表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/31

第四章 人魚の秘密と姉妹の秘密⑨

 その時。

「おまたせー!」

 僕らの緊迫した空気を破るように、明るい声が響いた。ニコニコ笑顔に「きゃはは」と楽しげな笑い声をあげながら、妹が何かを腕に抱えて走ってきたのだ。どうやら、宣言通りに一度家に帰って「宝物」を持ってきたようだった。

 だが、僕ら二人の顔を見ると、その笑顔を消して険しい顔をする。

「お兄ちゃん、ユリネラお姉ちゃんを泣かせたの? お兄ちゃんのバカ! アホ! グズ!」

 僕を睨みながら、妹は空いている方の手で僕の胸の辺りをドカドカ叩いてきた。それを見たユリネラは、魔女の手をどかして慌てて止めに入る。

「ち、ちげーよ、玲。あたしが悪いんだ。あたしが雅に迷惑かけたから……」

「いや、ユリネラは悪くないだろ」

「あたしが悪いんだよ!」

「ユリネラは悪くないんだって!」

 妹は僕達の言葉を聞いて小首を傾げながらも、手に抱えたものを差し出した。

「よくわからないけど、ほら、これあげる」

 それはティッシュ箱くらいの大きさの箱で、周囲に美しい意匠が施されたものだった。真珠や宝石、金細工で繊細な装飾に飾られ、古めかしいアンティークのような趣がある。

「わたしの宝物。アリアラお姉ちゃんにもらったんだよー。アリアラお姉ちゃんの大事なものだけど、思い出にってわたしにくれたの。本当はアリアラお姉ちゃんとの秘密の宝物だけど、二人が喧嘩ばっかりするから。これあげるから、仲直りしなさい!」

 妹はそう言って、僕達二人にそれを差し出した。僕はどうしたものかと、困惑しながら横のユリネラを見ると、ユリネラは呆けたように箱を見つめていた。

「これ……見覚えがある」

「え?」

「これ、あたしが小さい頃に海の底で見つけたやつだ。たぶん、どっかの国のお姫様だかのアクセサリーボックスだったんじゃねえかな。それを姉さんにあげたんだ。でも、姉さんがこれを大事にしてた様子はなかったけどな。」

 ユリネラは怪訝な表情で首を傾げた。

「あたし達、いろんなところを回遊して暮らしてたから、こんなのもう捨てたか失くしたかしたんだと思ってた」

「アリアラお姉ちゃんはずっと大切にしてきた宝物なのよって言ってたよー」

「姉さん……」

 ユリネラは手の甲で目元を乱暴に拭ってから、妹の持つ宝石箱を受け取った。上蓋を開けると、中は赤のビロードが張ってあり、いくつかの仕切りごとに、大きな宝石がはめられた指輪がいくつも収められていた。

「ハハハ。姉さんが恋人だった王子様達にもらった指輪だ。こんなところに入れてたのか」

 ユリネラは泣き笑いみたいな顔で、懐かしそうにその指輪に触れた。

「玲、知ってるか? これは二重底になってるんだぜ?」

「そうなのー?」

 ユリネラが仕切り板を持ち上げると、ビロードの張られた内箱ごと持ち上がる。その下にもビロード張りの同じような内箱があったのだが、そこには宝石とは似ても似つかないものが置かれていた。それを目にした瞬間、ユリネラは箱ごと取り落してしまう。

 宝石箱は砂地に落ち、回転しながら、指輪と内箱、そして、二重底にしまわれていた物を撒き散らしていった。

「なんで……こんなところに……!」

 砂浜の上には赤黒い色をした剥き出しのナイフが転がっていた。血を吸ったような毒々しい色をしている。青白いユリネラの表情を見ればわかる。これがあのナイフなんだ。砂の上には、ナイフと共に二重底に入っていた何枚かの紙片も共に散乱していた。

「あらあら。こんなところにあったのね。灯台下暗しってこのことかしら」

 マリアさんがやれやれといった様子で溜め息をついた。

「それで、どうするの? そのナイフなら、使用済み品でも回収に応じるわよ」

「使うかよ! つーか、好きにしろよ。どうせあたしは消えるんだし。その代りあのヒトデ達は解放するか、待遇改善しろよな」

 ユリネラはそう言うと、尾を引きずりながら海に向かって這い出し始めた。

「ちょっと! 待ってよ!」

 異様な雰囲気におろおろしている妹を残して、僕は慌ててユリネラの後を追いかけた。ジャバジャバと音をたてて、海に入っていくユリネラ。まさか、このまま卵に返ろうとしているのだろうか。僕もユリネラに続いて海に入り、ユリネラの腕を掴んで引っ張った。

