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「おにいちゃん、朝だぞ!」

 本日も永海の声で聖奈人は目覚めることとなった。

 聖奈人は昨日の二の舞といかないように声が聞こえた瞬間に跳ね起き、永海が部屋に入って来る頃にはもうすでにベッドから降りていた。

「ちぇっ、つまんない」

「お前をつまらなくさせないようにするということは俺の命がないこととイコールだと思え」

 昨日とは違い、驚くほどスムーズに準備が進む。

 時刻は七時、その時にはもう既に殆どの準備を終えていた。

「おい、妹。なんでこんなに早く起こした。つか、俺は自分でアラームを設定してんだ。わざわざ起こしにくる必要もない」

「だからイチャイチャ……」

「それは昨日聞いたっつーの!しねえよ!」

「じゃ、イチャラブ始めよっか」

「話聞いてる?バカなの?死ぬの?」

 やっぱりバカだ、と聖奈人は再度バカのレッテルを貼る。

 と、そんな会話をしているとき、琴葉が聖奈人を起こしにやってくる。

 しかし、とうの聖奈人はもう既に起床済み、残念そうな顔をする。

「あんた、最近早起きね」

「こいつのせいだよ。つか、こいつにも言ったけど、起こしに来なくていいっての。自分で起きられるし」

 頭を掻きながら琴葉にモーニングコールはいらないと宣言する。

 事実、聖奈人はそこまで自堕落な生活を送るタイプではない。

「もしものためよ。あんた、一回とんでもないことやらかしてんだから」

「う……、そこを突かれると弱い……」

 琴葉の言うとんでもないこととは、中学生の時の修学旅行のことである。

 前日、寝坊をするといけないからといって、早めに寝たにも関わらず思いっきり寝坊をしてバスに置いていかれ、タクシーで後を追いかけることになったのだが、タクシーの運賃で持ってきたお土産代を全部使い切るという事態が起こったのだ。

