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大魔王覚醒

「く、くそっ!」


 騎士はやけくそとばかりに剣を引き抜き、カマキリンを横薙ぎに切りつけた。


 カキン、という金属音が辺りに響く。剣の軌道を先読みしていたカマキリンは、なんなく手先の鎌部分で刀身を防いでいた。紅の双眸が、ねっとりと騎士を捉えつける。


「ひ、ひっ!」

 もはや騎士に生き残る術は残されていなかった。攻撃を防がれ、致命的な硬直時間を課せられた騎士の首に、カマキリンの鋭い鎌が無慈悲に振り下ろされ。


 ぶっしゅうう、と。

 不気味なーーあるいは心地よい音とともに、騎士は首から上を失った。主を失った胴体が、最期の抵抗とでもいうようにふらつき、倒れる。


 返り血を浴びたカマキリンは嬉しそうに身をぷるぷる震わせ、ぴきーっと鳴き声をあげていた。


 冷酷にして簡潔。

 カマキリンが腕を振っただけで、騎士の人生はあっけなく幕を閉じた。数秒後に俺もこうなるというのか。


 ふざけるな。こんなところで、こんなところで……


「さて、邪魔者がいなくなったところであなたにも死んでもらいましょうかね」


 嫌らしい笑みを浮かべながら、ゾンビは片腕を掲げた。途端、ゾンビの周囲に茶色のオーラが発生し、ほんのりと輝き始める。


 この技を俺は知っている。使用者の腕力を極限にまで跳ね上げる魔法だ。これだけ聞くと地味に聞こえるが、いまのゾンビは大岩すらも素手で壊す力を持っている。いまの俺なぞ跡形も残らず殺せるであろう。


 死ぬ。

 ゾンビがこのまま俺に駆け寄り、腕を軽く突き出せば、俺はーー

 その冷ややかな事実を知った瞬間、俺のなかでなにかが弾けた。


「うおおおおおお!」

 身体の底からとめどないエネルギーが溢れ出してきた。漆黒の邪悪な霊気が自身を包み込むのを視界の端で捉えながら、俺はひたすらに絶叫した。全身にほとばしる魔力が噴出して止まらない。頭がおかしくなりそうだった。両手を縛りつけていた手錠が、耐えかねたようにはちきれる。


 咆哮をあげながら、俺はすべての記憶が戻ってくるのを感じた。


 そうだ。

 俺は十七年前、勇者と名乗る者に退治された。激しい闘いだった。ルーラル大陸をも破壊しかねない戦闘であったが、数時間にも及ぶ激闘の末、俺と勇者は相打ちで倒れた。


 そのまま勇者は亡くなったが、俺だけがかろうじて生き残った。恐怖を感じた人間たちが、そこでひとつの決断を下した。俺が疲弊しているうちに、二重三重の呪いによって魔王を封じ込めておこうと。弱っているとはいえ、ただの一般人に俺を殺すことなどできなかったのだ。


 そう。

 何人たりとも、俺を退けることなどできはしない。

 最も残虐で、最も強い化け物。

 歴代の魔王のなかでも、突出して強い魔力を持った男。

 それが俺ーー大魔王アレンだ。


「ば……馬鹿な」

 目の前のゾンビが、青ざめた顔で後ずさる。戦意を喪失したのか、さきほどまで彼を包んでいた茶色のオーラが綺麗さっぱりなくなっている。


「この力は……あのときよりもさらに……」


 奴の御託を聞いてやる気にはなれなかった。

 俺はゆっくりと片腕を掲げた。その腕にも邪悪な霊気がまとわりついており、我ながら途方もない魔力を感じる。


「はっ!」

 気合いの声をあげ、わずかな魔力を込めると、ゾンビを除く百体の魔物たちが悲鳴をあげて吹き飛んだ。すさまじい衝撃を受け、あっけなく四方八方に散っていくかつての部下たち。本来の力を取り戻せば他愛もない相手だった。


「な……おい!」

 取り残されたゾンビが、近くにいた魔物に近寄っていく。ぴくりとも動かない魔物を数秒間揺らすと、ゾンビの表情に驚愕のいろが浮かんだ。


「……そんな、たった一撃で……」


 呆然と座り込むゾンビへ向けて、俺は一歩近づいた。

 どさり。

 その一歩がとてつもなく大きな音に聞こえたのだろう、ひぃ、と哀れな悲鳴をあげてゾンビが後退する。


 だが彼を助けてくれる者はもういない。ゾンビを除いた魔物たちは、一瞬にしてこの世から永久に退場した。


 瞬間。

 俺のなかに、突如として慣れない感情が出現した。

 これは――『同情』、ってやつか。

 恐怖にのけぞるゾンビを見て、すこしでも可哀想だと感じる自分がいた。


 馬鹿らしい。

 こいつは敵だ。ならば殺す。


 俺は手刀をつくり、そのままひゅううと空を切りつけた。

 途端、ぷっしゅううと心地よい音を響かせ、ゾンビの首から上が吹き飛んだ。紫の鮮血が激しく噴出する。


 主を失った胴体へ向け、俺は冷たく言い放った。

「魔王リステルガーに伝えてこい。いますぐ殺しに向かうとな。ゾンビのおまえに、顔なんかいらねえだろ?」


 俺の発言に、ゾンビの胴体は戸惑ったように動かない。

 ここから魔王城までは遠い。伝言などできるわけがないと思っているんだろう。そんなことは俺にもわかっている。


 だが、こいつだけは簡単に死なす気になれなかった。首を失った苦しみにもがき、歩き、無様に死ね。

 俺の考えを察したのか、ゾンビの胴体はそのまま逃げるように退散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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