第二章 ツッコミがキツい人魚姫①
ユリネラと名乗った人魚は、現在、我が家の居間でちゃぶ台に肘をつきながら麦茶を飲んでいた。
「ぷはー。生き返るぜ!」
ちなみに、現在はノースリーブのシャツにデニムのショートパンツという出で立ちだ。
彼女はボディーバッグの中にそれなりの金額のお金を持っていて、それを僕に突きつけて、適当な服を買ってくるように言いつけてきた。誰かが落としたり、遺棄したりして海に流れてきた日本円を根気よく集めたらしい。
とりあえずユリネラには家で待っておいてもらって、僕と妹は自転車に乗って近所の大型スーパーに向かった。さすがに妹と二人きりで家に残すのは不安だったんだ。家を荒らされる心配はあったけど、本人はお金に困ってないみたいだし、不安は小さいだろうと考えた。
スーパーは、一階が食料品、二階はドラッグストアや衣料品、キッチン用品なんかの売り場になっている。服のチョイスは妹の意見を参考にしてなんとかなったが、問題は下着売り場だ。小学生低学年の妹の手を引きながら、ユリネラのサイズをメモった紙を片手にブラやショーツの陳列された売り場をウロウロする男子高校生なんて、変態以外の何者でもない。他の買い物客や店員の目に耐えながら、僕はなんとかミッションをクリアした。
「麦茶うめーな」
「それ、わたしが作ったんだよー」
「スゲーじゃねえか、玲」
「えへへへへ」
居間の隅で小さくしている僕と違って、妹はすっかりユリネラと打ち解けたようだった。彼女の隣に座ってニコニコしている。
「よっしゃ。麦茶の礼に、これやるぜ」
ごそごそと自分のボディーバッグを探った彼女は、中から貝殻を一つ取り出した。それは白く輝く、握り拳くらいの大きさの巻き貝だった。
「こいつはな、あたしが小さい時に姉さんと見つけた特別な貝殻なんだ。優しい波の音が聞こえるだろ?」
ユリネラから貝殻を受け取った妹は、それを耳にあてがう。しばらく黙って耳を傾けていたかと思うと、目をぱっと開き、瞳をキラキラさせながらにっこりと笑った。
「本当だあ!」
「大事にしろよ。でも、あたしと玲と、お前の兄ちゃん以外には秘密だからな」
「うん……」
生返事で貝殻の音を聞き続ける妹を見ていると、僕の中にいつもの躾癖がムクムクと湧いてくる。
「玲、人に物をもらったら何て言うんだっけ?」
はっとした妹はユリネラに向き直り、少しはにかみながら笑った。
「ありがとう、ユリネラお姉ちゃん!」
「いいってことよ」
ユリネラは鼻の頭を掻きながら照れ臭そうに笑った。その顔を見ていると、悪い人ではないのかなあという気もしてくる。
「ねー、ユリネラお姉ちゃんはアリアラお姉ちゃんの妹なんでしょう?」
「ああ、そうだぜ」
「じゃあさ、アリアラお姉ちゃんも人魚だったの?」
「ああ、そうだ」
にやりと笑うユリネラに、妹は嬉しそうに目を輝かせる。
「すごーい! アリアラお姉ちゃん美人だもん! ユリネラお姉ちゃんよりアリアラお姉ちゃんの方がきれいな人魚姫っぽい感じだねー」
無邪気に笑う妹の言葉に、僕の方が慌ててしまう。
「いや、その、子供の言うことだから……子供は正直に何でも言ってしまうというか……」
必死でフォローしようとしたのだが、変な口の滑り方をしてユリネラの青い瞳にギロリと睨まれてしまった。
「す、すいません!」
首を竦めた僕を無視して、ユリネラは妹に向かってニッコリ笑った。
「姉さんは超美人だからな。あたしの自慢の姉さんなんだ」
そう言って、妹の頭を優しく撫でた。
「あ、あのー」
「なんだよ、雅?」
僕には厳しい表情しか見せてくれないユリネラにビクビクしながら、僕は恐る恐る声を絞り出した。
「あの、その……ユリネラさんが……」
「あたしのことは呼び捨てでいいよ」
「じゃ、じゃあ……ユリネラとアリアラが人魚だっていうのは、本当に本当なの……?」
再びユリネラに睨まれて、僕はさらに首を竦めた。
「もう。お兄ちゃんたら、お客様を疑ったりして失礼だよー!」
さっきはあんなことを言っていた妹にまでツンとそっぽを向かれてダブルパンチだ。僕は「スミマセン」とさらに小さくなって謝罪する。
「まあ、いいよ。それは。そんなことよりよー、あたしには大事なことがあんだよ」
ユリネラはキッときつい目で僕を見据えた。
「雅、ちょっとお前に案内してほしいところがあんだけど」