 それ以来、琴葉が毎日起こしにくるようになったのだ。

 どうやって合鍵を入手したのかは知らないが、聖奈人にとっては迷惑でしかなかった。

「まぁ、あんたがいいってんならいいんだけどさ、もし寝坊なんかしたらまたすぐに起こしにくるわよ」

「へいへい。分かってんよ」

 適当に返事をし、そこで会話を打ち切る。

 と、そんな会話をしているうちに、時刻は七時半になっていた。

 少し出発するには早い時間だが、たまには早朝登校もいいだろう。

 聖奈人は琴葉に「行くか」と声をかけ、出発を促す。

 琴葉はそうね、という様子で頷き、聖奈人の後をついてくる。

「んじゃ、行ってきます」

「行ってきます」

「行ってらっしゃーい」

 永海はけいとの待ち合わせ時間が決まっているので、後から出発する形になる。

 天気は昨日と同じ晴れ、雲ひとつない晴天だった。



「はーい、ではホームルームを始めまーす!」

 学校が始まって二日目、未だ授業は始まらない。

 お世辞にも勉強が出来るとは言えない聖奈人からすると、とてもありがたいことだったが。

「今日はですね、早速クラスの各委員を決めたいと思いまーす!学級委員に立候補してくれる人はいるかなー?」

 甲高い子供のような声で言い聞かせるように話す。

 子供じゃないんだから、と心の中でツッコむ。

 そして、聖奈人は教室を見回した。

 まぁ、そうだろうとは思っていたが、誰も手を挙げない。

 ここで手を挙げる人は勇者扱いされるが、同時に目立ちたがり屋と認定される可能性もあるので手を挙げたがらないのだ。

 しかし、その中でたった一人のゴリラが立候補した。

 そのゴリラは昨日、何故か聖奈人の印象に残った他の人間と同じように筋肉の塊でありながら、はかとなく漂う知性を感じた委員長っぽい女の子だった。

「あ、じゃあ火縄さんに頼みますね!火縄さん、昨日したばかりですけど、もう一度自己紹介をお願いしまーす!」

 火縄と呼ばれた少女は「はい」と短く返事をして立ち上がり、自己紹介を始めた。

火縄銃ひなわつつです。これから一年、よろしくお願いします……って、昨日の今日で言うことじゃないよね」

 快活な様子で全員に挨拶をする。

 そして、聖奈人や刃乃が自己紹介をした時とは比べものにならない大きさの拍手が巻き起こる。

 聖奈人は後から琴葉に聞いたが、彼女は学年でも有名な秀才である。

 勉強はもちろん運動神経も良く、しかしそれを鼻にかけることもなし、友人にも恵まれる所謂完璧超人である。

 唯一の欠点は見た目である。

 一言で言えばゴリラ。

 一言で言わないならばゴリラ・ゴリラである。

 その圧倒的ゴリラ感に聖奈人は戦慄する。

 その無駄な思考の時間の間にどんどんクラスメイトの役割が決まっていく。

「はい、それじゃあ後は……雑用係ですねー。じゃあ、南宮君と刀匁さんにお願いしますね!」

「……は?」

「いやいや、は?じゃなくてですね。南宮君と刀匁さんだけですよ?決定してないのは。それに、残っている役割も二人分あるこの役割だけですしねー」

 何も考えていなかった聖奈人にとって、それは唐突すぎる出来事だった。

 聖奈人は、それを承認するしかない。

 しかし、よりにもよって刀匁刃乃と一緒になるとは、聖奈人は不運に思っていた。

 というより、聖奈人にとっては、琴葉と佳凪太以外の人間と何かをしなければならないという時点で不運なのである。

「……わかりました」

 渋々ながら、返事をする。

 刃乃も無言ながらこくん、と一つ頷き、わかったということを周囲に伝えた。

「それじゃあ決定ですね。それでは、改めて自己紹介をお願いします!」

 ここで、聖奈人と刃乃の目線が合う。

 二人とも前に出るタイプではない。

 それはすなわち、お互い譲り合いのバトルが始まるということだ。

 何も語りはしないが、目線で見えない火花を散らす。

 教室に沈黙が訪れる。

 敵対心を持っていることを悟られないように無表情を決め込む。

 しかし、聖奈人は刃乃の視線からとんでもない殺気を感じると同時に、クラスメイトの刺すような視線。

「うっ……」と呻き、ここは自分が行くしかない、行かなければ死ぬと悟り、南無三と目を瞑って静かに立ち上がった。

「えー……」

 うっわめっちゃ見られてる死ねる。

 昨日よりも集まる視線に聖奈人の心臓は張り裂けそうだった。

「あ……ぁ、あの……ですね…」

 聖奈人は上がり症であった。

 周りからは「何あれ?キモい」と罵倒の声が小声で聞こえる。

 聞こえる声で言うんじゃねーよ!と心の中でだけ必死の抵抗をする。

 普段はぶっきらぼうな態度を取っている聖奈人の姿はどこにもなく、その代わりに涙目になっている少年がそこにはいた。

「み、みなみやみなと……です」

 と消え入りそうな声で自らの名前を名乗ると、ちょこん、としおらしく座ってしまった。

 続いて刃乃が自己紹介をはじめる。

 とは言っても、昨日となんら変わりのない淡白なものではあったが。

 そこでチャイムが構内に鳴り響いた。

 本日の授業はこれで終わりだ。

「あ、終わってしまいましたね。それでは、終礼を始めます」

 その巨体に似合わずテキパキと配布物を配っていく。

「そのプリントに書いてあるように、未だ侵入した悪性の何かは消滅していないようなので、あまり外を出歩かないようにしてくださいね。それでは終礼を終わります。また明日、元気な姿を見せてくださいね。さようなら!」

 手短に連絡を済ませ、学生を学校から解き放つ。

 教室からはどんどん人がいなくなり、数分後には絶賛死亡中の聖奈人、聖奈人が復活するのを待つ琴葉に佳凪太、委員長の仕事を全うする銃、何故か椅子に座り続ける刃乃の五名になっていた。

