第11話 クルーズ帝国
中央大陸で最大国力を持つクルーズ帝国。複数の国相手に、同時に戦争出来る強国。
かつて、他の国々と協力して禁忌大陸に挑んだ国の一つであり、現在『禁忌の鍵』を1個所持している国でもある。
クルーズ帝国が、ドワーフ王国と会談している情報に世界は驚いた。永世中立国である技術大国のドワーフ王国と、中央大陸最強のクルーズ帝国との会談に、何が起こり始めるのか各国が情報収集を始めた。
会談を持ちかけたのはクルーズ帝国からだった。極秘会談としなかったのは、ドワーフ王国との会談を世界に知って欲しい、クルーズ帝国側の思惑がある。
会談で、どんな話し合いがあったのかを知るのは、ごく僅かな人数だけである。
フォックス家の家族会議で、クルーズ帝国とドワーフ王国との会談について話題があった。まだ情報も少なく何か分かり次第、アッシュが教えてくれる事になった。
カルーア町で新しい屋台が出来て行ってみたいだとか、珍しい物を売りに来た行商人がいただとか、レオンが可愛いくて仕方ないだとか、どうでもいい話題も多いのが家族会議の特長だ。
家族会議が終わって、レオンは書斎で魔法の本を読んでいた。着ぐるみ魔法を使えるのだが、この世界で使われている魔法もしっかり勉強しているのだ。
レオンは無詠唱で魔法を使う事が出来る。着ぐるみ魔法だけでも凄いのに、無詠唱で魔法を使う所を見た両親は驚いた。
無詠唱で魔法を使える人は少ないからだ。レオンの両親も魔法が使えるが、無詠唱では無く詠唱短縮を使っている。
詠唱短縮も難しいのだが、強い魔法使いになれる線引きは、詠唱短縮出来るか出来ないかで変わってくるだろう。
レオンが使える魔法は中級魔法までだが、時間がある時は少しずつ魔法の勉強をしている。
戦いでは着ぐるみ魔法を使うから、普通の魔法を使う機会はあまり無いのだが、覚えておいて損は無いだろう。
気分転換に絵を描こうと思って、レオンは庭に向う。フォックス家の庭は、綺麗な花がいっぱい咲いている花壇がある。
クリスが花好きで、クリス自ら花壇の手入れをしっかりやっている。考えられて植えてある色とりどりの花は、クリスのセンスの良さを伺わせる。
庭に出ると、執事のセバスチャンが休憩の合間を使ってトレーニングをしていた。筋肉もりもりのセバスチャンは、自前の筋トレグッズを持ち出し筋肉と会話している。
この『会話している』との言葉は、よくセバスチャンが使っている言葉だ。会話が出来るようになったら、こっち側に来れますよと恐い事を言っていたのを覚えている。
こっちの世界でも筋肉マニアが存在しているのだ。
「おや、レオン様。レオン様も、私と一緒に筋肉会話しに来たのですかな?」
「違いますよ。花の絵を描きに来ました」
筋肉の事になると、おかしくなる。普段は何でもこなせる優秀な執事なんだけど……
セバスチャンは格闘技の達人だ。魔力で身体強化した彼は恐ろしく強い。
カルーア町に魔物が攻めて来た時は剣を持たず、何かの金属をはめ込んだグローブを装備して、殴る蹴るで魔物を倒していた。
たまにセバスチャンと格闘技の訓練をするのだが、筋トレ付きの訓練なので、かなりハードだ。
前世で空手を習っていたので、シェリーの道場に行った時と同じくセンスがいいと褒められた。それから筋トレメニューが増え出してしまった。セバスチャンに将来性を期待されてしまったのだろう。
絵を描き始めると、セバスチャンの一緒にトレーニングしたいと思わせるような視線を感じるので、なるべく早く描きあげ部屋に戻る事にした。
自分の部屋に戻って創造神の本を出した。絵の説明文が描いてあるページと絵を見ている。
描いた絵の画力で初期能力値が変わるので、描く時は気合いが入る。描いた絵には、この世界と同じランクが書かれている。
初級、中級、上級、特級、極級、王級、神級の7段階だ。
『竜王バハムート』のページは特別なのでランクが書いてないが、他のページに描いた絵にはランクが書いてある。
現在『妖弧』は上級、『にゃんこ忍者』は特級だ。戦ったり、適合した素材を吸収させたりすると、ランクが上がる仕組みだ。描いた絵のランクを上げるのは、高ランクになればなるほど上りにくい。
