魔力、汚染
「昔話……?」
「妾が貴様ら人間を消し去り、その醜い姿に変えた事は記憶に新しいだろう?あの時、妾は貴様ら男を一掃して女を使い魔に変えた後で全てを我が手に、と思っていたんだがなぁ、そこの忌々しいクズ共が妾を邪魔したせいでそこで寝ている半端者と貴様のような奴ら諸々を逃してしまったんだよなぁ。そして、隙を突かれて世界中に張られてある魔力フィールドのせいで貴様達に手を出すことが不可能になってしまった」
「……何が言いたい」
「妾は貴様達を徹底的に排除するつもりでいたんだ。これでも妾は几帳面な性格でな、一度やると決めたことは中途半端に終わらすことが許せん。そんな几帳面な妾が一掃すると決めた男をぽつぽつとその辺りに残したまま貴様達への干渉を断たれたとなると、それはもう不愉快極まりない」
「……そうだろうな」
隙だらけだ。鉄パイプで頭でもぶん殴れば即終了、佳凪太を助け出してハッピーエンド!となる。
相手が魔女じゃなければ。
そこで聖奈人は一つの妙案を思いつく。
鉄パイプにありったけの魔力を込めて殴れば、少しのダメージ……逃げるだけの隙は生まれるのではないか、と。
聖奈人は鉄パイプを強く握りしめた。ばれないように少しずつ、少しずつ、魔力を鉄パイプへと流し込む。魔力を初めて使ったのはつい先日のことだったが、これくらいのことは聖奈人にだって出来た。
魔女も銃も気づいている様子はない。当たり前だ。自分の奥深くに封印している魔力から直接流し込んでいるのだ。目に見える回路は愚か、感知できる回路さえも通していない。これは魔力を封印して消費を減らすなどという普通はありえない事をしているしている聖奈人だからこそ通す事が出来る回路だった。
胸がズキズキと痛んだ。魔力が枯渇した証拠だ。次に魔力を使うとなると、寿命を減らして使う事になる。
そんな聖奈人の思惑など露知らず、さぞ気持ちがよさそうに魔女はベラベラと話し続ける。
「南宮ぁ、貴様はこの数年間、妾は何をしてきたと思う?」
「……」
「質問には答えるべきだと思うぞ?この話の次に待っている、貴様達の始末が待ち遠しいというわけではないならなぁ」
「…………見当がつかないだけだよ」
「ククク、ただ怖じ気付いて答えることが出来なかったわけではなかったようだな。もう喋らずともよいぞ」
もしかしてこいつ、俺がここで何も言ってなかったら俺の事を殺してたんじゃあ……。
聖奈人はいざという時に頼りになる自分の口に感謝した。
「あれから数年間、妾は自らの魔法を更に研究し直し、一度出来上がった魔力の抗体を跳ね除ける魔法を完成させた。当時はこの世に残っている男はそこの半端者ただ一人と思っていたから、その魔法を使えば以前の妾の目的は完成される訳だ。もっとも、貴様を殺すというもう一つの目的が出来たがな」
「魔法を完成させた妾が次に為すべき事は、魔力フィールド内への侵入だ。だが、妾は魔力フィールドに干渉する事ができん。あれだせはどうやっても解析することができなかった」
「当たり前だ。あれを作るときには私達でも何が何だかわからなくなるくらいに色んなことをして作ったんだからね」
それまで黙っていた銃が口を挟んだ。
「あっはっはぁ。あの時はかなり虫酸が走ったなぁ。貴様達がフィールドを張らなかった街の廃墟を全て消し炭に変えてしまった程度にはなぁ」
魔女がその小さな体をプルプルと震わせ、自分の体を自分で抱いた。口からは甘い吐息が漏れている。
趣味が悪い……。
そんなことを思ったが、相手は魔女だ。そもそも人間の趣味がどうこうの相手ではない。
「話が逸れたな」
魔女は話を元の軌道に戻した。
だが、どうやら興奮は抑えられなかったらしく、自分の胸を指で伝い始めた。可愛らしくもいやらしい喘ぎ声が廃工場に反響して響く。
「ふふ……。もうそろそろ昔話からほぼ現在の話に変わるか?……フィールド内に侵入できない妾はまず、魔力フィールド内に侵入する為の協力者を探した。だが、そんな都合の良い者が現れる筈もあるまい?そこで妾は一つのことを思いついた」
