10.祭りの後
祭りの翌日、ジュリエッタから最高級のメディチーナワイン一樽を受け取り、コルガーたちはメディチーナを後にした。
彼らの目指すローマまでは駅馬車で二時間ほどで到着できるが、駅馬車の御者にワイン樽の乗車を拒否されてしまったため、四人の旅人たちは全ての道が通ずる町へ徒歩で向かっている。
天気が良く風が気持ちいいので同じように歩いている人も多い。大きな樽を軽々と抱えて意気揚々と街道を歩くコルガーは彼らの注目の的だった。
「結局、あの祭りは何だったんだ?せっかく花嫁を奪還したのに、改めて婚約するなんて」
ユアンが肩をすくめながら腕をさする。オレンジの投げ過ぎで筋肉通がひどいのだ。
「さあ、何だったのかしら。花婿が花嫁にきちんと気持ちを伝えていれば、ややこしいことにはならなかったんじゃない?わざわざ言葉で愛を囁かなくても相手は自分の気持ちを分かってくれているだろうなんて花婿の甘えよね」
「そうか?おれは花嫁の我がままのせいだと思うがね」
市門まで見送りにきたジュリエッタとマルコが改めて婚約を宣言したので、ヨイクとユアンはその話で持ちきりだった。コルガーは抱えたワインをすぐにでも開けたくてそわそわしながら先頭を歩き、ギーヴは考え込むようにうつむきがちに最後尾をついてくる。
「ねえ、君は結婚したいと思ってる?」
ギーヴが突然そう言ったのでコルガーは樽を落としそうになった。
「へ?」
「いつか子供を産みたいとか、思ってる?」
「急にどうしたの?」
「思っていいんだよ」
ギーヴは立ち止まったコルガーに追いつき穏やかな口調で言った。二人が結婚したり子供を作ったりすることはない、それは浅からぬ血縁で結ばれた二人の間では暗黙の了解だった。
「結婚も出産もない女性の人生は当たり前のように存在するけど、君がそれを選ばなければならないなんて思わないで」
ギーヴの目が急に真剣になった。
「一度きりの人生なんだ、欲張って何でもやりなよ。そのためなら、俺のことなんて道端に捨ててしまったって構わないんだからさ」
コルガーは樽を抱え直しながら豪快に笑った。
「あっはっは!オレ、欲張ってるよ。自分が一番、歩きたい道を歩いてる。しかもあなたと一緒にね。これ以上の贅沢はないと思ってるよ」
「そう……ありがとう」
ギーヴは微笑んだが、どこか納得いかないような顔で地平線を見た。
「でも、いつ翻意しても、俺は君を責めないって約束するよ」
「しつこいなあ。ヒリールがいるからバルトロメ家の血が絶える心配はいらないし、オレはオレのためだけに生きる。それを特別なことだとは思わない」
コルガーは樽を抱えた反対の手でギーヴの手を取った。
「一生懸命勉強して、経験を積んで、いつかあなたの教会を造りたいって言ったでしょ。オレにとっては子供を産んで育てるより、そっちの方が魅力的だもん」
二人はじっと見つめ合い、やがて顔をほころばせて微笑み合った。
「そうだったね」
ローマへ続く街道は南へまっすぐに伸びている。コルガーは少し先を歩くヨイクとユアンの背中に向かって声を張った。
「ヨイク、ユアン、ローマに着いたら何食べる?!」
問われた二人は同時に振り返り異口同音で答えた。
「オレンジとトマト以外!」
夏の終わりの青空の下、四人の旅人の影はゆっくりとメディチーナから遠ざかっていった。
三ヶ月後、オレンジもトマトもない季節に、ジュリエッタとマルコは結婚式を挙げた。二人の父親が大豊作の栗とかぼちゃを投げようとしたのを女たちが止めたとか、花婿は意外と乗り気だったとか、そんな逸話が後世に伝えられるかどうかはもちろん定かではないが、新郎新婦が死ぬまで連れ添い、三人の子供に恵まれたことだけは祭りの話とともに子孫に語り継がれていくことだろう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
2~3年前に書いていた物語なのでですが、執筆時はちょうど私も嫁入りの時期でいろいろ考えながら書いていたように思います。結婚して幸せになる人生も結婚せず幸せになる人生もどっちも魅力的だよねということが書きたかった&スペインのトマト祭りとかイタリアのオレンジ祭りとか行ってみたーい!という願望が原動力でした。
「ヒベルニアのおまけ」として投稿するか最後まで悩みましたが別の物語として投稿させていただきました。「ヒベルニアの極光」未読の方は置いてけぼり感を感じられたかもしれません。大変申し訳ありませんでした。
次は執筆中の新作長編でお目にかかりたいです。
まだ全体の半分に到達したくらいなので頑張って書きたいと思います。
今後ともよろしくお願い致します。




