詰み
「……さて、そろそろ本当に切り替えないとな」
頬をぱん、と叩いて心機一転。
その辺に置いてあるメニュー表を眺め、安くて腹に溜まるものを導き出そうと無い頭で必死に考える。
銃に返す借金である数千円、これで一日を過ごさねばならないのだから、いつも以上に節約しなければならない。
何より、お金を返す時に財布の中身が寂しいとなんだか損をした気分になるので、なるべく浪費は避けたいのだ。
ここまで考えたところで、自分はなんてケチくさい男なんだろうと自分に失望する。と同時に倹約家なのだと自分を誤魔化す。
「うん、これでいいか」
注文するものを決め、言い間違えないよう、噛まないよう脳内でシュミレートしながらレジへと向かう。
「はい、いらっしゃいませ!ご注文をどうぞ!」
元気よく愛想笑いをする店員に面食らう。
「あ、あの……」
「はい?」
「こっ……これとこれ……ください……」
「えっと……あ、はい!店内でお召しあがりですか?」
「うぇっ……!あっ、そうです」
「畏まりました。では、会計は200円となります!」
「はっ、はい」
慌てて財布を取り出す。
焦って手がもたつく。
非常事態でエマージェンシーで大混乱する頭をなんとか働かせ、小銭を探すより千円札を使ったほうがいいとの結論に辿り着き、震える手で札を店員に渡す。
「千円お預かりします。八百円のお返しです。お持ちしますので、お席についてお待ちください」
店員から札を渡され、ギクシャクした足取りで琴葉達の元へと戻る。
後ろからはくすくすと笑う声が聞こえるが、聞こえないふりをする。
というより、聞きたくなかった。
そのまま直行でみんなが待つ席に戻り、先程と同じように机にぐったりと張り付く。
「またお疲れモード?あんたがちょっと心配になってきたわ」
いつもはキツイように聞こえる琴葉の言葉も今は優しく聞こえる。
たとえ琴葉の言った『心配』が皮肉だとしても。
「注文をするだけで何故そんなに疲れるんだ……」
「こいつね、コミュ障だから注文とか上手く出来ないのよ。今度こっそり見に行きましょうよ。面白いわよ?」
「会話が苦手なのはわかっていたけどそこまで酷いとはね……」
「うるせーよ!」
「大丈夫だよみなくん。みなくんにはわたしがついてるからね」
「かなぁ……。やっぱりかながいないと俺、駄目だ」
「ふぇっ?そ、そんな……こんなところでやめてよぉ……。も、もっと人気が無いところで……それなら何してもいいから……」
小声でぶつぶつと呟く。
それが周りの人間に聞こえることはない。
「まぁ、これから直していけばいいさ。私とだって話せたんだ。いけるはずだよ」
頼もしい言葉に心を奪われそうになる。
「姉御って呼んでいいか?」
「却下に決まってるだろう馬鹿」
銃が聖奈人に軽くチョップをする。
チョップされた側の聖奈人は机をガン、と大きな音を鳴らさせて額を打つ。
岩が落ちてきたかのような衝撃に顔を歪める。
ここで今まで黙っていた刃乃がついに沈黙を破った。
「……詰んでる」
そのたった一言に聖奈人の心はへし折られた。
あまりにも喋らないから、実のところ聖奈人は刃乃に多少のシンパシーを感じていたのだ。
同類と思っていた人間からまさかの裏切りに涙を流しかける。
「ま、まぁ大丈夫よ!なんとかなるってば!」
聖奈人が不憫に感じたのか、流石の琴葉もフォローに回る。
「……ははっ」
お待たせしましたの言葉と共に現れた店員が注文した品と札が取り替え るのを虚ろな目で見ながら、なんとかしようという新たな決意を胸に秘めた。




