宣戦布告
ルーラル城には、城下町を一望することのできる巨大なテラスが設けられている。演説をするときなどは、国王がこの場に立ち、重要な情報を発信するという。
「こ、こっちです」
元国王の案内のもと、俺はある部屋に通された。全体的に薄暗く、家具なども一切ない場所であるが、向かいにあるカーテンを抜ければ、例のテラスに出る。国王はそう言った。
「案内ご苦労」
俺は言うと、ぺこぺこと頭を下げる元国王を横目にテラスに踊り出た。飛び込んできた眩い陽光に、思わず目を細める。
こうして見下ろすと、城下町は惨憺たる有様だった。元気のある人間はひとりもいない。全員が疲れ切った表情で町を行き交っている。そこかしこにある死体は風景と化しているのであろう、途中で行き倒れている人間には誰も目に留めない。
そして俺は、そんな人間たちをさらなる絶望に陥れようとしていた。
「ん……なんだ?」
ひとりの男が、テラスに立つ俺に気づいた。しばらく怪訝な表情を浮かべていたが、俺の頭に乗る王冠に気づくや周囲に大声を発する。
「おい見ろ、なんか発表があるみたいだぞ」
どよめきは加速度的に広まっていき、あっという間にテラス下に人だかりができた。なにも知らない国民たちはみな、俺に好奇の目を向けている。「新しい国王様ですか?」「リステルガーを倒す方法でも見つかったんですか?」という声が方々で聞こえてくる。
その喧噪が極限にまで高まった頃、俺は右腕を突き出した。みなが静まる気配があった。
瞬間、俺の腕から放たれた漆黒の光線が、国民のひとりを貫いた。うぐ、という弱々しい悲鳴とともに、撃たれた国民が力なく倒れる。
ぷつり、と。場の空気が一瞬にして凍った。この場にいる誰もが、いま起こった出来事を理解できないでいるようだった。
はた、と。
またさきほどと同じ現象が起きた。
ゾンビを殺す直前に沸き起こってきた、極めて不可解な感情。なぜ俺はいま、殺す必要のない者を殺した?
鬱陶しい感情を無理矢理に抑えつけると、その重苦しい沈黙のなか、俺は冷ややかな声を発した。
「うるさいのは趣味ではない。今後騒いだ者は問答無用で殺す」
意味がわからないのだろう、国民たちは口をぽかんとさせている。そんな彼らに追い打ちをかけるべく、俺はさらなる言葉を発した。
「私は大魔王アレン。十七年前に世界を恐慌に陥れた魔王である。この瞬間より、この国は私のものとなる」
俺は床をトントンと叩くと、カーテンの向こう側から元国王が姿を現した。まだあんぐりと口を開いている国民たちへ、元国王は張りのない声を発する。
「国民たちよ、申し訳ない。この国は……彼にーー大魔王アレン様に譲ることとなった。私は今日から奴隷となってしまった」
大魔王アレン。
その言葉をやっと脳が理解したのだろう。国民のひとりが甲高い悲鳴をあげようとした。
「騒ぐな! 騒いだ瞬間そいつを殺す」
再び黙り込んだ聴衆へ向けて、俺は再び口を開いた。
「諸君はいま、魔王リステルガーの脅威に怯えていることだろう。だが安心してほしい。私はこの世界すべてを手中に収める。人間も、魔物すらも、すべてが大魔王アレンの統治下になる」
ゆえに諸君は幸運だったと思うべきだろう。もし他の国の民であったなら、間違いなく私に殺されていた。このルーラル国では、余計なことをしない限り殺されることはない。
「魔王リステルガーよ、どうせ貴様もこの光景をどこかで見ているのだろう。覚悟せよ。私の最初のターゲットは貴様だ。怯えながら待っているがいい!」
恐怖のいろを浮かべている国民たちを残して、俺は身を翻し、城のなかへと戻っていった。