2.花嫁の怒り
「お父さんのばかあー!」
婚約の話を聞かされると、ジュリエッタは泣き叫んだ。
「どうして勝手に婚約なんてしるのよー!しかもどうしてマルコなのよー!」
居間の椅子に腰掛けた父親は瞳を涙でうるませて怒鳴る娘をちらりと見やり、すぐにテーブルの上に置かれた祭りの計画書に目を落とした。
「往生際の悪い奴だな。四十年ぶりの祭りだぞ、失敗は許されないんだからおまえも心しておけよ」
ジュリエッタはそばかすの浮かんだ顔を怒りにゆがませ、銀に近い長い金髪を乱して父親に詰め寄った。
「四十年ぶりだかなんだか知らないけど、わけわかんないことに私を巻き込むのやめてよ!婚約なんか取り消してー!」
「はっはっは、馬鹿な娘よ、町内会長と市長へは婚約を報告済みだし、祭りの準備もばしばし進んでるんだ。当日まであと七日を切ってる状況で騒いだって遅ーい」
「何で公にする前に本人たちの了解をとらないのよ!ぎりぎりまで内緒にしておいて、手遅れだなんてずるいじゃない!お姉ちゃんたちには好きな男のところへ勝手に嫁げって言ってたくせに、どうして私の相手だけお父さんが決めるのよー!」
「おれは祭りがやりたいんだ!文句があるか!」
「文句しかないよ!祭りのために自分の娘を嫁がせるなんて聞いたことないし、娘は三人いたのにどうして私なのよ!」
「お姉ちゃんたちにはそれぞれ恋人がいただろ。おまえにもいるのか?」
「い、いないけど!私はね、白馬に乗った王子様がやって来て、私の足下に跪いてプロポーズしてくれたら結婚するって決めてるの!ちゃんと愛を囁いて、キスして抱きしめてくれなきゃ絶対に嫌!親の決めた相手と何となく結婚するなんてもう絶対無理!」
「まあまあ、うちの町内会が祭りで勝てば婚約は白紙になる。神様に勝利を祈るんだな」
「ぬけぬけと!うちが劣勢だってみんなが言ってるのお父さんも知ってるでしょ!」
「あなた、ジュリエッタ、お茶が入ったわよ」
父娘が一歩も譲らず睨み合う居間に、台所から姿を現したのはジュリエッタの母親だった。ジュリエッタの二人の姉は嫁に行ってしまったので、父親、母親、ジュリエッタの三人がこの家の住人である。
「お母さーん、お茶どころじゃないよー!お父さん無茶苦茶なの!ねえ、お母さんもなんとか言ってよー」
「この人には何を言っても無駄よ。お父さんを説得するより、劣勢でもなんとか勝つ方法を考えなさいな」
ジュリエッタの母親は片目を閉じていたずらっぽく微笑んだ。
「劣勢でも勝てるの?お年寄りは数の勝負だって言ってたよ」
「あら、そんなことないわよ。最後の切り札を持ってるのはうちの町内会だもの」
ジュリエッタは目を輝かせた。
「最後の切り札?!それ教えて!」
ジュリエッタの両親は顔を見合わせ、父親は不敵に、母親はにっこりと微笑んだ。
「祭りの勝敗を決める天秤の男のことよ。あなたのことを天秤の男が迎えに来てくれたら、劣勢だったとしてもうちの町内会の勝ちになるのよ」
「天秤の男って誰?」
「誰でもいいの。祭りが始まってから日没までに、花嫁を奪い返しに来た男性がいたら、うちの町内会の勝ちになる。全体で見て劣勢でも、間隙を突いて花嫁さえ奪えば問答無用で勝ち。それに賭けてみたらどうかしら?」
「花嫁の周囲はあちらの町内会の連中がガードを固めてるから、そんなにうまくはいかないぞ。しかも、花嫁は助けに来た天秤の男と結婚しなくちゃいけないんだ。そっちの方が乱暴だろうが」
ジュリエッタは苦虫を噛み潰したような顔で腕組みし、それからはっと名案が頭に浮かんで母親にしがみつく。
「天秤の男は誰でもいいのね?本当に誰でも?」
「ええ、あなたと同じくらいの歳の独身の男性なら誰でも」
ジュリエッタは母親から離れると父親に向き直った。顎を突き出して仁王立ち、挑戦的に笑う。
「ふっふっふっ!見てなさいよ、お父さん!」
捨て台詞を残しジュリエッタは家を飛び出した。