ホモっ気
そしてコーヒーの準備を終え、男の目の前の机に置く。
「砂糖は好きにしてくれ」
「いらねーよんなもん」
何も投入せずにコーヒーを啜り出した。
しかし……やはりというべきか、苦さで吹き出し、恥ずかしそうに砂糖を大量に投下する。
一呼吸置いた後、聖奈人が口を開いた。
「名前聞いてなかったな。教えてくれ」
「柊。柊緋那だ」
「南宮聖奈人。お互い、いままで生き残れたことを祝して」
ぱん、と小気味のいい音を立ててハイタッチ。その後コーヒーで乾杯をした。
そして、お互いの手をしっかりと握る。
「緋那。お前はどの色の魔法少女に助けられた?」
聖奈人には聞かずともわかっていた。昨日の魔法の形状、そして、緋那が生き残っている理由が。
「俺はオレンジと黄色だ。そっちはどうなんだよ」
やはりというべきか、緋那も隠すことなく言い切った。緋那も聖奈人と同じく、魔法少女に助けられた者だったのだ。
「黒と銀だな。というか、魔法少女って何色がいたっけか」
「しらねーよ。つか、俺はオレンジと黄色のしか見たことねぇ」
「同じく。魔法少女って言っても、その存在が確認されてるだけで、どこで何をしているかもわかんねーし、何人いるかもわからん。ただ、二人以上いることはわかったけどな」
「黒と銀の魔法少女に、オレンジと黄色の魔法少女、か」
「この街を守ってんのはどっちだろうな」
「その二人以外って可能性もあるだろうが。あー、もうわかんねぇな。なにしろ、一切姿を見せねーんだから」
魔法少女は街に結界を張り、魔女が侵入せぬよう守っている。
魔女によって壊滅してしまった街は魔力で汚染され、原因である魔女が消滅すること以外で復興の余地はないものの、なんとか壊滅せずにすんだ町を対象に魔法少女の魔力を使った魔力フィールドを張ってなんとか凌いでいる。
ちなみに、一歩結界外へ踏み出せば何が起こるかわかったものではない。
魔女に連れ去られるか、魔女に殺されるか。
真実は定かではないが、一つ分かることは、その結界の中にいれば魔女は手を出せないということだ。
聖奈人と緋那が助けられたあの日の後魔女が撤退し、それっきり一切魔女が人類に手を出さないのは、結界のお陰である。
昨日の朝のように時々外から壊滅した街の魔力に当てられて正気を失った動物や、ゴミの塊が命を持ったり、機械が誤作動を起こしたりして街の中に突っ込んでくることがある。それが所謂、悪性の何か、である。それを知らず知らずのうちに魔法少女が排除している。
昨日侵入してきた何かも、もうそろそろ駆除されてもおかしくない頃だとは思うのだが、珍しく魔法少女が手こずっているのだろうか。
まだ駆除されたという情報は聞かない。
一度会話が途切れ、聖奈人が少し冷めたコーヒーを啜り、コップを置いてから更に話を再開した。
聖奈人にとってはそれが本題だ。
「緋那、俺は俺を助けてくれた魔法少女に会いたいと思う。お前はどうだ?」
「別になんとも思ってねぇな。ガキの頃はそんなこと思ってたような気がしないでもないけどよ」
「そうか……。なぁ、出来たらでいいからさ、一緒に魔法少女を探すのを手伝ってくれないか?」
「魔法少女をか?んなもん、見つからないに決まってんだろうが」
緋那は聖奈人の申し入れを断った。
だが、聖奈人は続けた。
「……っていうのは名目だ。魔法少女を探すという目的を持っていれば自ずと仲良くなれる。俺はいざという時の為にお前と交友関係を持っていたい。お前に何かあったときは俺が駆けつけて、俺に何かあったときはお前が駆けつける。みたいなさ。ま、そんなことはないとは思うけどさ」
別に会いたいわけではない、というのがちょっと悔しかったので、魔法少女を捜索するのが名目だという若干の嘘を交えながらそう話した。
緋那は少し考えた。しかし、それまでの考えを変える気はないようで、すぐに答えた。
「同類に会えたのは嬉しいけどよ、それは別に馴れ合いはするってことじゃねえよ」
「なら、不可侵条約、ということだけでも頼む」
「……それぐらいなら」
「決まりだ」
お互いの拳をこつん、とぶつけて契約完了とする。
「それじゃ、俺は家に帰る」
「あ、ちょっと待て。連絡先交換してくれ。ほら、紙とペン」
紙とペンを渡し、連絡先を交換することを催促。
「は?……ちっ、ほらよ」
緋那は渋々ながら二つをうけとり、聖奈人に投げ返す。
「サンキュー。で、これは本当の連絡先か?」
「当たり前だろうが」
「テストすんぞ?」
「……クソッ」
してやられた緋那は本当の連絡先を荒っぽく書きなぐり、聖奈人に渡す。
聖奈人はその場でテストし、本物であることを確認。
「ありがとな。それじゃあ、気をつけてな」
「うるせぇ」
「……っと。あともう一つだけ」
聖奈人が緋那を引き止める。
「ああ?まだなんかあんのかよ!」
緋那は半分怒ったという風に乱暴に振り返った。
「なんで俺たちを襲ったんだ?一応聞いとかないと琴葉にボコられるからな」
「怒られるじゃなくてか」
「ボコられるだ」
