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菜種佳凪太、失踪

 「ん……」

 佳凪太は目を覚ました。

 時計をみると、時刻は午後八時。昼寝にしては随分と長い間寝ていたようだ。

「はふぅ……」

 一息ついてベッドから降りる。

 夕食の時間はとっくに過ぎている。

 何故誰も起こしてくれなかったのだろうか。

 佳凪太は頭上にクエッションマークを浮かべた。

 佳凪太の家にはメイドが十数人いるはずだが、そのうち一人も起こしにこないというのは不思議で仕方がなかった。

 佳凪太は自室から出た。夕食の時間が過ぎているとはいえ、厨房かどこかに行けば何か食べるものがあるだろうと思ったのだ。

 重い瞼を擦りながら、先ほど駆け回った廊下をゆっくりゆっくり歩く。

 ……?

 佳凪太は重ねて頭上にクエッションマークを浮かべた。あまりにも静かすぎるのだ。家の中に誰もいないかのように。

 背中まで伸びた長い黒髪を両手でかき上げ、ふわりと流す。

 そろそろ切り時かな。

 前髪をつまみ、ピンとはねた。そして、腕に巻いていた白いリボンで髪を括ってポニーテールにする。

 昔から髪は長かったので、こんなことはお手の物だ。

 ついさっき髪の切り時かと思ったものの、髪を括ったりしたときにはついつい名残惜しくなってしまう。

 その後、聖奈人は髪が長い方か短い方がどちらが好きなのだろうか。佳凪太はそんなことを考え出した。

 佳凪太自身はこの長い髪を気に入っているが、聖奈人が短い方が好みだというならバッサリといくつもりでいる。

「みなくんの事だから、多分明日あたりにわたしの家にくるだろうし、明日どっちが好きか聞いてみよっと」

 小躍り、というより美しいステップを踏みながら長い廊下を進む。その姿はさながらバックに清らかな音楽が流れているかのよう。

 普通に歩いた方が早いが、それでもよかった。

 月下、静穏な館の中。その昔何処かで見た舞踊を頭に思い出し、思い描きながら艶やかに舞う……つもりだったが、途端にバランスを崩して前のめりに転げてしまった。

「むぅ……」

 運動は得意ではないのに無理をするからだ。心の中で自分に毒づく。

 やがて身を起こし、今度は普通に歩いて厨房へと向かい始めた。

 普通に歩けばすぐに厨房についた。

 始めからこうすれば良かったなんてことは頭の片隅に追いやる。

 厨房を覗き込む。しかし、誰もいない。この時間ならまだ、食器の片付けをしているような筈だが。

 続いて佳凪太は玄関へと向かった。靴がないなら何処かに出かけたということで納得がいくと思ったからだ。

 何か漠然とした不安が佳凪太の心に押し寄せ、自然に歩む足が早まる。

 玄関に到着。たくさんの靴がある。

 次に母親の寝室。誰もいない。

 メイド達の泊まり込みの部屋。誰もいない。

 浴室。誰もいない。

 佳凪太は家中を駆け巡る。昼のような軽やかな気持ちは一切なく、ただ一抹の拭いきれない不安を胸に抱いて。

 最後に向かったのは家族が集まる部屋。利用するのはもはや佳凪太とその母親と妹だけになったが、他の部屋と比べて多少狭いものの昔は家族五人で楽しく過ごした部屋だ。

 そんな思い出に浸る間もなく勢いよく扉を開けた。

 まず目に入ったのは、倒れている母親の姿。その次は家庭教師にメイド。最後に目に入ったのは、刀匁刃乃の姿。

「刃乃……ちゃん?」

 ゆっくりと刃乃が佳凪太の方を向いた。

 佳凪太は背中に恐ろしく寒いものを感じ、急いで扉を閉める。そして、全力で家の外へと急いだ。

「何が……!」

 曲がり角に差し掛かり、曲がるときに体勢を崩してよろめくも、転げることはせずにそのまま走り続けた。

 が、曲がる角の先には刃乃が待ち伏せていた。

「な、なんで……」

 刃乃はその問いに答えることはせず、表情も変えない。

 そして、その巨体で佳凪太の頭部に全体重を乗せた回し蹴りを食らわせた。

「あっ……」

 元々体の強い方ではない佳凪太がそんな攻撃を食らえばひとたまりもない。一瞬で卒倒した。

 刃乃は佳凪太の軽い体をひょいと担ぎ、窓ガラスを豪快に破壊して屋外へと飛び出す。その表情にはなんの感情も読み取れない。

 そして、佳凪太を担いだまま刃乃は何処かへと消え去っていってしまった。





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