第10話 醤油と味噌
新生暦1008年。レオン・フォックスは8歳になり、前よりも忙しい日々を過ごしていた。
レオンの住むロゼ王国タレア領カルーア町は、魔物に滅ぼされたナリディア国の移民を多く受け入れ、以前よりも多く人口が増えていた。
元から冒険者等で賑わっていた町なのだが、住宅建設の職人や行商人達もカルーア町に移住して、更なる人口増加の一役を担った。
前から作っていた醤油と味噌だが、失敗と改良を重ね、ようやく商品化に成功。
今では醤油と味噌作りは、ロゼ王国の基幹産業の1つとなり、各国に輸出されるまでになっている。
醤油と味噌の登場で、ちょっとした食文化革命が起きている。醤油や味噌だけでも充分だが、こっちの世界の材料で照り焼きソースを作製。飲食店や各家庭が使い出し、醤油の可能性を上げるのに役立ったようだ。
醤油と味噌作りを主導したレオンとコルトリアには、功績が認められ、ロゼ王国から大金を頂いた。
魔物に滅ぼされた旧ナリディア国の土地だが、王族も既に亡くなっていて、復興するだけの財力も無い。それでロゼ王国と周辺の国が、併合する事で決定。
ほとんどがロゼ王国に糾合されたのだが、その土地の中で大豆を生産していた大規模農地があったのだ。
レオンはアッシュに大豆の確保を相談、魔物に荒らされた土地を元に戻すため、農民や職人を新たに送り込んだ。新しい農地の周辺には村を作り、新たな大豆作りに入った。
安定した大豆も確保出来るようになり、他のロゼ王国領内でも醤油や大豆作りの工場を建設。ロゼ王国各地にも、大金が舞い込んで来るようになった。
新たな調味料は、各国に輸出され初めている。
しかし輸出出来る数が圧倒的に足らず、新たな醤油や味噌作り大豆畑の拡張等を、急ピッチで進めてる状態。
カルーア町には、他国から多くの人が新しい味を求めにやって来た。食の町として更に人口も増えて、今やカルーア町は大きな町に様変わりしていた。
レオンは醤油や味噌作りの発案者で責任者でもあるが、子供が責任者だといろいろ都合が悪い事もあるので、父親のアッシュに責任者を譲り渡した。
カルーア町の軍事責任者でもあるアッシュなので、醤油や味噌作りの新たな責任者を募集。
新しい責任者が決まるまでは、アッシュが責任者として指揮する事になった。
「新たに作る工場だがレオン、どう思う?」
「アッシュ父様、まだ大豆には余裕があるので、新たなに工場を作っても大丈夫でしょう。拡張した大豆畑の生産量も増えて来ますし」
アッシュはレオンと相談しながら事業拡大を続けている。
「しかし、レオンがこんなにも大きな事業を起こすとは驚いたぞ」
「父様の息子ですから」
「レオン……嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
二人は顔を見合って笑い出す。
フォックス家の広間に、笑い声が響く。
楽しそうな笑い声に誘われて、クリスが広間にやって来た。
「あらあら、二人で何を楽しそうにしているの?」
「親子の絆を感じてた所さ。なぁ、レオン」
「はい。父様」
「レオンちゃん、アッシュと絆を深めるなら、私達も絆をもっと深めましょう!」
クリスはレオンに抱き付こうとした。
「ク、クリス母様、もう8歳ですし、そろそろ……」
「まだ早いわよレオンちゃん」
クリスが寝る時には、未だに親子スキンシップタイムを要求されてしまう。
そして、強制的にクリスと一緒に寝かされる。
レオンはアッシュに助けを求めるのだが、笑って「諦めろ」と言われる。
クリスの愛情は未だ健在だ。
アッシュとの話し合いも終わり、自分の部屋に戻ろうとした時、シンディーに呼び止められた。
嫌な予感しかしないが、無視するわけにもいかない。
「何でしょう? シンディー姉様」
「レオン私の部屋にいらっしゃい」
「……はい」
嫌な予感は的中。
シンディーの部屋には多数の洋服と、髪を飾るりぼんが置いてある。
「シンディー姉様、これは一体?」
「レオンは最近お父様と仕事していて、私との時間が取れなかったでしょ。だから、今日はいっぱいレオンを着せ替えて可愛くしてあげちゃうんだから」
「うっ、何だか体調が……」
「フッフッフッ。私にそんな手が通用するとでも?」
「ご、ごめんなさい」
まぁ、着ぐるみ魔法使っているから着せ替えは嫌とは言いにくいよね。
でも女の子の洋服を着るのは違う気がする。今やレオンへの着せ替えが趣味となっているシンディーに、嫌とも言えないよな。
長い時間拘束されたがようやく解放された。身も心も疲弊したレオンは、フラフラになりながらも自分の部屋に戻ろうとした時、仕事から帰って来たエリーシャと出会ってしまう。
エリーシャは自分の家探しをしていたが、アッシュやクリス、シンディーに気に入ってもらい、そのままフォックス家で住む事になった。
エリーシャは調合した薬草を町で売っているのだが、良く効く薬として評判で、注文がひっきりなしだ。
さすがは女神様。
治癒系なら、彼女の右に出る者はなかなかいないだろう。
「もしかしてシンディーと着せ替えしてた?」
「はい。何とか終わりましたけど」
「もう、私も呼んでよね! 久しぶりに私もレオン君をコーディネートしたかったのに」
