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第二章 ツッコミがキツい人魚姫⑨

 夕飯のカレーを食べた後は、スーパーで買ってきた花火をして遊んだ。

 夜八時、あたりはすっかり暗く、八月終盤でもまだまだ熱帯夜が続いている夜は、雑木林が風に揺れてザワザワ言う中で蝉の鳴き声もチラチラと聞こえていた。僕は水の入ったバケツとマッチとロウソクを用意して、妹とユリネラを家の縁側に呼び込んだ。

 最初は火を怖がっていたユリネラも、線香花火から徐々に慣れて、今では、シュワシュワと大胆に火を放つ花火を両手に持って振り回していた。楽しそうにはしゃぐ姿に安心したが、妹の前だ。

「だめだよ、ユリネラ。玲が真似するから危険な遊び方はしないでね」

「ぐぐぐ……! スンマセンッシタ……」

 今回は素直に反省したらしいユリネラは、ちょうど火が消えてしまった妹に片方の花火を手渡した。妹はきゃあきゃあ言いながら興奮状態で、どうやら両手持ちじゃなくても十分満足してくれているらしく、僕はほっとする。

 ユリネラは花火を持ったまま、縁側の僕の隣に腰掛けた。

「姉さんともこういう花火したのか?」

「手持ちの花火はしてないけど、町の花火大会には一緒に行ったよ」

「あれか。あの夜空におっきく打ち上げるヤツか。海辺でやってるのをあたしも見たことはあるぜ」

「アリアラも楽しそうにしてたよ」

「ふうん……」

 そう言って、少し考えるような表情をしたユリネラは、ふと、意地の悪い笑みを口の端に浮かべた。

「お前のことだから、また姉さんにつれなくしたんだろ」

「そんなことない……はず……」

 その辺に関しては、僕はこの二日間で大きく自信をなくしている。

「また姉さんがくっついてきたのに、無視したりしたんだろ?」

「花火ではそんなことは……あ!」

 僕は喉を詰まらせて、ゴホゴホと咳き込んだ。

「なんだよ?」

「なんでもない……」

「なんでもないことねーだろ。なんか言いかけたじゃん。なんだよ?」

 ユリネラは片手に花火を持ったまま、縁側で隣に座る僕の肩の辺りに、自分の肩をドンとぶつけてくる。

「やめろよ、危ないだろ!」

「じゃあ、言えよ。言うまでやめないからな」

「なんの駄々っ子なの、それは!」

 僕が隅に寄ろうが立ち上がろうが、ユリネラは肩によるドツキを一向にやめる気配がない。何回も肩をぶつけてくるに根負けした僕は、重い気持ちで口を割った。

「……町の花火大会にね、妹とアリアラと一緒に行ったんだよ」

「ふんふん」

「たくさんの人が来て混むから、早めに行ってスペースを確保してさ。だから花火は大きく見えたし、楽しかったよ」

「そんで?」

 僕は大きく溜め息を吐き、小さい声で続けた。

「帰りはさ、たくさんの人が一斉に帰ろうとするから混むでしょ?」

「へえ」

「そしたらさ、アリアラが突然、僕の手を握ってきたんだ」

「おお……!」

「アリアラは『はぐれるのが怖いです。しばらくこうしててください』ってメッセージを見せてきた」

「ほほーう! さすが姉さん! で、お前はどうしたんだよ」

 ユリネラの鼻息が荒い。でも、僕は続きを言うのがなんだか恐ろしくなって、口をつぐんで俯いた。ユリネラはせせら笑いながら、僕を肘で突っつく。

「言っちまえよ。さすがに、わざわざ姉さんの手を振りほどいて玲と手を繋がせたとかじゃないんだろ? いくらお前でもそこまでアホじゃあ……」

 僕はがっくりと肩を落とした。ユリネラの言う「そこまでのアホ」だったからだ。

「マジかよ……」

 ユリネラが目を見開いて絶句している。

「絶対どっかおかしいよ、お前。だって、姉さんレベルの清楚な美少女が手を握ってきたんだぜ? 男だったら嫌な感じしないだろ。わざわざ振りほどいたりしねえよ」

「で、でもさ! 色々状況があるでしょ!」

 僕は反論を試みる。

「三人の中で一番はぐれやすいのは玲だし、三人で手を繋いで横に並んで歩けるような道じゃなかったんだ。僕らとは逆方向に歩く人が多かったし。僕が先頭に歩いてすれ違う人達に逆らう道を作って、アリアラが妹と手を繋いで僕の後ろを確実についてきてくれた方が安全かなって……三人無事に帰ることで、僕は精一杯だったし」

「なんでそんな冷静なの? 男としておかしいぜ、お前」

 そうなんだろうか。僕はどうも釈然としない。

 だって、周辺状況だってあるし、妹がいるし。ようやく今はおぼろげながら、「あれはそういう意味だったのかもしれないなあ」と、アリアラの気持ちが推測できるようになってきたけど、その時の僕はそんなことに全く思い至らなかった。

 だって、まさかだよ。アリアラが僕なんかに、まさかだろう?

