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第三章 魔女までウチにやってきた⑦

 夜、消灯して布団に横たわると、窓の外からは蝉の声に交じって、僅かに鈴虫の鳴き声が聞こえてきた。そろそろ夏休みも終わるんだなあと、僕は残念な気持ちを噛みしめる。

 ユリネラは昨日まで寝泊まりしていた一階の部屋をマリアさんに譲り、隣の妹の部屋で妹と一緒に眠ることになった。うるさかった隣室がいつの間にか静かになっているから、二人とも疲れて眠りこけているんだと思う。

 僕ももう眠ろうと、目を閉じた時。

「あのー。お兄さん、ちょっと……」

 枕元の水槽から声が聞こえてきた。目を凝らすと、水槽の中のヒトデ達が立ち上がって僕の方を見ているようだった。さすがに彼らをすぐに魔女へ引き渡す気になれなくて、十三匹集まるまでは僕が身柄を預かっておくことになったのだ。

 ヒトデの中の一匹がおずおずと僕の顔色を覗うように言葉を発した。

「なんとか……なんとか、オイラ達を見逃してもらえないでしょーか?」

「それは……その……ちょっと……」

 僕は複雑な気持ちを抱きつつ、言葉を濁して言った。可哀そうだけど、僕は彼らを解放することはできないんだ。

「お願いっすー。オイラ達、やっとの思いで魔女の屋敷から逃げ出してきたんすー」

「戻ったら、どんなお仕置きをされるかわからないっすー」

「ご主人様ったら酷いんすー。碌にご飯もくれないのに、疲れて少しでも休むと、ホラ貝のいる場所にオイラ達を磔にするんすー」

「それで、ホラ貝に食べられちゃうって怯えるオイラ達を見ておもしろがってるんすー」

 ヒトデ達は切々と僕に訴えかけた。その訴えの一つ一つが、チクチクと僕の良心に針を刺すようで、僕は必死にその痛覚を遮断しようとするけど、なかなかうまく行かない。

「でも……その……ごめん……ごめんなさい」

 僕はヒトデ達から目を逸らし、小さな声でそう言うのが精一杯だった。頭の中には、短い銀色の髪と青い瞳の女の子のことが浮かんでいた。

「ユリネラを守るためには……君達をマリアさんに渡すしか……」

「そんなあ。酷いっすー」

「オイラ達はもうおしまいっすー」

 ヒトデ達からは落胆の声とともに、シクシクと泣き声が漏れ始めた。僕は下唇を噛んで、拳を握りしめる。ヒトデ達に恨まれるのは苦しかったけれど、なんと言われようと、ユリネラを死なすことなんてできないと僕は思った。

 その時、襖がどすどすと揺れる音がした。誰かが外でノックしているらしい。

「玲?」

「あたし」

「あ、ユリネラ……」

 襖が少し開いて、寝間着姿のユリネラが静かに入ってきた。昼間みたいな元気がなくて、むしろ生気のないような顔をしていて、僕はびっくりしてしまう。

「どうしたの、ユリネラ? あ、声がうるさかった?」

「いや……」

 ユリネラは小さな声でそう言うと、襖を背にして体育座りをした。膝に頬を乗せて僕の方をぼうっと見ている。もしかして、僕達が話している内容を聞いしまって気に病んでいるのだろうか。