「放せよ! 痛てーな!」

「やだよ。戻るぞ!」

「もう戻れねーよ」

「戻れるよ!」

「だから、言ってんだろ、あのナイフは使わねえって!」

「は? なんでだよ。刺せばいいじゃん」

「なに言ってんだよ! そんなことしたら、お前、死ぬんだぞ!」

「そうしないと、ユリネラが死んじゃうじゃんか!」

「馬鹿だな。あたしだけ生きてどうすんだよ。お前にゃ、玲だっているだろうが!」

 打ち寄せる波が僕とユリネラの足にあたって砕けていく。青く輝く空からは、場違いなほど明るい太陽の光が真南の方角から燦々と降り注いでいた。

「ねえ、ユリネラ」

 僕はできるだけ優しい声になるように気を付けながら、ユリネラの細い手首を掴んだまま言った。

「ユリネラは初めて会った日の午前中にあの薬を飲んだよね」

「そうだけど」

「じゃあ、もう服用してから四日間――九十六時間以上は経ったよね」

「別に、きっかり四日ってわけじゃねえんだろ。多少誤差はあるんだよ」

「そうかもしれないけど、あのさ……えっと……」

「あ?」

「えーとさ……」

「なんなんだよ、さっきから!」

 いいどもる僕に、ユリネラはイライラしたように険しい表情を見せた。僕は意気地のない自分を叱咤し、深呼吸をして息を整え、思いきって言葉を発する。

「ユリネラは消えないかもしれないよ?」

「は? だから、あのナイフは使わないって……」

「だからさ!」

 僕はユリネラの言葉を遮って言った。

「僕がユリネラのこと! その、もしかしたら……えっと……好きに、なっちゃったかも……?」

 だんだんと声のトーンが尻すぼみに小さくなっていくのが、我ながらものすごく情けなかった。

「は?」

 ユリネラは青い目を真ん丸に見開いて僕を凝視した。池の中の鯉みたいに、口をパクパクさせている。

 僕もユリネラも、しばらくは何も言葉を出せずにいた。ザザン、ザザンと打ち寄せては帰っていく波の音だけがあった。

「お前、何言ってんだよ……」

 ユリネラは絞り出すようにそう言って、焦点の定まらないような目で僕を見た。

「いいから! いいから、とりあえず、海から出ようよ、ね!」

 僕はユリネラの腕をさっきよりも強く掴んだ。そして、海からユリネラを引きずって砂浜に戻そうと多少強引に引っ張る。

「放せよ!」

「いやだよ!」

「なんなんだよ、お前は!」

「いや、だから、たぶん……好きになっちゃった系?」

「なんだんだよ、それ! チャラ男かよ、お前は! さっきから、たぶんとか、もしかしたらとか。わけわかんねーよ!」

「だから、僕はユリネラのことが好きに……」

「黙れよ!」

 ユリネラは顔を真っ赤にして、僕の口を手で塞いできた。

「嘘言うなよ!」

「うふぉじゃないよ(嘘じゃないよ)」

 僕はユリネラの手に口を塞がれたまま答えた。

「だって、そんなわけねえじゃん。あ、あたしなんかを」

 怒ったみたいな表情で、ユリネラは僕を見て言った。僕は首を横に振った。

「うふぉじゃないっへ(嘘じゃないって)」

「本当に?」

「ふぉんふぉうに(本当に)」

「冗談じゃなくて?」

「ふぉうふぁんじゃなふへ(冗談じゃなくて)」

 ユリネラはようやく僕の口から手を離してくれた。でも、怒ったような顔から、泣き出しそうな顔に変わっていた。

「本当に?」

「本当だよ」

 ユリネラは手で顔を覆って、海の中にうずくまってしまった。肩が小さく震えている。

 僕はおっかなびっくり、恐る恐るユリネラの髪を撫でた。銀色の短い髪は、太陽にきらきら輝いて夢のように美しかった。

「もう、陸に戻ろう。玲も心配してるよ」

 ユリネラは素直に頷いた。僕がユリネラの手を取って陸に向けて歩き始めると、ユリネラも僕から少し離れて這いながらついて来る。

 砂浜に上がると妹が走ってきて、何も言わないでユリネラに抱きついた。多分、事情はわかっていないけど、ユリネラが怒ったり泣いたりしているのを見て心配で仕方がなかったんだろう。ユリネラは最初面喰っていたけど、妹のことをぎゅっと抱きしめ返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