他に描いてある絵のページも見ようとした時、エリーシャの約束があったので創造神の本を閉じた。
エリーシャが薬草の調合で使うお酒が欲しいとの事で、カルーア町の酒場に一緒に行く事になった。飲食店が多く並ぶ区画にお目当ての酒場がある。今日もカルーア町の飲食店には多くの人が訪れているようだ。
酒場に向かう道中で冒険者達とすれ違った。格好は様々だが、剣を携えた戦士、大きな黒い帽子を被った魔術師等を見てレオンは目を輝かせている。
「冒険者ばかり見て、私のことは見てくれないのレオン君?」
「エリーシャさんは家で見てるから充分です。男だったら冒険とか憧れるものですのよ。いつか冒険者ギルドに登録して冒険してみたいですね」
「冒険者に憧れてるんだ。もし、レオン君が冒険に行く時は私も一緒に行くね」
「何でエリーシャも一緒なんですか?」
「治癒魔法が使える人が必要なんじゃない?」
「うっ、確かにそうですけど……」
「でしょう。それに妻は夫と一緒にありたいと思うものよ」
「誰が夫ですか、誰が! からかわないで下さい」
エリーシャは、クスクスと笑ってレオンと手を繋いだ。
酒場では、四人の冒険者とカルーア町の住民、それと若い赤髪の女性が酒を楽しんでいた。冒険者は一人で飲んでる女性をチラチラ値踏みするように見ていた。
色気のある褐色の肌で、髪の長さはショートヘア。端正な顔立ちが勝ち気な印象を抱く。
四人の男性冒険者達が立ち上がった。一人は酔っているのかフラフラした足どりで、赤髪の女性のテーブルに近寄った。
「よう、お姉ちゃん。何一人で飲んでるの? よかったら俺達と飲もうぜ」
酒臭い息をしながら酔った冒険者は、赤髪の女性の体を触った。触った瞬間に冒険者はぶっ飛び意識を失った。
顔には殴られた跡が。
「てめえー、何しやがる!」
残った三人の冒険者達は赤髪の女性の前に立った。手には剣や斧を握っている。酒場で飲んでいた他の客も、店の端に避難し始めた。
赤髪の女性はゆっくり立ち上がり、持っていた剣を抜こうとしていた。その時、酒場の入口から声がした。
「何の騒ぎですか?」
レオンは酒場で起こっている状況を知ろうとしていた。酒場の中では三人の冒険者と、一人の赤髪の女性が睨み合っている。酒場の端には何やら怯えている客と、冒険者の仲間と思われる男性が倒れている。
大体理解した。後は冒険者の男達が絡んでいるのか、それとも絡まれているのか、どっちかだな……
「何だこのガキは引っ込んでろ!」
多分男達が、女性に絡んでいるのだ。
「冒険者ともあろう人達が、三人がかりで女性一人を相手にするなんて卑怯ですよ」
「ガキが調子にのってるんじゃねぇぞ! お前が代わりになろうってのか?」
「別にかまいませんよ」
「何!?」
冒険者達はお互いに顔を見合い、笑い声を上げた。
「これは驚いた。なら俺達と相手してもらおうか。外に出ろよ!」
レオンは外に出た。
「ちょっとレオン君、大丈夫なの?」
エリーシャは心配そうにレオンを見た。
「大丈夫ですよエリーシャさん。危ないから少し離れて下さい」
エリーシャは無理しないでねと、ギュッと抱き締めた。レオンの心臓が高鳴った。気合いは充分もらった。
冒険者の装備は剣を装備した男が二人、斧を装備した男が一人だ。
「謝るなら今のうちだぞ?」
冒険者達は笑った。
「謝るのはあなた達の方ではないのすか?」
「このガキ、言わせておけば!」
剣を持った男が一人向かって来た。レオンは創造神の本に描いた絵の名前を唱える。
『牛王ミノタウロス』
着ぐるみの姿は、牛の角が付いたフード、お尻には牛の尻尾が可愛く付いてる。服の柄はホルスタインの白と黒を選んだ。
ミノタウロスはギリシャ神話に出て来る怪物で、頭は牛で人間のような体をしている。『牛王ミノタウロス』現在のランクは特級だ。
剣を持った冒険者は変身したレオンに驚いたが、そのまま向かって来た。
相手は子供だ。剣でレオンの体に当てないように全力で振り下ろせば戦意喪失するだろうと考えていた。
「オラァァァ!」
