菜種佳凪太
午後三時頃、菜種佳凪太は家にて学問に励んでいた。
ただ、学問と言っても、普通の高校生が学ぶような国語や数学といったものではなく、心理学や帝王学といった一般とは離れたものだ。
佳凪太は古い名家の息子で、将来家督を継ぐことが決まっている。
幼少期の頃は兄がいたのでのびのびと、佳凪太の好きなように生きていたのだが、魔女の実行した魔法の影響で兄と父が消えてしまい、佳凪太と妹の二人が残ったのだ。
そして男である佳凪太が仕方なく家督を継ぐことになったのだ。
兄は目立つことが好きで家督を継ぐといったことを率先してやりたがり、佳凪太はそういうことはあまりやりたがらなかったので噛み合わせもよく、相続争いといったドロドロとしたものはなかった。
佳凪太の母親としてはなんとか兄に帰ってきてほしく、早く佳凪太をしがらみから解放してやりたい気持ちでいっぱいだが、昔から続いている家を潰すわけにもいかず、仕方なく佳凪太に急ピッチで上に立つ者の志や立ち振る舞いを叩き込んでいる。
お陰で門限は六時までになったり、塾やお茶の稽古などで忙しくなってしまったりで休まる日がないと聖奈人と琴葉に愚痴をこぼしたこともある。
今まで自由に育った分強制されるのには慣れていなかったので最初は逃げ出したりということもあったが現在は幾分慣れ、一応真面目に取り組んでいるわけではある。
この間のようなごくたまにある休みは聖奈人や琴葉と共に過ごすことが多い。
聖奈人と琴葉と過ごす時間は佳凪太にとって至福の時間なのだ。特に聖奈人と過ごすのが。
そのために、次に来たる休日のために今はやれるだけやって、その日になんの心残りもなく聖奈人と過ごせるように努力と最善を尽くす。
今日も今日とて母親と数人の家庭教師のもとで指示を仰ぐ。
「佳凪太様、今日はここまでにしておきましょう」
「ん、はぁい。はぁ、疲れたよぉ」
佳凪太が女より女らしい声を出してペンを投げ出す。疲れたといいつつも軽快な動きで椅子から立ち上がる。そしてその場でくるりとターン、それからそのまま自らの部屋目掛けて広い家の中を走り出す。
「ふふっ」
家庭教師の一人が思わず笑みを漏らした。
いつかはしっかりして、男らしくなってもらわなければならないことはわかっているのだが、その幼さと可愛らしさに愛着を持たずにはいられない。聖奈人が佳凪太に向ける愛情もそういう類いのものでだ。
もっとも、佳凪太から聖奈人へと向ける愛情は別なのだが。
合計百メートルほど長い廊下を駆け回り、佳凪太は自分の部屋にたどり着く。
元から大きいのだが、小さな佳凪太と対比してより一層大きく見える扉を勢いよく押し開け、とてて、と軽い足音を部屋内に響かせ、これまた大きなベッドへとダイブ。
枕に顔面を埋め、数秒間そのままの状態でいる。
やがて「ぷはぁっ」と枕から顔を離し、ごろりと天井を見上げた。
天井には聖奈人の写真が数十枚単位で貼られている。
またごろりと、今度はうつ伏せになり、幾つかのデザインとして開けられた穴があるベッドのヘッドボードの方を向く。
その間から壁を覗くと、これまた数十枚、それどころか数百枚単位で貼られている聖奈人の数々の写真。その中にはこの間、佳凪太がファミリーレストランで撮った写真も混ざっていた。
次に佳凪太は甘い吐息を漏らしながらベッドの上に置かれてある抱き枕を抱きしめた。その抱き枕には聖奈人の写真がプリントされている。
「くふ、ふふふふふふふ……」
佳凪太は笑った。しかし、それはいつも聖奈人や琴葉に見せているような純粋な笑みではない。いや、純粋ではあるのだが、純粋な歪んだ愛から出た笑み。
「今日、みなくんと話せなかったなぁ……。銃ちゃんにつきっきりだったしね。銃ちゃん、羨ましいなぁ」
抱き枕聖奈人の頬にあたる部分をぐい、と捻る。
「ライバル多くなってきちゃったなぁ。琴葉ちゃんに銃ちゃん。刃乃ちゃんは……大丈夫かな、まだ。もう、みなくんったら。あんまり他の子と仲良くならないでよね」
佳凪太は小さく溜息をついた。
そして「度が過ぎると、許さないんだから」と誰に言うでもなくそう言い放ち、ギロリ、と聖奈人がプリントされた抱き枕、抱き聖奈人を睨む。
しばらく睨みつけていたが、やがてふっ、と目線を緩めて再度力強く、抱き聖奈人を抱きしめた。
「ふふ……」
頬を赤く染め、目を細めて笑う。その笑みには邪なものはなかった。
やがてそのまま眠りにつく。すぅすぅと可愛らしい寝息を立てて。