「……お前も可哀想なやつなんだな。……魔力フィールドの外に出て……気づいたら暴走してた。それだけだ」
「アホか。というか、もしかして魔力フィールド内に侵入した奴ってお前じゃねーのか?」
「それはねぇな。俺は駆除されてないし、元にも戻ってる。それだったらいつの間にか魔法少女がどっかのマスコミかなんかに情報を伝えて報道されてるはずだ」
「それもそうか」
なんやかんやで魔力フィールド内に侵入した何かを倒せば、魔法少女がどこからかは知らないが倒した、とマスコミに報告し、そういう報道をするように仕向けているらしい。
何かが侵入したときも同じだ。
「それより、なんでそんな馬鹿なことしたんだよ。自殺も同然じゃねーか」
聖奈人が話を元の方向へ戻す。どうしてもこれだけは聞いておかねばならない。
「……話したくない」
「なんでだよ」
「話したくないもんは話したくねぇんだよ。ほら、もういいだろ?」
何か様子がおかしい。緋那は汗をダラダラと流し始めた。
「なんか怪しいな……。言えよ」
「いっ、言わねぇよ!」
緋那が逃げ帰ろうとした。だが、聖奈人は間一髪、緋那の腕を掴んで捕まえた。
そして、奥の手を使う。
聖奈人はスマートフォンを取り出し、操作し始めた。その間も緋那は逃さないようにする。
スマートフォンを耳に当て、喋りだした。内容は緋那にとって悪夢のような物だった。
「あ、琴葉か?それがさぁ、なんかあいつ逃げようとしてんだよなぁ。聞きたいことはまだあるけど、もう十分引き出したからボコボコにしてその辺に捨ててきてくれねーか?」
緋那の顔が一瞬にして青ざめた。先ほどのやりとりの間で琴葉の脅威は十分理解していたのだろう。
「は、話す!話すからあいつだけは勘弁してくれえええええええええ!」
聖奈人はニヤリと笑い、緋那にスマートフォンの画面を見せた。
画面に映っているのは、二次元の小さな女の子だった。
「…………クソ」
騙されたと気づいた緋那はがっくりとうな垂れた。
「言ったよな?話すって」
「……ちくしょう、話してやるよ……」
ようやく諦めた緋那はリビングに戻り、ソファに腰を下ろした。
しかし、よほどの理由があるらしく、しばらく話そうとしない。
結構な時間考え、覚悟を決めたらしく、口だけを開いた。が、開いただけで話そうとしない。
そして何故か顔を赤く染めている。
「あ、あの……だな」
「……?早く言えよ」
「じ、実は……。え……」
「え?」
「え、エロ本を探しに……あそこには昔に放棄されたエロ本が……あるから……」
聖奈人はぽかん、と口を開けた。そして、
ぷるぷる震えだし、しまいには盛大に吹き出した。
「笑うんじゃねーよ!」
「い、いや……別に変な意味で笑ったんじゃないって……」
腹を抱え、涙目になりながらでは、そう言っても説得力はない。
「クソッ、話すんじゃなかった!こんなに笑われるんだったらな!」
「いやいや、俺が笑ったのは、馬鹿にしてるとかそんなんじゃなくて、ただ、俺とまるっきり一緒だから、つい笑ったんだよ」
「一緒……ってどういうことだ?説明しろ」
「そのまんまの意味だよ。俺もさ、一時期荒れてたんだ。女の子はみんなあんなだし、筋肉ダルマの妹は襲いかかってくるし。んで、耐えられなくなった俺もエロ本を求めて河川敷を歩き回ったんだ……」
「お前……」
「……やっぱ俺たち、友達になれないかな?」
「ふん」
そう一蹴すると緋那はソファから立ち上がって玄関に向かい、靴を履いて扉の取っ手に手をかけた。
聖奈人は残念、という風に肩を落とした。
行ってしまう。だが、緋那が嫌という以上、友達にはなれないのだ。
諦めよう。
そう考え、聖奈人は緋那に「気をつけろよ」と声をかけた。「おう」と短く返事。
扉を開き、外の涼しい風が玄関に吹く。
緋那は一歩踏み出し、外に出ようとしたが、数秒その状態で止まり、もう少しで外に出ようかという状態の時に突然振り返った。
「じゃあな……相棒」
頬を赤らめ、恥ずかしそうにそう言って逃げるようにドアを閉める。南宮家には静けさが戻った。
「あ……」
相棒……。
胸がとくん、と大きく鼓動した。
聖奈人は俯きつつ胸に手を当て、自分の心中を確認していた。
胸が熱い。
不覚にもツンデレっぷりにときめいてしまった。
数分間その甘酸っぱい感覚を噛み締めていたが、よくよく考えるとそれがマズイ感情だということを意識し、のたうち回り始めた。
「お、俺はホモだったのか……⁉︎そ、そんなはずは……!!」
ゴロゴロと転げ回り、階段を急いで駆け上がって、食事を取るのも忘れてベッドに飛び込む。
「俺はホモじゃない俺は家にじゃない俺はホモじゃない俺はホモじゃ……ない……」
疲れていたのか、一瞬で眠りだす。
すうすうと寝息を立てているところを見ると、深い眠りに落ちているようだ。
ただし、顔は青ざめ、苦悶の表情を浮かべてはいるが。
翌朝目が覚めると「やっぱないわ」と昨日のときめきを瞬時に否定した。
どうやら、永海があんまりにも騒ぐものなので、変な暗示にかかっていたらしい。




