夕食
「もう少しでできるからな」
テーブルの上に置かれた鍋の蓋越しに聞こえるぐつぐつと具材が煮え立つ音。時刻は午後八時。夕食には少し遅めかという時間である。
先にかちゃかちゃと音を立てて卵をといておき、すき焼きが完成するのを今や遅しと待機。
互いに会話はない。
部屋内に流れている音は、掛け時計の秒針ちっくたっくというものと鍋の沸騰の音のみ。
特に気まずいということもないのだが、見かねた銃がテレビの電源をオンにした。
テレビの画面は聖奈人のあまり知らない有名人のドキュメンタリーが映し出された。
有名人も質問をする側の人間もその辺を歩いている人間も聖奈人から見て一切見た目の判別がつかない。辛うじて髪型や口調、有名人の雰囲気で判断がついている状態だ。
「誰だこいつ」
聖奈人が鍋蓋を開けながら銃に質問した。
「さぁね。番組を変えようか」
質問に対してそう答える。
だが、銃に番組を変えようという意思は見られない。
聖奈人が鍋蓋を置いている間にテレビのリモコンには目もくれず、代わりに器と箸を持ち、奮発して買った高い牛肉をほいほいと器へと放り込んでいた。
聖奈人が気がついた頃には、もうすでに二分の一もの肉が銃の物となっており、負けじと聖奈人も肉のみをターゲットに絞る。
「銃ぅ。昼あんだけフラフラだったんだし、食べやすい豆腐とかを食べておけばいいんじゃないのかなぁ?」
「何を言っているかさっぱりだなぁ。そういうことだからこそ体力をつけないといけないのに」
両者に火花が散る。その間にも箸は休めない。
肉という肉を取り尽くし、遂に最後の一枚となる。
銃が怒涛の勢いで肉へと箸を伸ばす。
それに一歩遅れたものの、聖奈人も銃を上回るスピードで肉を掴み取る。
しかし、聖奈人が掴んだと同時に銃の箸も肉をしっかりと挟んでいた。
「銃ちゃあん?合わせ箸は行儀が悪いぜ?」
「巨大なブーメランがそのお粗末な頭に突き刺さってるよ?いや、突き刺さってるからお粗末なのかな?」
ここぞとばかりに聖奈人の人格さえにも攻撃を始める。
「そこまでいわれるほど馬鹿じゃねーよ!……というか、俺の口についた箸に肉が触れてんのによく食う気になるな」
もちろん嘘である。まだ聖奈人は箸を口につけていない。
だが、こう言えば銃は恥ずかしがって箸を離すに違いないと聖奈人は踏んだのだ。
しかし、聖奈人の予想と違った様子で銃は俯き、しかし箸にいれる力を緩めずに恥ずかしがり始めた。
「……君のだから食べたいんじゃないか……」
その反応に聖奈人は途端に胸の高まりを感じた。
「えっ……」
言葉に詰まり、それより先は出てこなかった。
自然に右手の力が緩まる。
その瞬間を狙いすましたかのように眼光がきらりと光った。
「何信じ込んでんだバーーーーカ!!」
そう叫んで聖奈人から肉を奪い取り、二度と聖奈人の手に渡らぬようすぐさま口に放り込んだ。
「て、てめぇ……」
「あー、おいしい。やはりお高いお肉はお別格だね」
頰に手のひらを当てて味わっているのを演出。それは聖奈人への煽りとして絶大な効果を発揮した。
眉間に小皺を寄せ、今にも爆発せんと言わんばかりに肩をぷるぷると振るわせて。
「太るぞ」
苦し紛れに放った言葉がそれだった。
だが銃はものともせず、平然とした顔で答える。
「ふふ、現代の女の子にそんな言葉通用しないよ。なんたって私達の体を構成しているものは殆ど筋肉だからね」
「それ以上筋肉達磨になってもいいのかよ」
「別に?この体は魔法によって構成された仮初めの体だからね。こんな筋肉達磨の体になっても……元の体がどうなっているかわからなくとも、元の体は魔女のあの大魔法の時から変わっていない、保存されたままだから大丈夫さ」
「それはお前の考え方ってだけであって真実は違うかも知らないぞ」