 聖奈人は机に伏せ、恥ずかしさと後悔の涙を流している真っ最中である。

 琴葉と佳凪太は、泣き止むのを待っていたが、琴葉がいい加減痺れを切らし、俯く聖奈人に喝をいれる。

「もう、過ぎたことなんだからいつまでもうじうじしてんじゃないわよ」

「元気出して、みなくん」

 どぎつい琴葉に対して、聖奈人を心配する佳凪太。

 聖奈人はそれだけで元気を出すことができた。

 しかし、更に佳凪太の慰めの言葉を聞くために、愚かにもまだ元気が出ない風を装う。

「ああ、俺は駄目な奴だ……」

「そんな……みなくんは駄目な奴なんかじゃないよ」

「いいや、駄目な奴だ。現に、かなに頭をなでなでしてもらわないと元気を取り戻せない最低なコミュ障野郎だ……」

 それを聞いて、佳凪太がオロオロとし始める。

 作戦通りだ。

「じゃ、じゃあ、なでなでするから元気出して……ね?」

 佳凪太の小さな掌が聖奈人の頭にそっと触れた。

 優しく頭部を撫でられて、今にも昇天しそうになる。

 もし、佳凪太が女だったならば、自分と佳凪太は結婚するだろう。

 さすれば、毎日こういうことが出来るわけだ。

 だが、今現在、男である佳凪太になでなでされていて、気持ちが良くなっている。

 つまり、性別は関係ない。

 もう男でもいいや。

 そんな一念が脳裏をよぎったその時だった。

 頭が割れるような痛みが聖奈人を襲う。

 内的要因ではなく、外的要因で。

「いでででででで!てめっ、琴葉ァ!」

「あんたいい加減にしなさいっての!本当はもう全然落ち込んでなんかないでしょ!それをかなにこんなことさせて……!」

「貴様ぁ、今すぐその手を退けろ。俺はゴリラに興味はない」

「立場をわきまえて喋りなさいよ?」

 バスケットボールを鷲掴みにするかのように聖奈人の頭をぎりぎりと今にも握りつぶさんかと締め上げ続ける。

「ぐあああああああああ!か、かなぁ!さ、最後に言っておきたいことがある!」

「な、なにかな?」

「あ、I love you!愛してるぜ、かぬぁぁぁぁぁぁああぁぁぁ!」

 断末魔をあげ、琴葉が手を離すと、力なくぐったりと再び机にひれ伏した。

 今度は腹に一物も何もない。

「全く、何考えてんだか」

「み、みなくーん?」

 二人がそれぞれ今思っていることを言葉にする。

 そして、死体撃ちをするかのように、琴葉の追撃が始まった。

 再度頭を鷲掴みにし、聖奈人を自分の顔の位置まで持ち上げる。

 もちろん聖奈人の足は地面についていない。

「んで?なんか言うことがあるんじゃないの?」

「お、俺がお前にいうことなんて何もないだろ」

「何もなくてもあんたはあたしに謝ってればいいのよ」

 更に強く頭を締め上げる。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!ビッゴロざああああああん!!」

「まだ冗談を言う余裕があるのね。このまま壁にでも投げてほしいの?」

「すみませんでした!ぼくがわるかったです!」

 早い。

 聖奈人のものすごい早さの心変わりによって、一つの命が救われた。

 他でもない本人の命だが。

 琴葉の手が聖奈人から離される。

 聖奈人はうまく着地できず、そのまま地面に尻をつくこととなった。

「いてて……。別に悪いことしてねーだろ……」

「したわよ!」

「だから悪いって何がだよ」

「は?」

「すみませんでした」

 これ以上の追求は命に関わると判断し、それ以上は何も言わなかった。

 そんな会話と暴力が一通り終わり、聖奈人が大きくため息をついたとき、今まで仕事をしていた銃が三人に話かけてくる。

「あはは、楽しそうだねー」

「あ、火縄さん」

「銃でいいよ。それにしても南宮君。君は見た目と普段と態度と反して、案外繊細なんだね」

 銃が聖奈人に声をかける。

 聖奈人は予想外アンド意外だという風に目を丸くする。

「え?俺……ですか」

 話しかけられたのが全く話したことのない人間からの突然のトスに勢いがなくなる。

「あはは、そんなにかしこまらなくてもいいって。南宮君も私のことは銃とでも呼んでよ」

「お、おう」

 警戒心を解くことができないのか、未だよそよそしい聖奈人に銃が一つの提案をする。

「火縄さん、こんな奴に話しかけると頭が腐るわよ?」

「……なかなか酷いことをいうんだね」

 銃が頬をかいた。

「そうだ。これから一緒にご飯でもどうかな?仲良くなるにはそれが手っ取り早い」

 急すぎる提案に聖奈人が目を白黒させる。

 だが、琴葉と佳凪太はノリノリなようで、いそいそと準備を始めている。

「おいおい、まさかお前ら行く気かよ」

「別にいいじゃない。それに、クラスメイトと仲良くするのは当たり前でしょ?」

「友達は多い方がいいと思うんだぁ」

 そういえば、こいつらも友達は多い方ではなかった。

 チャンスを無駄にしたくないのだろうという結論に辿り着く。

「……仕方ない。行こうか」

 聖奈人自身はどうでも良かったが、二人が仲良くなりたいと望むのなら自分が足を引っ張るわけにはいかないと考え付いたのであった。

「よし、なら行こう。……刀匁ちゃん、君もどう?」

 今までずっと何もせず座り続けていた刃乃に銃が声をかける。

 刃乃は聖奈人とは違い、驚きはしなかった。

 しかし返事をするわけでもない。

 しばらく思案顔で何かを考えたのちに無言で頷き、行くという意思を聖奈人達に露わにする。

 琴葉と佳凪太は、獲物を狙う獣のような目で刃乃をロックオンする。

 これは友達のいない二人にとって、一気に二人も友達が増える絶好の機会なのだ。

 それを逃す手はない。

「さ、いこいこ!一分一秒でも惜しいわよ!」

 琴葉がパタパタと教室から出て行く。

 ついで佳凪太、銃と教室から出る。

 そして、残っているのは聖奈人と刃乃の二人になった。

「えっと……ぼ、僕たちも行きましょう」

 ついつい敬語になる。

「……わかった」

 静かに立ち上がり、鞄を手に持って教室から出て行こうとする。

 と、そこで聖奈人か刃乃を呼び止める。

「あ、刀匁さん」

「……なに」

「えっと、その、昨日はありがとう。あの時助けてくれなかったらどうなってたか」

「……構わない」

 短くはあるものの、特に恩に着せるようなことを言われなかったことに聖奈人は安心感を覚える。

 彼女となら仲良くなれるかもしれないな。

 聖奈人はそう頭の隅で思った。

「さ、俺たちも行こうぜ」

 刃乃を呼び、すぐに三人を追いかける。

「南宮聖奈人……菜種、佳凪太」

 ぽつりと聖奈人と佳凪太の名前を呟いたのち、教室を出て聖奈人達の後を追いかけ始めた。


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