3.花婿の思惑
ジュリエッタがマルコの家を訪れるとマルコは庭で花の手入れをしていた。十七歳のくせにジジくさい趣味だとジュリエッタは思っている。
「マルコ!」
生垣の外から幼馴染の名を呼ぶと、彼はジュリエッタに気がつきおもむろに顔を上げた。白い顔に表情はなく、ぼんやりとした目が無感動にジュリエッタを見た。
「何?」
「何、じゃないわよ!」
「祭りの当日まで会わない決まりじゃなかったっけ?」
「あんたに戦線布告に来たんだから、そんな決まり関係ないわ!残念だけど私はあんたと結婚なんてしないからね!」
「今回のアランシア・エ・ポモドーロは〈鹿角〉が優勢だって聞いてるけど?〈白鳥〉に勝ち目なんてあるんだっけ?」
メディチーナにはいくつもの町内会があるが、この祭り「アランシア・エ・ポモドーロ」に登場するのは〈鹿角〉と〈白鳥〉という二つの町内会である。
むかしむかし、ある豊作の年の晩夏に、美しい娘を〈鹿角〉に嫁に取られた憂さを晴らそうと〈白鳥〉の青年たちが花婿の家へ大量の腐ったオレンジを投げにやって来た。オレンジの果肉と汁にまみれた〈鹿角〉の男たちは大量の腐ったトマトで応戦し、花嫁と花婿を守り切ったといわれている。それ以来、二つの町内会は犬猿の仲となった。
そしてその二十年後の大豊作の年、〈白鳥〉から〈鹿角〉へ再び嫁入りがあった。当人たちはもちろん両家の合意の上での縁組だったが、町内会同士が猛反発し、〈白鳥〉の男たちが披露宴の最中に花婿の家へ押しかけた。口論から始まり、やがて殴り合いの喧嘩になりかけた時、誰かが二十年前の諍いのことを思い出した。男たちは広場に集まり、オレンジとトマトの投げ合いで勝敗を決めることにした。日没までに〈鹿角〉が花嫁を守り切れば結婚を認め、〈白鳥〉が花嫁を奪い返せば結婚は破談とすると。かくして再びメディチーナでオレンジとトマトが大量に投げられた。勝ったのは〈白鳥〉だったとも〈鹿角〉だったとも言われているが真実は定かではない。
以来、不作の年でない限り、〈白鳥〉から〈鹿角〉へ嫁入りのある年の晩夏にオレンジとトマトが投げられ、花嫁の奪い合いが行われてきた。最初は二つの町内会だけの戦いだったが、援軍として他の町内会もだんだん祭りに加わるようになり、今では町を挙げての祭りとなっている。味方をどれだけ増やせるか、それは極めて重要な問題で町内会長の外交手腕にかかっていた。
「せいぜいそうやって油断してるといいわ!強〜い天秤の男が私を奪い返しに来てから慌てたって遅いんだから!」
「天秤の男に助けられたら、花嫁は天秤の男と結婚式を挙げるんでしょ。君、それでいいわけ?」
「大丈夫!それはちゃんと考えたわ!教えてあげないけどね!」
「ふうん、何だか知らないけど、劣勢の状況で花嫁を奪い返すのは至難の業だと思うよ?十年前の嫁入りの時は不作で祭りが中止になったって聞いたことあるでしょ?今回は四十年ぶりの祭りだから町内会の名誉にかけて絶対に勝つってうちの町内会のおじさんたち張り切ってたよ。それに、過半数以上の町内会が〈鹿角〉側に着くことを表明してるらしいし」
マルコの家に来る途中でジュリエッタが町の人に話を聞いたところ、人々はジュリエッタとマルコの婚約を心から祝福してくれており、幼馴染のお似合いの二人が結ばれるようにと〈鹿角〉側にこぞって加勢するらしい。もともと優勢だった〈鹿角〉はさらに援軍を得たことになり、〈白鳥〉の勝利は絶望的となった。みんな余計なお世話にもほどがあるとジュリエッタは思っている。
「ねえ、マルコ、あんたは好きな人いないの?将来、結婚したい人よ」
ふと思いついてジュリエッタは尋ねた。
「いるよ」
マルコは表情を変えずに答えた。ジュリエッタはどうしてか自分の胸が痛んだような気がした。何でも話せる友達だと思っていたのに、好きな人がいるなんて初耳だった。
「そ、そりゃそうよね、あんたももうすぐ十八だもんね。で、その人に愛を囁いたの?」
マルコは苦笑して頭を振った。ジュリエッタは幼馴染の消極的な態度にむっとして唇をとがらせた。
「好きな女性を口説かないなんてメディチーナの男として恥ずかしいわよ!親の言いなりになってないで、その人を口説いてプロポーズしなさいよ!」
「彼女がそれを望んでいればそうするよ。でもね」
「でもじゃない!私たち、あんな父親たちの悪だくみに乗ってやることなんてないのよ!」
ジュリエッタは自分の平らな胸をどんと叩いて虚勢を張った。
「私に任せなさい!この結婚、きっと白紙にしてみせるから!」