既視感
突然だが、南宮聖奈人は窮地に立っていた。
昨日、財布が空になったことを忘れていたのだ。
財布を縦に振ると、チャリンチャリンと軽い金属音。
これでは小銭にも期待は持てないだろう。
聖奈人の中で本日の昼食は水のみと確定した。
溜息を一つ漏らす。
その様子に気がついた銃が聖奈人に話しかける。
「どうしたのかな?南宮君」
「あ、いや、なんでもないよ」
「なんでもないなら溜息なんてつかないだろうに」
「う……」
核心を突かれ、ぎくりとする。
「ほら、言ってごらんよ。どんなことでも秘密にしておくからさ」
しばらく話すかどうか葛藤したが、銃一人なら別に問題ないかと持ち金がないことを打ち明けた。
最初は神妙な顔をして聞いていた銃も、溜息の理由を知って呆れた。
「なんだ、そんなことか。馬鹿だね。後先考えずに行動するからそうなるんだよ」
「うるせーよ。まさか二日連続で遊びに行くなんて考えもつかねーだろ」
気まずそうに頭を掻く。
そんな聖奈人の額に銃がデコピンをした。
「いでっ!何すんだてめぇ!」
「相談しなよ。こういうときは相談すればなんとかなるもんなんだよ?」
「なんとかってなんだよ」
「だから、そんなことだろう」
そう言うと、銃は財布から複数枚の千円札を取り出し、聖奈人の顔に押し付けた。
「ほら、受け取ってよ。いつか返してくれるといいからさ」
無理に押し付けられた聖奈人は、それを受け取るしかなかった。
そして、野口英世の顔と銃の顔、野口英世、銃と代わる代わる見る。
「あ、ありがとう」
「礼には及ばないよ。みんなは気付いていないし、我が物顔でいるといいさ」
イケメンだ。
聖奈人は銃をそう印象づけた。
「私はね、多少自分が負担を背負っても、その人が楽しんでくれるならなんでもないと思ってしまうそんな性格なんだ。お陰で苦労は多いけど、その苦労を掻き消すくらいの嬉しさが待っていると思うとね」
銃は空を見上げ、満足げにそう話す。
「自己犠牲か。俺には真似できそうにねーな」
固い口調もほぐれ、いつもの聖奈人に戻る。
「自己犠牲かい?まぁ、言えばそうなるのだろうけど、私はただやりたいことをやってるだけさ。人助けがたまらなく好きなんだよ」
大袈裟に肩を竦め、聖奈人の先を行く。
言っていることはものすごくかっこいい。
しかし見た目が酷い。
見た目が悪いと、言っていることの説得力やらその他諸々が半減するということを聖奈人は身を以て学んだ。
ただ、聖奈人本人も気づかない心の奥では、元の姿を見てみたいと思っていたのではあるが。
ここで聖奈人は、ふと一つの疑問にたどり着く。
そして、そのまんま銃へと伝える。
「なんでそこまで人の為に動けるんだ?お前が世話焼きな奴だとはわかったけどさ、よっぽどのことがないとそこまで断言できるくらいにはならんだろうに」
すると、銃は思案顔という風になる。
その思案顔が何から話そうか、またはどこから話そうか、それとも何を話して良いか、と何を考えているかが聖奈人にはわからなかった。
やがて、話すことが決まったという顔で再び空を見上げ、その思い出に浸るようにして語り出す。
「昔ね、とある男の子を助けたことがあったんだ。結構なピンチに陥っててさ、一歩遅かったらもう助からないってくらいの。結局は助けることが出来たんだけど、その時に言ってもらえたんだ。『ありがとう』って。それまで人助けなんてしたことなかったから、その言葉が頭にずっと残ってて。それから『ありがとう』を何度も聞きたくて、言われなくても人を助けたくて。それが原点なんだろうね、今から思うと」
顔に似つかわしくない澄んだ瞳を見ていると、元の姿に見えているような気がした。
麗しく、可憐で強く抱きしめると壊れてしまうような、女子高校生。
略してJK。
「さ、そろそろつくし、お金を財布に仕舞っておきなよ。 君にも面子というものがあるだろう」
銃がいたずらに汚らしく笑い、ウインクをした。
その時、聖奈人は酷い既視感を覚える。
「……ん?」
昔、火縄銃にそっくりの、快活な少女に会ったことがあるような……。
「どうしたんだい?聖奈人君」
「あ、いや……。なんでもない。それより、ちょっと遅れちまった。追いつこうぜ」
考えても仕方がないと、もやもやする感情を振り払い、忘れることにした。
それに、目の前に人がいるのに深く考え事をするのは失礼だ。
「そ、そうだね。それじゃ、競争でもするかい?」
「よし、受けてたとう」
なんとなくだが、思いっきり動いて我を忘れたい気分だった。