「一つの……こと?」
胸を伝う指は次第に体躯全体へと移り変わっていく。
「ああ。魔力フィールド内に侵入出来ないなら、魔力フィールドを消してしまえばいい。そこでだ。根性試しか何かで魔力フィールド外に出てきた間抜けな人間を捉え、それを餌にそこの愚図をおびき寄せた。そして、隙をついて捕らえて、拘束して……あひひひひひひひ」
足をガクガクと震わせて棒立ちの刃乃へと近づく。刃乃の目の前に立ち、魔女と同じく、スレンダーな体型の刃乃の胸を片手で弄ぶ。そして後ろに回り込み、 刃乃のいたるところを撫でまわる。
魔女はニタァ、と目を細めてこれ以上ないというくらいにいやらしく笑った。艶らしく笑った先程のいやらしさではなく、単純に嫌なものだけが残る笑いだった。
「拘束した後は確か腹を三発くらい殴ったっけなぁ。そうしたら急に大人しくなってなぁ。けど、従順にはならなかったから水に沈めたら、生意気にも『何でこんなことをするの』なんて聞いてきやがったから、次は両手両足の骨に達するか達さないかくらいまでに肉を少しずつ削いで、両の二の腕と太ももの一部を骨が見えるまでにしたら、やっと大人しくなったのだ。やれやれ、大人しくならないから困ったものだったよ、あっはっはっ……あはぁ、思い出すだけでぞくぞくしてきたぁ……。さっすが、魔法少女だけあって、回復が早いのなんの。だから思い存分切り刻めて愉快愉快」
「てっ……めぇ……!」
刃乃は魔女の傀儡となっていた。
そして、聖奈人がこの間から見ていた闇の夢の理由、それはこのことを指していたのだ。
いつもその夢を見ると悪いことが起きるというが、今回は最悪だった。
探していた者との出会いがこんな形だったなんて。
聖奈人が激昂する。噛みしめる歯からはギリギリと万力のような音が漏れ、真っ赤な鮮血が滴る。
「一週間くらい、ナイフを腹に刺したまま放置したこともあったっけなぁ、あぁ、楽しくて仕方がない」
クルクルとその場でステップを踏み、回り始めた。普段ならば見とれていたろうが、今は怒りでそんなものは目に映らない。映るのは、聖奈人の感情を逆なでる行為だけだった。
「それでぇ、洗脳するために暫く暗闇の中に放置したんだけどぉ、あはっ、意外と精神強くてぇ、イライラしたからちょっと怒っちゃってぇ、魔法であいつの意識を奥底までに封じこんで、あたしの都合の良い性格を植え付けたら、もう今までのが嘘みたいで…… ククククク……くひひひひひひひ!!この女は魔法で洗脳されてあたしの忠実な下僕になったんだよ!あっはっはっはっはははははは!!」
にやけ顔で舌をべぇ、と出す。顔が紅潮していて、興奮が抑えられていない。
聖奈人の顔がみるみる修羅へと変わっていく。
そして、ついに我慢の限界が訪れた。
「てっめええええええええええええええ!」
「聖奈人君!」
銃が制止するも、そんなことで止まることが出来るほど、聖奈人は落ち着いていられなかった。
ありったけの力を込めて鉄パイプで魔女の脳天を殴打した。ガイン、と鈍い音が響く。
当初の計画であった隙を突くという作戦を忘れて、隙を突くもクソもないタイミングで殴りかかったので、てっきり避けられるものかと思っていたが、無事に当たってくれたようだ。
しかし、こんなもので怒りは収まらない。刃乃が、命の恩人があんな目にあったのだ、収まるはずも無い。
二撃目を放とうと再び振りかぶり、勢いよく鉄パイプを振り下ろした。
これまた鈍い金属音が耳を突く。
魔女は何故か動こうとしない。二撃目ならば避けることも可能だった筈だが。
聖奈人のそんな疑問は次の瞬間に理解することとなった。
「満足かぁ?あははぁ、全っ然効きませええええん!」
ニタァ、とこびりつくような笑みを聖奈人に向ける。
その笑顔には、こんな攻撃避けるまでもない、という物が含まれていた。聖奈人もそれを感じ取る。
