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四月八日の話Ⅲ

 時刻は十七時を過ぎ、日に陰りが出てきた。

 ゲームセンターを出てからは遊び尽くし、財布も軽くなってきたのでそろそろ解散というムードになっている。

「じゃあ、そろそろ帰るか」

「そうだね。それじゃ、また明日」

「じゃあね。気をつけて帰りなさいよ」

 琴葉がどこか危なっかしい佳凪太を心配する。

「大丈夫だよっ!」

 手を振りながら少し後ろ走りをした後、前に振り返って走り出した。

 小柄で愛らしい姿はやがて見えなくなり、名残惜しいものの、聖奈人と琴葉も帰宅ルートに入る。

 行きも一緒なら帰りも一緒。

 会話は特に無いが、幼稚園の時からずっと一緒に時を過ごしてきた二人は何も喋らなくても心地よい。

 二人並んで道を歩いていると、なんだか恋人にでもなったかのような気分になり、琴葉の方をふと見るが、妙なオーラを放ち、夕日も相まっていつもより多く影が出来ていて怖く見える琴葉を見て「それはないな」と呟く。

「なによそれはないなって」

「なんもねーよ別に」

「なんかあるからないって言ったんでしょ……ってなんか混乱してきたわ」

「奇遇だな、俺もだ」

 雲をつかまされたような気分になり、再び押し黙る。

 別に気分が悪くなったわけではなく、これ以上何も話さなくてもお互いの言いたいことは理解できるので話さなくなっただけなのである。

 しかしだ。

『ない』と言ったとはいえ、女の子と二人きりで夕日の中下校。

 そんなシチュエーションにドキドキしない男がいるだろうか。

 いいや、いないだろう。

 しかも、その辺のゴリラ共ならいざ知らず、聖奈人は幼い頃の、こうなる前の琴葉を知っている。

 目を閉じれば今でも、可愛らしい姿が思い出される。

 聖奈人の心中は何かが爆発しそうで、もういっぱいいっぱいだった。

 それは琴葉も同じで、胸が高まり、鼓動が早くなり、頬は赤く染まる。

 体は熱くなるし頭はぽーっとしてはっきりとしない。

 二人が黙ったのはこういうこともあったのだ。

 聖奈人はできるならばこの時間がずっと続けばいいと思ったが、歩む足は着実に家へと近づき、前に進むたびに琴葉といる時間は減っていく。

 そうすれば、次の日までまた琴葉を想って一晩を過ごし、そして朝になればこの気持ちは忘れ、そしていつも通り登校し、下校するときにまた同じ気持ちになる。

 いい加減この気持ちにケリをつけよう。

 聖奈人はそう思い立ち、一念発起、琴葉に声をかける。

「琴葉」

「ん……。なに?」

 ぼーっとしていたらしく、少し反応が遅れて返事をする。

 二人とも歩む足を止め、住宅街の誰もいない道の真ん中で立ち止まった。

 時間がゆっくりと流れるように感じ、この世界には自分達しかいないような、そんな奇妙な感覚に襲われる。

「ねぇ、どうしたのよ。何かあるんじゃないの?」

 聖奈人は自分が気づかないうちに惚けていた事実に気づき、慌てて首を振って言いたいことを頭で纏めてから改めて琴葉を見つめる。

「な、なによ。言いたいことがあるならさっさと言いなさいよね」

 焦れったくなったのか、琴葉が急かす。

「琴葉。俺は……」

 そこまで言ったところで頭に何かがよぎる。

 聖奈人の頭をよぎったのは、とある女の子の姿、声、その情景。

『私の名前は……。えっとね……魔法少女だよ!』

『魔法……少女?き、聞いてるのは名前なんだけど……』

『ほらー、魔法少女って正体を隠すものでしょー?正体を知られるのは物語が後半に入ってからじゃないとね!』

『な、なにそれ』

『つまりぃ、……おっと、そろそろ行かないと。それじゃ、バイバーイ!』

 ……嵐の様に去っていった、結局名前も知らないまま行方不明になった少女の声が嫌に頭の中で木霊する。

 何故今、その声が……。

 聖奈人はこれから言おうと思っていた言葉を実際に口に出すのをいつのまにか躊躇していた。

「悪い、なんでもない」

 思っていた言葉とは違う言葉が口をつき、一人で先に歩き出す。

 一度躊躇してしまえば、もう駄目だ。

 それから先を口にする事は出来ない。

「何よそれ……」

 琴葉は呆然と立ち尽くし、聖奈人に聞こえないような声で呟いた。

 聖奈人がどんどん先に歩いていく。

 しかし、琴葉はそれをただ見つめるだけ。

 琴葉は期待していた言葉を聞くことは出来ず、ただ一人で涙を拭った。

 頬を伝った涙をすぐに拭い、泣いていたことがバレないようにして聖奈人を追いかけようと一歩進んだ。

 その時だった。

 琴葉の制服に切れ目が入った。

「えっ……」

 突然の事態に驚きを隠せず、狼狽える。その一瞬怯んだその隙に無数の剣が道を塞ぎ、更にはアスファルトに制服ごと剣が突き刺さり、身動きがとれなくなった。

「ちょ……何よこれ!」

 先ほどまでセンチメンタルな気分になっていたことなどすっかり忘れ、ただ今のこの状況に困惑する。

「こんにちはでした」

