準備
聖奈人は天井から抜けた後、銃に電話で琴葉達にさらなる説明を求められたことを伝えた。
寝ていたのではないかと危惧したが、どうやら銃は寝ようと思ったが眠れなかったらしく、別にこれからこちらに向かっても構わないそうだった。
『それじゃあね。すぐに向かうよ』
通話を終了し、スマートフォンをポケットにしまった。
「はい、正座」
終わった瞬間に琴葉は聖奈人に正座を強要した。聖奈人は先ほどの恐怖が忘れられず、言われるがままに正座をした。
「あのね、アンタは普通の人間なのよ?というか、はっきり言って、あたしより弱いのよ?」
「い、いや……実はさ、俺には……」
「何よ」
「いえ」
聖奈人は結婚したら尻に敷かれるタイプだった。
正座をキープしてしばらく。銃が訪問してきた。それを琴葉が招き入れる。
「……聖奈人君は何をしているのかな」
「お仕置きよ」
琴葉が聖奈人の後頭部を軽く小突いた。聖奈人はかかと落としを食らったかのような勢いで地面に額を強打した。
「……話をしようか」
銃は聖奈人を無視して話を進めようとした。つきあっていられないのだろう。
「大方の話は聞いてるわ。……魔法少女なんだって?」
「そうだね。魔法少女をさせてもらってる」
「隠さないなら話が早いわ。……かなと刃乃ちゃんが魔女に捕まってるんでしょ?」
「……そうだね。正確には、刃乃ちゃんは魔女に操られているんだけどね」
なんだこの一瞬即発の雰囲気は。
「こいつは二人を助けに行くっていってるわ」
「言ってるね。聖奈人君がいてくれれば、私も助かる」
「こいつが何もできない普通の人間だって知ってるのにそれを言ってるの?」
「普通の人間?それは語弊があるね。聖奈人君はそこらの人間よりよっぽど強いよ。……聖奈人君、何も言ってないのかい?」
「……何よ、どういうこと?」
雲行きが怪しくなってきた。二人の変な目が聖奈人に向く。
「あ、あのですね。じ、実は、魔法適正は無くても、魔法少女から授かった魔法……がありまして……」
琴葉は唖然とした。今までそんな事を一切聞かされていなかったのだから、当然だ。
「そ、そんなのがあるなら黙ってないでちゃんと話しなさいよ!」
「あ、あんまり人に話すもんじゃねーだろ」
「そ、それもそうだけど……」
銃は「はぁ」と一つため息をついた。完全に無駄足だったのだから仕方がない。
「聖奈人君、実演してくれたら説得力が増すんじゃないかな」
銃は手っ取り早く、聖奈人に魔法を使う事を勧めた。しかし、それは聖奈人の事情を知らないから言える事であって、聖奈人からすればそれは無理な相談だった。
何故なら、聖奈人は先ほどの魔女との対峙で魔力を全部使い切ってしまったからだ。
そういうこともあって、聖奈人は魔法を使う事を「すまん、無理だ」と拒んだ。
「なんでかな。というか、私はまだ君の魔法を見てないんだ。それを見てないと、戦略の一つも立てられない」
「そ、それがさ、さっき魔女に殴りかかっただろ?ほら、そこに置いてある鉄パイプで」
聖奈人は親指で鉄パイプを指した。
「あんな無茶しちゃダメだよ。で、それがどうしたんだい?」
「あれに魔力探知してみろ」
銃は頭にはてなを浮かべながらも、聖奈人が言った通りに鉄パイプへと魔力探知をした。すると、刃乃の魔力と似たような魔力を感じることが出来た。
「……あれが君の魔力か。けど、いつの間に魔力をあんな物に通したんだい?」
「魔女にも、魔法少女にも、誰にも気付かれない秘密の回路の通し方があるんだよ。俺にしか出来ないな」
「へぇ。そんな物があるのか。けど、そのことが今、どんな関係があるのかな」
「あっはっは、関係大有りだよ。あれに魔力を注ぐのに全部使い切っちまったんだよな」
「……もう一回言ってくれないかな」
「え?全部使い切っちまったって言ったんだ。もう弾丸の一発も作れない」
銃はわなわなと震えだした。それを見た聖奈人は空気を察し、笑うのをやめてピシリと一片の曇りもない綺麗な土下座を披露した。
「申し訳ありません」
「土下座しなれてるって感じだね……」
