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四月八日の夜

「ただいま」

 警察に事情聴取をされていたので、帰宅が随分と遅れてしまった。

 時刻は既に八時を回り、強烈な空腹感が聖奈人を襲う。

 玄関の靴を確認すると、永海はもう既に帰ってきている様子で、無造作に靴が脱ぎ捨てられている。

「あいつ帰ってんのか。腹空かせてるだろうに、悪いことしたな」

 急いで階段を駆け上がり、部屋に荷物を置いて、そのまま永海の部屋へと行く。

 一階にはいないようだったので、二階の自室にいると踏んだのだ。

「永海?」

 扉にノック、そして永海の名を呼ぶ。

 返事はなかった。

「コンビニにでも行ってんのか?」

 扉を開けて中を確認するが、やはりいない。

 そして十数秒、妹の部屋を堪能した後にいそいそと扉を閉め、自分の部屋に戻って荷物を下ろす。

「あいつには悪いけど、今日はインスタントだな」

 そういうと聖奈人は階段を下り、一階のキッチンへと移動する。

 それからインスタント食品を大量に保管している戸棚を開いてちゃんと残っているかを確認した。

 しっかりと食べられるものがあることをしっかりと確認すると、先に風呂に入っておこうと着替えと下着を用意する。

「まったく、今日はいろいろあって疲れたな……」

 誰に言うでもなく一人で喋る。

 しかし、学校が始まったその日にいきなり誰かに命を狙われるなどというありえないことに巻き込まれたのだ。

 メンタルの強いほうであると自称している聖奈人も独り言でも言わずにはいられなかった。

「さて、さっさと風呂入って後はゆっくりするか!」

 脱衣所の扉に手をかけ、勢いよく開く。

 ばん、と大きな音を立て、扉が開かれる。

 すると、なんとそこには一糸纏わぬ姿の永海がいた。

「お、おにいちゃん⁉︎も、もう!一応ノックしてよ。心の準備ってのもあるんだから!」

 紅潮する永海の頬。

 それに対して聖奈人の顔は真顔。

「なんで真顔なの⁉︎女の子の裸だよ⁉︎」

 タオルで体を隠す。

 しかし、聖奈人は真顔のままだ。

「……おにいちゃん、おいで」

「アホか」

 結局聖奈人は真顔のまま扉を閉め、「アホか」の一言以外何も言わず、考えず、夕食の準備を始めた。

 テレビの電源を入れ、コンロの上でお湯を沸かし始めてしばらくした時に永海が風呂からあがってくる。

 そして聖奈人に近づき、ぶうぶうと文句を言い始めた。

「おにいちゃん!女の子の裸だよ⁉︎なんでそのままダイブしてこないの⁉︎」

「ボディービルダーには興味ねーよ」

「あっ、ひっどーい!今の発言は世界中の女の子を敵に回したね!戦争だよ!おにいちゃんと女の子の全面戦争だからね!」

「じゃあ逆に、お前は筋肉ダルマのおっさん相手に恋愛出来んのかよ?もし俺が女だったら無理だな」

「いいじゃん筋肉!力強くもどこか優しさを秘めた体にそっと抱きしめられるあの感じ……」

「キモイなお前」

「ふん、おにいちゃんみたいなのにはわからないですよーだ」

 永海がぷい、とそっぽを向く。

 姿が姿なら最高に可愛いのにと聖奈人は内心思うが、それを口にはしない。

 聖奈人は、永海がもしも元の姿に戻ったあかつきには永海のいう、大人のダイブをしてやろうと心に誓った。

「そうか。ほら、飯にするぞ」

「はーい!」

 無理やり話を切り、食事のことへと話題をシフトする。

 バカなやつで助かったと胸を撫で下ろす。

 永海が巨体をぴょんぴょんと軽やかに跳ねさせ、ずしんずしんと地面を揺らしながらソファに向かい、座る。

 放送されているバラエティーを楽しそうに見つめて、愉快に鼻歌を歌う。

 聖奈人は調理に取り掛かった。

 とは言っても、麺を袋から出して茹でるだけだが。

 その手軽さのお陰ですぐに完成し、安くで買った器を食卓に運ぶ。

「出来たぞ。悪いなこんなので」

 時間がないとはいえ、適当に料理を作ってしまったことに若干の罪悪感を感じる。

「いいよいいよー。作ってくれるだけでありがたいしね!」

 聖奈人はバカを撤回し、いい奴の烙印を押す。

 とはいえ、聖奈人はいつも永海を騙くらかしてはバカというレッテルを貼り、その後いいことがあるとすぐにいい奴という認識に改めるのを繰り返しているのだが。

「それじゃ、いただきます」

「いただきまーす!」

 二人とも相当空腹だったようで、ものすごい勢いで麺を食べていく。

 やがて、すぐに器は空になった。

 少々足りない気もするが、後は菓子で腹を膨らませようと思い、家にあるスナック菓子を引っ張り出してきて机の上に広げる。

 親が家にいないので、小さいながらこんな贅沢が出来ることに聖奈人は少し優越感を覚えていた。

 そこからはテレビの鑑賞タイムに入る。

 芸人のネタを見て笑い、いい話を見て感動したり、クイズ番組で問題を一生懸命考えたり、歌番組で好きなアーティストはいるかどうかなど、多岐にわたって楽しむ。

 やがて歌番組のサプライズゲストとして、いつものアイドルが映し出された。

「おにいちゃん、この人好き?」

「ん?」

 今歌を歌っているのは、朝に永海が消えればいいと言っていたアイドルだった。

「いや、別にそこまで」

「私は嫌いだなー。だってあれの影響少ないんだもん」

 永海はこのアイドルを見るたびに同じ文句を言う。

 始めこそはしっかりと聞いていたものの、聖奈人はいい加減飽き飽きしていた。