 琴葉の体の自由を奪った主の声は、この世に聖奈人以外居ないはずの男だった。

 しかも、なんだか生気を感じられない。

「ア、アンタ誰よ……」

「こんにちはでした。そしてこんばんは」

「……?何言ってるのよ」

 男の目は虚ろで、言葉使いとおかしい。正直に言って気持ち悪い。

 琴葉はどうにか剣を外そうとするが、自由に動くだけのスペースがない。さらには、剣は道路に深々と刺さっていて、琴葉の巨体をもっても抜くことも出来そうにない。

 男は剣をどこからか出した。手品か何かだろうか。

出した剣をガラガラと音を立てて引きずりながら琴葉に近づいてくる。これから何をされるかは一目瞭然だ。

「ちょ……」

「ありがとうございましたです」

 どうやらさようなら、と言いたいみたいだ。だが、それが琴葉に伝わることはない。

 琴葉は訳も分からず、ただ首を傾げた。そして、どうにか出来ないものかと頭をひねった。

 だが、この状況では何も出来る訳がない。琴葉は釈ながらも、大声で彼の名を叫んだ。

「聖奈人!!」

 すると、聖奈人は待ち受けていたかのようなスピードで琴葉の前に姿を現した。

「琴葉!」

 聖奈人は先ほど、悪いことをしたと思い直して引き返して来ている途中だったのだ。

「おい、何してんだお前!」

 男は聖奈人を発見し、錆び付いた機械のようにぎこちなく振り返った。

「俺とお前は友達?」

「は?」

 聖奈人も首を傾げた。要領の悪い聖奈人は、琴葉以上に何が何だかわかっていなかった。

「聖奈人、こいつ、何かおかしいわよ!」

「……みたいだな」

 言葉は通じぬと見た聖奈人は拳を構えた。

 聖奈人は特に格闘技の経験があるわけではないが、見よう見まねで琴葉がいつもやっているように構える。

 以前、身近な人を守れるように、永海や琴葉を守れるようになろうと通信空手をやったことがあるが、そんなことをしなくても十分過ぎるほどに琴葉は強かったので無駄に終わったという過去がある。

 そういう訳で心構えや拳の握りぐらいしかわからない聖奈人に対して、相手は何を考えているかわからない猛獣に近い相手。

 これは琴葉は気づいていないことだが、辺りに刺さっている剣を見て、聖奈人は勘づいていた。相手は魔法を使える。しかも、聖奈人が現在使えないレベルの物さえ。

 敗戦の色は濃かった。

 そんな様子を察してか、琴葉が聖奈人を制止した。

「喧嘩もしたことない癖に粋がってんじゃないわよ!魔法適正もないんでしょ⁉︎逃げなさい!」

 琴葉が聖奈人に逃げるよう促す。

 聖奈人も内心は逃げたくて逃げたくて仕方がなかった。

 でも、琴葉一人置いて逃げるなんてことはできない。

 聖奈人にだって守りたいものはある。

 男が聖奈人に飛びかかってきた。首筋を狙っての狙いすまされた一撃。

 聖奈人はそれをなんとかしゃがんでかわし、顔面に向けてパンチを繰り出した。

 しかし、当たるはずもなく、なんなく受け止められて蹴りを腹部にお見舞いされる。

「かはっ……」

 強烈な一撃に地面に倒れこんだ。だが、ずっと倒れている訳にもいかない。大慌てで男から距離をとった。

「どうも」

 何を言っているかはわからないが、多分こういっているのだろう。

『もう終わりか?』と。

 ゆらゆらと立ち上がり「うるせぇ」と再度構え直す。

 こうしたところで何かが変わるわけではないが、そうやって自分を鼓舞しなければ今にも逃げ出しそうで怖かったのだ。

 相手と対峙することは怖かったが、この場面に逃げ出すことはもっと怖い。

 覚悟を決め、相手を睨みつける。

「はぁ……はぁ……」

 先ほどよりもしっかりと拳を握り、男を見据える。持っている剣は怖いが、それを恐れていてはまともに戦えない。

 聖奈人は恐怖心を捨てた。

 じり、とアスファルトと靴が擦れる音がするほどに踏みしめ、全力で男へと駆け出した。

「うおおおおおおおお!」

 聖奈人が破れかぶれで男へと特攻を仕掛けようとしたが、それは行動する前に終わることとなった。

「ぐぼぇっ!!」

 何故なら、男がはるか遠方に吹き飛んだからだ。

 登校中に聖奈人が吹き飛んだのと同様に。

「えっ?」

 そして、元々男がいた場所にはどこかで見たことがある巨体が。

 聖奈人と琴葉は目をぱちくりとさせ、唖然とする。

 ようやく思考が追いつき、そこにいる巨体の正体が、クラスメイトである刀匁刃乃であることに気づく。

「刀匁……さん?」

 琴葉が刃乃の名前を呼ぶ。

 だが、刃乃はそれに何も答えず去っていった。

 礼を言う暇もなく去ったので、何がなんだかわからず、二人はただお互いの顔を見つめた。

「何だったんだ……?」

「さぁ……」

 さっきまで殺されるか否かの修羅場だったのに、突然それが排除されたので頭が追いつかなかった。

 その後、ようやく落ち着きを取り戻した二人は警察に通報し、釈然とせず、拍子抜けといった様子で自分達の家に帰ったのだった。

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