この世界の一瞬
「オミくんもフィルムカメラ買えば良いのに」
年季の入ったフィルムカメラを俺に手渡しながらそう言った幼馴染みに、俺は生返事を返す。
思ったよりも重さのあるそれは、ずっしりと手の平に沈み込み、俺には馴染まないような気がした。
こんな重いものを首からぶら下げていたのかと思うと、自然と幼馴染みの首を見てしまう。
「今のご時世、端末一本でそれなりのもん撮れるだろ」
幼馴染みの細く白い首から、机に置いてある自分の端末に視線を移す。
黒い機体に黒いカバーのそれは新しい機種に変えてから、そろそろ一年が経過しようとしていた。
どんどん新しい機種が出て、スペックが上がっていく端末だが、そのカメラ機能はデジカメと並ぶ。
勿論そのことに関しては、端末も使用して写真を撮っている目の前の幼馴染みだって知っている。
うんうん、と首を縦に振って相槌を打つ。
しかし、次には「でもさ」とフィルムカメラの良さを並べ立てるのだ。
抑揚のない声で淡々と。
「……何か語ってるところ悪いんだが、作間。少し良いか?」
真顔で語っていた幼馴染みが、開いていた口を直ぐに閉じて真一文字に結ぶ。
そして首だけで声の方向を振り返り、あぁ、と細い息を吐き出した。
俺も同じ方向に視線を投げ、声を掛けた人物を見る。
視線の先には、白衣を着た担任が、僅かに口元を引き攣らせた状態で立っていた。
先程の並べ立てられた言葉を聞いていたのだろう。
そんな微妙な表情になるのも仕方ないくらいに、幼馴染みは饒舌だった。
饒舌なのに感情の欠片もない、機械的な声だった。
「何ですか?」
「この前頼んだ写真なんだが……」
目の前で交わされる会話の内容は、この前のレクリエーションで撮った写真のデータが欲しいとか何とか。
言われてみれば、あの日の幼馴染みは参加する気配を見せずに、デジタルカメラ片手にうろちょろしていた。
はいはいありますよ、なんて気の抜ける返事をしながら、自分の鞄を取りに行く幼馴染み。
その後ろには担任が着いて行くが、俺は動くことをせずに置き去りにされたフィルムカメラを指先で撫でた。
ゴツゴツとしたそれは、僅かな色ハゲがある。
何となく手持ち無沙汰で、カメラに着いたストラップを外して構えてみた。
首からぶら下げるストラップは、首からぶら下げない時は邪魔者以外の何者でもない。
そうして構えたそれのレンズを、鞄からデジタルカメラを取り出す幼馴染みに向けた。
何でカメラ二つも持ってきてるんだ。
メモリーを抜き取りながら、何かを話している幼馴染みをレンズ越しに見てみるが、やはり馴染まない。
フィルムカメラに触るのが初めてなわけでもないが、使い慣れていないせいだろうか、違和感が拭えずにいる。
シャッターボタンに指を添えて、そのまま押し込めば、周りを白く飛ばすフラッシュと、やけに乾いたシャッター音が響いた。
メモリーを担任に手渡していた幼馴染みは、珍しく驚いたような顔で俺を振り向く。
担任も同様に振り向いて、小さく笑った。
「オミくん何撮ったの?!」
メモリーを担任に押し付けた幼馴染みが、鞄を開けっ放しにして走り寄ってくる。
しかし残念なことに、俺が手にしているのはフィルムカメラなので、現像しない限り撮れたものの確認が出来ない。
それくらいは持ち主である幼馴染みも理解しているところで、あー、とか、うー、とか唸っている。
「大丈夫。可愛い顔だった」
「何が?」
俺の手からカメラを抜き取った幼馴染みは、眉を寄せて見つめていたが、俺の言葉に素早く顔を上げる。
担任の方はケタケタと笑い声を上げて、分かる分かるなんて言っていた。
分からないのは本人だけで、更に眉を寄せて、不可思議そうに首を捻る。
「いつも写真提供してくれるし、腕もあるって褒めたら喜ぶのは当然だもんなぁ」と楽しそうに呟いた担任は、幼馴染みから受け取ったメモリーを軽く揺らしながら教室を出ていく。
「……褒められたのか」
「うん。これからも宜しく頼むなって。そんなこと言われたの初めて」
きゅっと大切そうにカメラを抱き締める幼馴染み。
眉間に刻まれていたシワが消えて、僅かに口角が上がっているような気がする。
先程レンズ越しに見た顔と同じだ。
「それ、早めに現像しとけよ」
「え。今撮ったの?欲しいの?珍しいね」
カメラを抱きながら不思議そうに首を傾けた幼馴染みに、欲しいと告げれば、早めに現像してくれることを約束してくれた。
その早めにが今日中で、翌日には珍しく顔を赤く染めて、自分の映った写真を持つ幼馴染みがいることを、俺はまだ知らない。