男は大声を上げて、レオンの体に当てないようにギリギリを振り下ろそうとする。しかしレオンは剣に当たるように一歩横に移動した。
剣は振り下ろされているため、もう軌道を変えられない。
ガギン! と音が鳴り、男の剣が折れていた。レオンは片腕で防御していた。
男は驚いた。安物の剣だが折られからだ。腕に籠手をつけているのかと思ったが、柔らかうな服の下に籠手をつけている感じはない。
次の瞬間、男の目にレオンがパンチをして来るのが見えた。男は数メートルぶっ飛んで気絶した。
レオンの『牛王ミノタウロス』は攻撃力と防御力に特化した着ぐるみ魔法だ。男の攻撃が威嚇だと感じ、わざと攻撃を受けて相手を驚かせ早期にこの争いを終わらせようと考えていた。
「ガキが、何しやがった!」
残った二人の冒険者の内、鎧を身に付けた男が逆上して襲って来た。早期に争いを終わらせようと考えていたレオンの作戦は、失敗してしまった。
男の動きはレオンでも充分見切れる動きだったので、攻撃をかわしレオンは攻撃する。
『牛王角』
フードに付いている牛の角で男のお腹を攻撃した。
「ぐっはっ!」
男の鎧は壊れ、腹をおさえ倒れた。
後は斧を持つ男だけだ。斧をポンポンと肩に当て威圧しながらレオンに向かってゆっくり歩き出す。
ミノタウロス専用の武器を出した。
『戦神の大斧』
レオンの背丈よりも大きな斧が出て来た。
いきなり出て来た大斧に男は焦っている。
「な、何だこれは? 魔法か? こんな大斧を子供が扱えるわけがない!」
驚いた男に、持っていた『戦神の大斧』をフワリと投げた。男は大斧を受け止めようとキャッチしたが想像以上に重く大斧に潰されてしまう。
「お、重い……助けて……」
レオンは軽々と大斧を持ち上げた。男はそんな姿を見て「ありえない」と弱々しく呟いた。
『戦神の大斧』は攻撃力を上げるため、硬く重い金属で出来ている絵を描いた。レオンだけが重さを感じる事はなく、軽く持ち上げられる。レオン以外が大斧を持ち上げようとすると、大斧本来の重さが出て、持ち上げるのが困難なのだ。
戦いが終わるとすぐにエリーシャが来て、レオンをギュッと抱き締めた。
「もう、心配したんだからね。でも、ずいぶんあっさり勝っちゃうのね」
「多分この冒険者達は、ランクの低い冒険者だと思います。高ランクの冒険者だと、簡単には勝てませんから」
レオンは、騒ぎを聞いて駆けつけたカルーア町の衛兵に事情を説明した。事情を理解した衛兵は気絶している冒険者達を連れていった。
赤髪の女性が事態の終息を確認すると、レオンの元に寄って来た。
「助かったぜ。俺の名前はキャメロン・ハルバートだ、よろしくな」
「僕の名前はレオン・フォックスです。よろしくお願いします」
「レオンか……ずいぶん可愛い男の子だね。気に入ったぜ」
「あ、ありがとうございます」
「レオンの使ったのは魔法なのか? 服が一瞬で変わったが……まぁ、いいか。レオン、少ないがお礼を貰ってくれよ」
キャメロンからお金の入った袋を貰った。中には結構な金額が入っている。
「キャメロンさん、お金は要りませんよ。そんなつもりで助けたわけじゃないので」
「いいんだ。受け取ってくれよ。もっと話がしたかったが急ぎの用事があるからこれで失礼するよ。また会おうぜレオン」
キャメロンは別れを告げるとすぐにいなくなった。気前のいい人だ。
レオンと別れたキャメロンはカルーア町の路地裏を歩いていた。すると目の前にフードを被った男が現れた。
「やっと見つけましたよ、キャメロン将軍」
「ちっ、もう見つけやがったのか。この町の料理は旨くてな、もう少しこの町を楽しみ──」
「本国から帰還命令が出てます」
「!? 仕方がないな。もう少し休暇を楽しみたかったんだがな……帰るかクルーズ帝国に」
キャメロンはフードを被った男とカルーアの町を出た。キャメロンは振り返ってカルーアの町を見た。
「レオン・フォックスか。なかなか興味深い子だ」
キャメロンは、屋台で買った焼き鳥を美味しそう食べながらクルーズ帝国に帰還した。
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