「あの……大丈夫……?」

「いや……なんでもねえ……」

 やっぱり変だ。声にいつもの張りがない。どうしてしまったんだろう。いつもきらきら輝いている青い瞳が、暗く沈んでいるように見えた。

 しばらくの間黙っていたユリネラは、やがてポツリと言葉を洩らした。

「あのさ……」

「ん?」

「やっぱり、あたしが魂を差し出せば全部丸く収まるんじゃねーのかなと思って」

「え……?」

「どうせあたしなんかがいてもさ……姉さんならともかく。あたしは出来損ないだし。別にあたしが消えたところでどうってことねえじゃん」

「ちょっと待ってよ。そんなのダメだって、僕、昼にも言ったでしょ。なんでそんなこと言うの?」

 沈んだように覇気のないユリネラの姿に僕は戸惑う。勝気なユリネラの姿に見慣れていたから、いつもとの落差に驚いてしまう。

 ユリネラは顔を隠すように、体育座りした膝頭に顔を埋めた。耳を隠すくらいの長さの銀色の髪がさらさらと流れて、暗幕のようにユリネラの額を隠した。

「だって、あたしは出来損ないだから」

 表情の見えないユリネラは、震える声でそう言った。どうして急にこんな弱気な態度になってしまったのか。こんな悲しそうなユリネラは見ていられなかった。

「ユリネラらしくないよ。なんでそんな風に言うの? ユリネラは出来損ないなんかじゃないでしょ」

「だって、姉さんだって、あたしのことダメな人魚だって言って……」

「……え?」

 僕が聞き返した丁度その時、突然、襖が勢いよく開いた。

「あらあら、年頃の男女が二人、暗い部屋で何をしているのかしら?」

 現れたのは、バスローブ姿のマリアさんだった。サイズが小さいのか、バスローブから不必要に太腿や胸がはみ出しているのだけど……あの、僕はどこを見れば……。

「バ、ババア! な、なんだよ! 何の用だよ!」

 ユリネラは慌てたように顔を上げ、マリアさんを睨んだ。マリアさんは黒い扇子で口元を隠しながら、「ふふん」と笑う。

「念のため、もう一度確認してあげようと思ったのよ」

「なんだよ?」

「あなたの大事なものと引き換えにわたしがあなたに譲ったアレ、本当に失くしたの?」

「テメーもしつけえな!」

 ユリネラはイライラしたように、短い銀髪をガシガシと掻いた。

「失くした! つーか、アレは姉さんに渡して、そのままなんだよ。あの拳銃と物々交換してな。だから、アレを姉さんがどこにやったのかは、あたしは知らねえ」

「あらそうなの。なるほどねえ」

 マリアさんはふんふんと何度も頷いていた。

 随分、あのナイフに拘っているんだな、マリアさんは。失くしたと言ったものの行方をわざわざもう一度聞きにくるなんて。

 僕は少し引っ掛かって首を傾げた。だが、自分から振った話題の割に、魔女はあっさりとこの話題を切り上げた。

「それなら仕方がないわね。引き続きヒトデ探し頑張って頂戴」

 魔女は手を振りながら僕達に背を向けた。その去り際に、僕の布団の枕元にある水槽に冷たい視線を投げつけることも忘れない。

「あなた達も、余計なことは言わないようにね」

「ひぃぃぃぃぃ!」

 息を殺して静かにしていたヒトデ達は、魔女の言葉に悲鳴を上げると、再び死んだように沈黙した。魔女は満足げに微笑んで、「それじゃ、おやすみなさい」と言って僕の部屋から去っていった。

 魔女がいなくなると、ユリネラは再び体育座りをして俯いた。マリアさんに向けていた強気な姿勢は見る影もなく消えていて、僕はどんな顔をしていいのかわからなくなる。

「ね、ねえ、ユリネラ……どうしたの急に。なんでそんな……大丈夫?」

 僕が声を掛けると、やっと顔を上げた。でも、どこか焦点の定まらないような、弱々しい表情だった。僕は何か話しかけなければと思って口を開く。

「あ、あのさ……本当にマリアさんが言っていた物がどこに行ったかわからないの? それか、アリアラと連絡をとることはできないのかな?」

「え……? 何の話……?」

 キョトンとするユリネラに、僕の方が困惑してしまう。

「だ、だからさ。マリアさんが言ってた、譲ったとかなんとか言っていたやつ。それがあれば、魂を渡さずに済むんでしょ? ヒトデ達も引き渡さずに済むし」

「ああ、アレ……。うん。姉さんがどこにやったかわかんねーし、広い海に出ちまった姉さんとは連絡の取りようがねえから……」

「そ、そっか……。そうなんだ……。それなら仕方ないね」

 それでも何か方法があるんじゃないかと言おうかと思ったけれど、呆然としたような顔をしているユリネラには言いづらかった。再び下を向いてしまったユリネラに、僕は必死で言葉を探す。

「ね、ねえ、ユリネラ。何を魔女に渡して、何をもらったの?」

 僕の言葉が聞こえなかったのだろうか。ユリネラは俯いたまましばらく何も言わなかった。数秒間、時間が止まったみたいになった後、ユリネラはやっと顔を上げた

「……それは秘密」

 ユリネラはその一言だけしか言わなかった。

「あたし、やっぱりもう寝るわ」

 力なく立ち上がると、ユリネラはふらふらとした足取りで妹の部屋に帰っていった。倒れてしまうんじゃないかというくらい、おぼつかない足取り。僕はその後ろ姿に、「おやすみ」と声をかけることしかできなかった。

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