撤退完了
「おっにいちゃーん!一日ぶりだね!わたしぃ、お兄ちゃんがいなくてぇ、超寂しかったんだよぉ?」
永海が漫画の如くコロコロと表情をを変えて聖奈人を出迎える。
「……ただいま」
だが、聖奈人にいつも通り反応している元気はなく、フラフラと自分の部屋へと向かった。
「……お兄ちゃん?」
彼方此方に体をぶつけながらなんとか自分の部屋にたどり着く。
疲労困憊。まさしくその言葉が似つかわしかった。
ベッドに体を投げだした。たった一日とはいえ、一日ぶりのマイベッドは懐かしさで一杯だった。落ち着きが違う。
すぐに眠気が押し寄せた。結構な時間寝たというのに、なんてことだ。
だが、今寝るわけにはいかない。
永海と琴葉に伝えなければいけない。家から絶対に出るな、と。
制服のブレザーからスマートフォンを取り出し、琴葉に電話をかけた。
呼び出し音が眠気を覚ましてくれる。
まもなく琴葉が電話に出た。
『何よ、なんか用?』
「琴葉か……。ちょっとウチにこい」
『は?なんでよ。今日は一日勉強するって決めたの。たまには勉強しとかないといけないしね』
「そうか……。なら、絶対に家を出るなよ、絶対にだ」
『だから、なーんでアンタに決められなきゃならないのよ。殺すわよ』
簡単に殺すとか言うな。怖いだろ。
「頼む」
琴葉が黙り込んだ。そして、態度を改めた。
『アンタがそこまで言うって事は、なんかあるのね。分かったわ、そっち行く』
そう言い残して通話を切った。程なくして琴葉が窓から侵入してきた。
「合鍵持ってんだろ、玄関から来いよ」
「いいじゃない、せっかく幼馴染なんだからこれくらいしなきゃ」
琴葉がはにかんだ。非常に不快な笑顔に、聖奈人は死ねと思った。
「で、何よ。話したいことがあるなら、とっとと話しなさい」
「そのことだけど、永海にも聞いて欲しいから一緒に来てくれ」
「永海ちゃん?いるの?」
「あいつならいっつも家にいるぞ。なんかいっつも漫画描いてる」
「へぇ、意外ね。永海ちゃんアクティブだし、そういうのとは無縁だと思ってた」
「十分アクティブだけどな。ある時はインドア、またある時はアウトドアと気分で切り替えてるみたいだ……って、そんなことはどうでもいい」
「永海ー」と大声で永海を呼ぶ。が、リビングにいたようで、突然現れて聖奈人に抱きついた。
「お兄ちゃあん、さっきからなんだか元気ないみたいだけど、どうしたのぉ?」
人差し指で聖奈人の肩をくりくりと円の形にいじくりまわす。
「離れろ」
「お兄ちゃんが元気になるまで離れませーん」
「……十分元気だから離れろ」
「ちぇっ、はーい」
永海が聖奈人から離れた。負荷がなくなって体が軽くなる。
と思ったら、今度は琴葉が聖奈人に抱きついた。
もはや抱きつくなどという生易しい物ではなく、締め付けるという表現が正しい。聖奈人の骨が悲鳴をあげる。
「ぐあああああああああ!」
「わ、私が抱きついてあげてるんだからちょっとは喜びなさいよ!」
「どこに喜ぶ要素があるんだよおおおおおおおお!!というか、なんで抱きつくんだよおおおおおお!!」
「え、それは…………別にいいじゃない」
永海の突拍子のない行動に嫉妬していた自分に気づいた琴葉は、聖奈人から離れた。
「あだだ……何だってんだこの野郎。疲れてるってのになんてことしやがんだ」
「疲れてるって、アンタ何してたのよ」
「……ま、いろいろとな」
「あ!そういえばアンタ、この前の馬鹿のこと話すって言ってたのに、まだ聞いてないじゃない!」