銃はそこで切り替えてやろうと思ったらしく、態度を改めて話を戻した。
「で、実際どうするのさ。すごい力があっても発揮できないんじゃあ、ポケットのない猫型ロボットと一緒だよ?」
「……そんなに悲惨か」
「悲惨でないと思ったのかい?というか、猫型ロボットにも劣るね。だって君はロボットとかいう夢のある物じゃなく、ただの薄汚い人間だし」
「ひ、ひどい……」
聖奈人をなじる様子を見ていた琴葉は唖然としていた。
「銃ちゃんって結構キツイこと言うのね……」
一方、永海は目を輝かせていた。
「言葉責め……いいね!」
銃は二人……とりわけ永海を無視した。あまり関わりたくなかったのだろう。
「……仕方ない、あんまりやりたくはなかったけど、やるしかない」
そう言うと銃は聖奈人に向けて手をかざした。
目を瞑り、指先に全神経を集中させる。
しばらくすると、銃の手からオレンジ色にに光る何かが発せられた。
「これが私の魔力だよ。これを今から君の中にいれる」
「……どういうこった」
「魔力の供給だよ。シェア、と言うべきかな。私の魔力を使って、君が消費した分の魔力を回復する」
「そんなのがあるなら最初から出してよツツえもん!」
「ツツえもんって何さ……。ただ便利なだけなら最初から使ってるさ。ほら、魔力適正って、人によって適合したりしなかったりするだろう?それと一緒で、私の魔力も君に適合するかどうかわからないんだ。適合したら、純度は低いとはいえ、魔女の魔法を浄化出来る君の魔力に変換できるけど、適合しなかったら、ただいたずらに私の魔力を消費するだけだからね。私の魔力も無限じゃないんだ」
「……なんというか、すみません」
謝罪の言葉しか口に出せなかった。
謝罪を終えると聖奈人は銃の手に触れ、魔力の供給を開始した。
暖かい感覚が聖奈人と中へと流れ込んでくる。
「あ、あったかいのが……あったかいのがお兄ちゃんの中に入ってりゅのおおおおおおおおおお!」
永海が突然意味不明なことを叫びだした。せっかくその暖かい感覚に身を任せ、心地よい気分に浸ってたというのに台無しだ。
最上の気分から最悪の気分に落とされた聖奈人は銃の手を離した。供給が終わったのだ。
「……え?もう終わり?」
「……えっ」
銃がとんちんかんなことを言い出した。意味がわからず聖奈人はつい間抜けな声を出す。
「こんな短い時間で満タンになったのかい?……そういえば、あんな棒切れ一本の魔力を満たすだけで空になってたっけ」
「なんか傷つくからやめて!」
聖奈人は半ば涙目になっていた。
「こんなスズメの涙みたいな魔力量で戦えるかい……?」
「そ、それについては作戦がある」
「ほう。是非耳にしたいものだね」
「いいか。俺の魔力が回復出来ないのと、……魔力の量が少ないのは、魔法少女からのパスが途切れているからだ。したがって、魔法少女を洗脳から解放すれば俺にもまたパスが通じて、絶対量も元に戻る。だから、刃乃さえ元に戻せば俺も戦力になれる」
今のままでは真の力も解放出来ない。その力は聖奈人の使える魔法の中でも絶大な強さを誇るが、もって数秒だし、それを計算にいれられても困るし、黙っておこう。
聖奈人はそう決めた。
「珍しくマトモに物を考えていたんだね。うん、それは正しい判断だ。多分、聖奈人君の魔力の正体を魔女が知れば、聖奈人君を真っ先に殺そうとするだろう。私は魔女の足止めをしておく。その間に君は刃乃ちゃんを解放してやってくれ」
「ああ、わかった」
聖奈人は元気よく立ち上がった。先ほどフラフラだったのは、魔力が枯渇していたせいでもあったのだろう。いつの間にか眠さも吹き飛んでいた。
「行くのかい?ちょっと待ってほしい。私の魔力が回復するまで」
「どれくらいかかる?」
「そんな長い時間はかからないはずだ。精々、日が落ちるくらいまでかな」
聖奈人は時計を見た。時間を見ると、もう四時だった。もうこんな時間になっていたのかと聖奈人は意外に思った。魔女の恐怖で時間などすっかり忘れていた。
日没まであと一時間。聖奈人も体力の温存に専念した。