「聖奈人君、逃げるんだ!」
聖奈人はすぐに背中を向けて一目散に逃げ出した。銃に言われたからではなく、自分の直感がそう告げたからだ。
「刃乃ぉ、あいつらを殺してこい」
そう言われると、刃乃は無言で頷き、超スピードで聖奈人達を追いかけた。人間である聖奈人と銃の鈍足など歯牙にもかけずに一瞬で追いつく。
「……刃乃っ!」
「くっ!」
聖奈人は刃乃の名を呼ぶが、答える筈もない。先日よりも反応が薄いところを見ると、どうやら魔法の洗脳が更に強くなっているようだった。
銃が指輪をだし、続いてどこからかあまり現実では見ないような銃マスケットを取り出した。魔法だ。
ジャキ、と重々しい機械音を立てて銃を刃乃へと向けた。
変身にはタイムラグが生じる。なので、緊迫した状況下では変身するということは、相手に隙を与えることと同義だ。それ即ち、死を意味する。
即席の魔法でできた銃に威力は期待出来ないが、ないよりかはマシだ。
「……引いてくれ。殺したくない」
銃が刃乃に脅しをかけた。が、もちろん止まる気配はない。
刃乃は手に持っている魔法のステッキを変形させた。
握り部分に値するところは鞘になっており、そこから一点の曇りもない刀を引き抜いた。
「……魔法少女が刀使うのかよ」
「言っただろう、根本的に違うって」
冷や汗をかきながら自分を落ちつかせようと、先ほど話していたネタで心を落ち着かせようとする。
そんなことをしているうちに、刃乃が刀を聖奈人達めがけて構えた。本気で殺しにきている。
「……仕方が」
銃が引き金に指をかけた瞬間、刀で弾かれる。
「あっ……」
「……」
そのまま表情の一つも変えずに、刃乃は刀を振り下ろした。
もうダメだ、そう思った。
だが、刃は聖奈人と銃を斬り裂かず、あろうことか、地面に割れ目を作っていた。
一体何事だ。
そう思ったとき、今まで聞いたことのないようなトーンで刃乃が話し始めた。
「逃げ……て……」
……顔を見ると涙を流している。
洗脳されながらも、ここぞというときになんとか自分の意識を取り戻りたのだ。だが、それも長くは保たないということを銃は理解していた。
「聖奈人君!行くよ!」
「〜!くそッ!」
聖奈人は一時は動きを止めてしまったものの、刃乃の行動を無駄にしない為にも逃げ出した。後ろを一度も振り返らずに。
しばらく走り続け、二人は廃工場から脱出した。
ここでやっと振り返り、追っ手を確認する。
「……来ていないみたいだね」
「……」
「聖奈人君、対策を練ろう。このまま引き下がれない」
「……ああ」
拳をグッと握った。聖奈人の心は正義感と怒りで燃えていた。
「とりあえず、家に戻ろう。後、身近な人にはこの事を話しておいてくれ。魔女が魔力フィールド内に侵入しているだなんて、外をふらつくことすら危ない」
「ああ」
「一度休憩しよう。六時間後に君の家に行くよ。それまでに、仮眠でもなんでもしてくれ」
「ああ」
「それじゃあね、また後で」
「……ああ」
二人は別々の道を使って帰った。
今は二人とも一人になりたかったのだ。
雨は一層強さを増し、雷雨となっていた。
この絶望的な状況に似つかわしい、最低の天気だ。
「貴っ様ぁ……」
魔女は指先に魔力を集中させ、それを弾丸として放った。
目標は刃乃である。
「……」
弾丸は刃乃の肩を貫いた。が、感情を封じ込められている刃乃の反応は一切ない。
「ここぞという時に洗脳が解除されるとは……。もっと強固な物へとしておくか」
刃乃を佳凪太の隣に寝かせ、魔方陣で板挟みにした。
これによって、もう刃乃の洗脳が解けることは未来永劫なくなった。ただ一つの方法……、魔女の魔力を直接打ち消すことのできる刃乃の持つ浄化の魔力を除いて。
だが、浄化能力を超えた、魔女の魔力の浸食によって、刃乃の浄化魔力はなくなってしまった。
魔女はそのことを思い出し、高らかに笑い出した。
もう妾を止めることが出来る者は、いない。