二人がタッグを組んで、レオンを着せ替えしている時が一番大変だ。エリーシャにシンディーを止めて欲しかったが、エリーシャも楽しんでレオンを着せ替えするもんだから、拘束時間もいつもの2倍になってしまう。
「エリーシャさんも絡むと長くなるじゃないですか」
「それはレオン君が可愛いから悪いのよ」
「……」
恐ろしい理論だ。
年下だとこんなにも理不尽な扱いを受けるのか。
まぁ、もう少し成長すれば自然と着せ替えも無くなるだろうとレオンは安易に考え、早く大人になろうと誓う。
コンコンとドアをノックする音が聞こえ、返事をした。入って来たのはメイドのミクリ。
「レオン様、お茶をお持ちしました」
「ありがとうございます。あっ、ミクリ、例の物描き終えてますよ」
ミクリはお茶をテーブルの上に置くと素早くレオンの元に移動した。剣術を習っているだけあってか、その動きに無駄は無く最短距離を移動したのだ。
レオンはスケッチブックを取り出すと、ミクリに見せた。1枚1枚、時間をかけて見るミクリの目は輝いている。
「レオン様、素晴らしいです」
「でしょう。頑張っちゃいましたから」
「本当に素晴らしいです……ハァハァ──」
「ミクリ、興奮しすぎです!」
「!? すいませんレオン様、つい……」
いつも冷静沈着でメイドの仕事も完璧にこなすミクリだが、自分の好きな事が絡むと興奮して豹変してしまう。
ミクリが見ていたのは、獣族風になれる衣装画。
創造神の本に描いてある絵とは違い、こっちの世界の洋服屋で作ってもらうのが可能なデザインを描いてある。
獣族のモフモフ感が好きなミクリと同じく、モフモフ感が大好きなレオンは意気投合して、時間があると獣族あるあるを語り出す仲なのだ。
レオンがデザインを描き、洋服屋で衣装を作ってもらい、それをミクリが着る計画。これはミクリとレオンの二人だけの秘密で、極秘に衣装制作までの計画が順調に進められている。
ミクリが獣族みたいになれる衣装を着てみたいと言った時は驚いたけど、この世界でもコスプレしたい人はいるんだと安心した。
レオンは試作品を作ってもらうためにスケッチブックを持って、町の洋服屋に向かった。
カルーアの町を歩くと、そこら中からいい匂いがする。醤油で味付けされた肉を焼く匂い、味噌と野菜を炒めた匂い。
少し歩くと立ち止まり、どんな料理を作っているのだろうと、通りに出てる屋台を覗いてしまう。
焼き鳥を焼いてる香ばしい香りに誘われ、匂いのする方へ歩く。
醤油が流通し出したのでレオンは、焼き鳥の事も広めていた。焼き鳥を焼いてる屋台には、見覚えのある猫人族の女の子が。
「シェリー、買い物かい?」
「あっ、レオンだ。ここの屋台の焼き鳥が美味しいって有名だから買いに来たんだ」
シェリーもレオンと同じ8歳になっていた。女性らしさが出て来て、少しだけ大人っぽくなったシェリー。
この数年でシェリーが成長したように、レオンもしっかり成長している。
町を歩けばレオンを知らない人からよく言われる。「可愛いボーイッシュな子」だと。
ちょっと待ってよ!
ボーイッシュって女の子だし……
でもボーイッシュって事は、少しだけ男の要素が入っているはずだ。まぁ、完全な女の子と間違われてなければいいだろう。
せっかくレオンと出会ったし、シェリーは屋台で買った焼き鳥をレオンと一緒に食べようと考えていた。
「ねぇレオン、良かったら一緒に食べない?」
「いいの?」
「もちろだよ。レオンと一緒の方が、その、ほら……美味しい物は1人で食べるより二人がいいかなって……」
「そうだね。それじゃあ、お言葉に甘えていただきます」
(やったー。レオンと一緒に……エヘヘ……)
シェリーは上機嫌で、ベンチのある所にレオンを連れて行った。買った焼き鳥は6本で全部違う種類だ。
3本ずつ分けて食べた。
有名な屋台だけあって、味は文句なしで美味しい。焼き鳥を食べる二人は自然と顔が緩む。
(レオンの食べてる姿もいいなー)
シェリーは美味しそうに食べるレオンを見て、何だか嬉しくなった。シェリーの視線を感じたレオンは、もしかして自分が貰った方に食べたいのがあったのでは、と考える。
レオンが食べているのは、つくねが3個付いてる焼き鳥だ。その内、1個食べているので串には2個残っている。
「ねぇ、シェリー。つくね食べる?」
「えっ!」
シェリーは驚いた。
(レオンが食べていた焼き鳥だよね。レオンが食べていた焼き鳥だよね。レオンが食べていた……)
同じ言葉がシェリーの中でグルグルと繰り返されている。動きがフリーズしてしまったシェリーを見てレオンは察した。つくねが2個残ってるが食べかけ扱いだよね。これはシェリーに失礼かも。
「あっ……ごめんね。1個食べてしまっているし、残りをあげるとか失礼だよ──」
「食べる!」
全部言いきる前に即答した。
レオンから貰ったつくねをシェリーは顔を真っ赤にして食べていた。それを見てつくね好きなんだなど思い、今度シェリーの家に遊びに行く時、つくねを沢山買っていこうと決意する。
シェリーと暫く会話して、レオンは目的の洋服屋に向かった。
ナリディア国が魔物に襲われたり、魔王リリムが襲われたり大きな事件以降、特に大きな事件は起こらず、また平和な時間が流れたのだが、世界はまた少しずつ動き始める。
中央大陸最大国力の帝国に、何やら動きありと報告が届くのである。
読まれた方、ありがとうございます。