「お前さ、そんなこと言って、もしかして照れてたのか?」

 火の消えた花火をバケツに捨てながらユリネラが言った。

「姉さんに手を握られてドキドキしちゃったんだろ。だから、恥ずかしくなって手を放しちゃったんじゃねえの? お前、ムッツリスケベそうだもんな」

「何言ってんだよ。違うよ」

 僕が否定してもユリネラは聞かなくて、一人で勝手に「そうだな、そうに違いない」と頷いている。なんでそうなるんだ!

「そうだ。練習しようぜ、練習!」

 ついにはそう言って、ユリネラはいきなり僕の手を握ってきた。

「や、やめろよ、馬鹿な真似はよせよ、ユリネラ」

 僕が慌てて振りほどこうとすると、ユリネラはさらにぎゅっと力を籠めて握り返してくる。ニヤニヤと、口元に意地悪そうな笑顔を浮かべていた。

「あんだよ、やっぱり情けねーな。お前、本当にチンコ生えてんのかよ? フニャチン野郎だな、まったく」

「おい。そういう汚い言葉を妹のいる前で使うなよ!」

 僕は妹を横目で気にしながら、反射的にユリネラに怒鳴り返す。そうすると、ユリネラは青い目を三白眼にして僕を睨んできた。

「なんだよ。お前が情けねーからいけねえんだろうが!」

「それとこれとは話が違うだろ。それに僕は照れたとかじゃなくて、状況を判断しただけだし」

「男のくせに、ごちゃごちゃうるせーなあ」

「ユリネラはどうしてそんなに僕の話を聞かないの!」

「知らねえよ。もういいよ!」

 そう言って、ユリネラは僕を睨んだまま僕の手を振り払った。それでも、僕らはそのまま睨み合う。

 なんか、ユリネラの態度がすごくムカつく。

 女の子にこんなにムカムカしたのは生まれて初めてだ。

 僕は何も悪いことしてないだろ。ただ手を握らなかっただけで、どうしてこんなことを言われなくちゃならないんだ。勝手なことを汚い言葉で次から次へと並べ立てるユリネラ。妹にわがままを言われたときとはわけが違う。ユリネラに感じるのは、ピンと張った弓をキリキリと引き絞るような感覚で、矢を射らずにはいられないような感情だった。

「あーあ。お姉さんのアリアラはあんなに清楚で優しくて穏やかだったのに、妹は全然違うんだな」

 僕の口から、ついそんな言葉が漏れた。

 ユリネラは青い目を見開いて僕を見た。その目は爛々と、青い炎が燃えているようにも見えた。僕は気後れして目を逸らしてしまいたくなったけど、先に顔を背けたのはユリネラの方だった。彼女は下を向いてチッと汚く舌打ちした。

「……ふん。どうせ、あたしは乱暴者だよ」

 ユリネラは縁側から立ち上がり、庭の小石を蹴った。

「でも、お前みたいな情けねえ男よりはマシだな。もし男に生まれ変わっても、女の手も握れねえなんて、ケツの穴の小せえ男には絶対なりたくないね」

「なんだよ、その言い方!」

 カチンときた僕も立ち上がって、ユリネラの前に立つ。

「わかったよ。手を握ればいいんだろ、握れば!」

 僕は手を伸ばして、ユリネラの手を少し強引に掴んだ。

「何すんだよ、いきなり!」

 ユリネラは怒りからか、真っ赤になって僕を睨みつけてきた。

「何って、ユリネラが握れって言ったんじゃないか」

「いきなり握るんじゃねえよ! びっくりするだろうが。セクハラだろ!」

「なんでそうなるの」

「セクハラはセクハラなんだよ!」

 ユリネラはそう言って、僕の手を振り払った。

 わけがわからない。

「ねー、なんでお兄ちゃんとユリネラお姉ちゃん、ケンカしてるの?」

 妹が不思議そうな、心配そうな、悲しそうな、色々な感情の混ざった顔で僕らを交互に見比べている。そんな妹を前にしても、僕とユリネラは睨み合い、「ふん!」と互いに顔を背けた。

 丁度そのとき、夜空からポツポツと水滴が落ちてきた。それは次第に強くなり、シトシトと、終いにはザアザア降りの雨になった。最近多いゲリラ豪雨のようだった。

 そのせいもあって、花火は中止。まだ火をつけていない花火は三分の一くらいあったけど、妹は僕とユリネラの顔を見て、わがままを言うことなく家に上がった。

 結局、僕とユリネラはそれ以降、一言も言葉を交わすことなく、それぞれの部屋に引き上げた。

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