「あれの影響云々は置いといて、実力で上がってきてんだから、なかなか消えないだろ」

「おにいちゃん、アイドルに幻想抱きすぎだよ。どうせ裏で枕してんだよま・く・ら!」

 中学生の癖になんと下品なことを。

 聖奈人は今度しっかりと教育してやらねばと決める。

 しかし、今そんなことを言うと空気が白けるので、永海の話に返答する。

「んなわけないだろ」

「なんで?絶対枕だって!」

「よく考えてみろよ。誰に枕すんだよ。プロデューサーも先輩もみんな女だぞ」

「あ……」

「時代が時代ならそりゃもう、みんなぱっこぱっこにーだろうけど、今の世じゃそれもできねーし、実力だけで頑張ってるわけだし、悪く言ってやるなよ」

 永海がテレビの方を見る。

 画面には、一生懸命歌って踊る女の子。

「……まあ、そうだね。認めるよ。努力だけは」

 いっそのこと他のことも認めてやれよと思うが、やはり口にはしない。

 しばらくテレビを見つめていると、そのアイドルの歌が終わり、違うアーティストの出番となる。

 こちらの方はあまり知らないアーティストなので、聖奈人はそこで一旦区切りをつけ、風呂へ行こうと思った。

「永海、風呂入ってくるわ」

「え、乱入は?」

「なしに決まってんだろ愚妹が」

「ちっ……」

 ただし、元の姿ならば乱入OK、そのまま大人のプロレスになっても良かったが。

 聖奈人は自分では認めないが、世間からは白い目で見られるタイプのシスコンである。

 それはさておき、聖奈人は先ほど用意した着替えを持って風呂場に行く。

 念入りに鍵をかけ、誰も……具体的には妹が入ってこないようにする。

 鍵をかけた後はもう聖奈人一人の世界だ。

 疲れた体を癒すためにゆったりと湯船に浸かる。

 湯船に浸かると、今日一日のことが鮮明に思い出される。

「……そういえば、刀匁さんはなんであんなところにいたんだ」

 聖奈人の思考は刀匁刃乃にたどり着く。

 よく考えれば、タイミングがドンピシャすぎる。

 偶然通りかかったといってしまえばそれまでだが。

 とりあえず、明日礼を言っておこう。

 聖奈人はそう決め、体と髪を洗ってから風呂から出た。

「ふう、いい湯だったぜ」

 いつも入っている風呂にいいもクソもないが、そういいたい気分になるのでついついいつも言ってしまう。

「ん……永海?」

 先ほどまで元気よくしていた永海の姿が見えない。

 と、ソファに近づくと、すやすやと寝息を立てている永海の姿があった。

「あーあ、こんなとこで寝やがって。ほら、しっかり歯磨きしてから寝なさい」

 母親のような口調で話しかける。

 しかし、聖奈人はそれが無駄なことがわかっていた。

 何故なら、一度眠りについた永海は自分が起きられる時間にならないと何があっても起きないのだ。

 事実、魔女による大規模な魔法が行使された時も、あれだけ騒ぎになったにも関わらず、ベッドでぐっすりと寝ていたのだ。

「ちくしょう……俺が運ばないといけないんだろうなぁ……」

 遠い目をするものの、そんなことをしていても永海は移動しないということを悟り、必死で持ち上げようとする。

「ぐおおおおおぉぉぉぉ!」

 百キロオーバーの体を標準サイズである聖奈人が必死で持ち上げる。

 踏ん張るために大声を出しているが、それでも起きない永海に、聖奈人はある意味感心していた。

「いけ……いっけええええええ!」

 いつもは何気なく使っている階段も、百キロの荷物を背負った状態だとまた違って見える。

 潰れそうになる体をなんとか支え、一段ずつのぼっていく。

 そして、二階に到着。

 ここまでですでに疲労困憊だが、後は永海の部屋に、部屋の主を送り込めばミッション完了だ。

 聖奈人は最後の一仕事と言わんばかりに全力で永海をベッドの上へと乗せた。

「うおおおぉ……疲れた……」

 大きく深呼吸をし、足りなくなった酸素を部屋に漂う妹エナジーと共に吸収し、聖奈人自身も早々に寝てしまおうと歯を磨きに洗面所へと向かう。

 洗面所に着くと、まず見えるのは鏡。

 聖奈人は普段はあまり見ない鏡で自分の姿をまじまじと見つめた。

 人間、ゆっくりできる時間が来ると不思議や謎について考えたくなるものだ。

「……なんで」

 なんで、あの時。

 そこから先は言葉にすることができなかったが、具体的にはこうだ。

『なんで、あの時あの子の姿が思い浮かんだんだろう』だ。

 あの時とは、先ほど琴葉と帰宅している時のことである。

 名前も知らない、天真爛漫な命の恩人。

 黒い服に不思議に光る銀の光のライン。

 それに、綺麗に整った顔立ち。

 今はどうなっているかはわからないが、当時はまだ幼さの残る可愛らしいという表現が似合う女の子だった。

 ……俺は、気づかぬうちに心を奪われていたのだろうか?

 そんな疑念が聖奈人の心中を襲う。

 しかし彼女は今、行方不明だ。

 今ではその真偽を確かめることすら出来ない。

「……ま、いいか。……よくはないけど」

 あまりくよくよと悩むのは自分らしくないと聖奈人は割り切り、そのままベッドへと直行する。

 そして、ベッドへと入った瞬間眠りに落ちる。

 朝の攻防、学校、遊び、戦闘、そして最後の運搬を経て、聖奈人は尋常じゃないくらい疲れていたのだ。

 その眠りは深く、永海ほどではないにしても、ぐっすりと、深く深く眠りについたのだった。

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