知った。
指輪に魔力を通す事で、はめ込まれている魔石の力が発動する仕組みだ。
「この指輪いいかも」
レオンが手に取ったのは銀の指輪で、身につけた者の速さが上がるらしい。魔石の効果を書いた説明を呼んだ時、シェリーの事が頭に浮かんぶ。
是非、入学祝いでシェリーにプレゼントしてあげたい。この指輪のお値段はいくらかなと値札を見たら、一瞬動きが止まってしまう。
お高い。お高いですよ! 小さいながらも効力のある魔石がはめ込まれてるから、仕方がないのだろう。
さてさてどうする。顎に手を置き考えた。シェリーの方を見たら、目をキラキラさせて指輪コーナーの所を見ている。
(買ってあげたい!)
そう思い財布の中身を見たけど、全然足りません!
また来て、買っちゃいますと決意した。
思いのほか、この店で時間を過ごせたので、そろそろ魔法学校へ向かうとす。
魔法学校には多くの受験生が来ていた。いろいろな種族の人がいてロゼ魔法学校の人気を改めて知った。
魔法使い志望だけでは無く、剣士も多数いるようで自前の剣を持っている者もいる。シェリーも剣士志望なので自前の剣を持ち込んでいる。
試験は筆記試験と、自分の得意な魔法や剣術を試験官に見せるだ。ただ、合格出来る人数は限られているので、実力の無い者は入学する事が難しいだろう。
レオンとシェリーは別々の試験会場だったので、お互い頑張ろうと声をかけ合い試験を受けに行った。
入学試験は筆記試験から始まった。内容は、答案に書いてある文字を理解して解答する。難しくない問題なので、必要最低限な文字を読み書き出来るのか試しているのだろう。後は簡単な計算だ。
前世で大学までいった俺にしたら何の問題もない簡単な試験。しかし、不安で筆記試験終了まで何度も解答を確認していた。簡単な試験でも入学出来るかが、かかっているので慎重にもなるよな。
筆記試験終了から少し休憩時間があり、その後は実技試験に入る。
訓練所と思われる施設には的が置いてあり、その的に自分の得意な魔法や剣術を使って試験官に見せる。治癒魔法が得意な生徒のために、治癒魔法を測定出来る機器があり攻撃魔法が不得意の生徒でも安心して受験が出来る。
試験官は3人、人族、エルフ族、獣族の試験官。種族がバラバラなのは、試験官の種族を優遇させないためだろう。
一人ずつ実技試験が始まり、的に当てる魔法の音や剣の音で実技試験会場は騒がしくなった。
隣の壁からも大きな音が聞こえる始めたので、他の会場でも試験が始まったようだな。
実技が始まるまで他の受験生の魔法や剣術を見学した。自分に近い年代の人が多くいる実技試験は、実に興味深くワクワクする。
自分の順番になる時は、興奮してアドレナリンが出まくりだった。
「次の人、得意な魔法か剣術を見せて下さい」
試験官に呼ばれて、レオンは何の魔法を使おうか迷っていた。使うなら着ぐるみ魔法だろう。後は何の着ぐるみかだが……決めた!
『妖弧』
あっという間にキツネの着ぐるみに変わった姿を見て、試験官達は驚いた。的に当てるのは『狐火』炎が的を壊し燃やしてしまった。『妖弧』の着ぐるみは特級にランクアップしていたので炎の威力は、火の魔法の特級クラスに近い威力。
ジロジロと不思議そうに見て来る試験官に『変化の術』で試験官の一人に変身して、さらに驚かせてしまった。
試験会場が少しざわついたが無事試験も終了して、シェリーと合流した。
「試験はどうだった?」
「ボク緊張しちゃったよ。でも全力出して頑張ったから後は結果を待つだけだね。レオンの方は?」
「同じく緊張しちゃったよ。でも他の受験生の実技も見れて楽しかったよ」
「そっか。でもレオンなら試験は大丈夫だよ。結果が楽しみだね。出来ればレオンと同じクラスだったらないいな……」
「俺もシェリーと一瞬のクラスだと嬉しいな」
シェリーはレオンの顔を見てニコニコしていた。試験の結果が楽しみだ。
試験の合格発表の日が来たので、シェリーと一緒に魔法学校に見に行った。
多くの受験生が合格者番号を確認していた。レオンとシェリーも自分の番号を確認するがなかなか見つからない。ようやく見つけたが、書かれた番号の場所は特別クラスだった。
シェリーも同じ特別クラスに番号が書かれていてた。お互い顔を見合わせると興奮したのか抱き合ってしまった。
これから楽しい学園生活が始まりそうだ。