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第八話 コーヒータイム

 ここは校長室の隣にある教頭室……じゃなかった、フトモモ教の本部。

 この部屋では、ホチキスの未開封替え芯の箱が積み上がり、壁となって空間を占拠。その壁は所々で折れ曲がり、本部はさながら迷路のようになっていた。

 教祖は壁の向こうにいるだろうバラー――高城春樹の通り名――を呼ぶ。

「バラーよ。」

「はい、教祖様。」

 声が右後方から聞こえたので、そちらを振り向きつつコーヒーを口にする。そして、壁の向こうからはカップを置く音が鳴る。

 ただいまコーヒータイム。各々が思い思いの場所で、フトモモの妄想……ではなく瞑想にふける。なかなかに優雅な、お時間だ。いや、やましくイカガワシイ時間にほかならない。

 壁向こうと同じく、カップを置き、教祖は問うた。

「お前は、西條令の何が好きなのだ?」

「フトモモ。」

 質問に重なるかのように、バラーの即答が返る。直後、響き渡る音。

 がちゃん!!ぱりん!!

「あぢいい!!」

 教祖は、そのやかましい状況から光景を想像した。恐らく、質問に対して脳髄的反射でフトモモと答えてしまったバラーが、自身の答えに驚いてソーサーを落としたのだろう、と。まだまだ信心が足らないようだな、意識と無意識がリンクしていないぞ。

 騒音に気付き、ツー――教頭の通り名――も声を上げる。

「どうされました!壁は大丈夫ですか!?」

 心配なのは、そっちかよ!しかも壁言うな!と、教祖は心の中で突っ込む。いや、これこそ信仰だ。ツーにとって、壁即ちホチキスの芯は、おのれの信心を量で示したようなものだ。さすが年の功、ひとあじツーは違うと思い直す。いやいや、味そのものが全く別方向よ?

「ご心配無用です!壁は、全く崩壊していません!」

 バラーはツーを気遣う。

「そう……ですか。安堵致しました。こうも易く意識が乱されるようでは、わたくしめも、まだ信仰の道は途上なのですね。良い試練を与えてくださり、いたみいります。」

 視点を変えれば、ツーの信仰は、かようにも脆いとも言えよう。それこそもし、壁が倒壊したらどうなるのだろうか、と無粋にも教祖は邪推した。

 さて、バラーの心の奥底を実況。西條のフトモモ……が見たい!!でもでもっ!!

「……ぐっはあっ!!」

 しばしのち、バラーの心の叫びは実際に言葉となって発露し響く。教祖はバラーに語り掛ける。

「バラーよ。」

「は、はいいいぃぃぃぃ!!」

 バラーが絶叫している。教祖は続ける。

「お前は正しい。」

「はいぃぃぃぃぃ!?」

 語尾上がりの絶叫がこだまする。

「あ、コーヒーこぼしたローブはツーに渡せ。そして、ツーはしみ抜きと、割れたカップの調達をしておけ。」

「はいぃぃぃぃぃ!?」

 因みに今度の絶叫はツーのものだ。今月のお小遣いもうピンチ!

「調達全てにおいて、お前に掛かっている。だからこその、ツーなのだ。」

「は、はいいいぃぃぃぃ!!」

 これもツーの絶叫的返事。教祖は、調達係だから、ちょうたつー、「つー」なんだよ♪って言ったつもりだが、もちろんツーの脳は別次元に解釈。ああ、ナンバー2の「ツー」だからこそ、縁の下の力持ち的役割を担えるということなのですね、ありがたき幸せ、めでたしめでたし……本当にめでたい奴だった。

「そして、バラーよ。」

「は、はいいいぃぃぃぃ!!」

 バラーが再度絶叫する。これではエンドレスだと思った教祖が踏み入る。

「お前の頭の中を正確に説明しろ。それだけでいい。私は教祖だ。何も隠すことはない。そもそも、私の第七感でお前の心の全てが見通せている。飽くまで、お前の自己認識を確定させるためだ。お前自身が説明すれば、お前自身がその言葉に、自分で納得できる。自分を理解できる。試練と思って、説明しろ。」

 嘘よん。教祖は第七感を知らない。そもそも第七感って、ツーの受け売りだし。でもバラーを開眼させるためには便利なワード。教祖は改めて、ツーを見直した。今日のツーはポイント高いよ?

 バラーは一呼吸置くと、マシンガンのように心情を吐いた。

「もう……止まらないんです!西條のフトモモの想像が妄想が!駄目です、耐えられません!ナマが、見たくて見たくてしょうがないんです!好きなんですっ!西條のフトモモがっ!でも、できません!見れば思考回路が、確実に破壊されます!」

 恐れる必要はない、既に壊滅的に破壊されている。バラーのローブを脱がせていたツーですら、その嘆きを聞いてそう思った。

 全く、フトモモは、みんなのためのものだぞ。独り占めするものじゃない――ツーはそう得心していた。確かに、こいつもまた、思考回路が致命的にイカレていた。

「なぜ、見られないと思うのだ?なぜ破壊されるのだ?」

 教祖が抑揚を抑えて問う。バラーは苦しそうに身を折って絞り出し――ているだろうと、教祖は気ままに想像しながら聞く。

「西條に、本当は、嫌われているんです!彼女は、俺のことが嫌いなんです!!だから、近付けば、脇腹をひじ打ちされて、思考回路が破壊されます!ぐあああぁぁぁっ!!切ねぇぇっ!西條おおぉぉぉぉっ!頼むから、死ぬ前に、一度でもいいから、見せてくれえええぇぇっ!!うあー……ううっ」

 バラーの断末魔が聞こえた。でもまだ死んでいない。教祖はこぼす。

「ほかの女の子に、見放されるわけが分かる。」

「うぅっ……なんですか……それは……」

 だから、おとこ女に好かれたんだな。教祖は納得する。

「女の子を褒めるには、どうしたらいいか分かるか?」

「……いきなり……なんだか分かりません……」

 まだ思考回路が破壊されているようだ。もとい、とうの昔から思考回路が壊れているようだ。ため息をついてから教祖は語る。

「例えば、服装そのものが褒める対象なのではない。外装という意味で化粧も同義だ。その素地たる彼女自身の良さを褒めよ。また、それとは別に、もちろん、その外装を選んだ感性や意識、即ち、内面も褒めるのだ。」

「フトモモの内側……うちもも?」

 駄目だコイツ。教祖は諦めて、極論を言うことにした。

「素直に伝えればいい。相手の目を見て、相手の心に届けて。それだけでいい。西條が好きだと。」

「フトモモが抜けています。西條のフトモモが好きです。」

 バラーが突っ込む。意外に冷静だな、と教祖は感心した。

「いや、それでいい。敢えて、フトモモは言う必要はない。言葉は簡潔なほどよい。」

「……よく分かりませんが、分かりました。」

「私のたわごとは以上だ。参考にでもするがいい。」

 言い終えると、教祖はコーヒーカップを手に取った。

「あの~、教祖様は恥ずかしくないのですか?」

 そこに、バラーがおずおずと言葉を差し挟む。

「なんだ?」

「さきほどおっしゃっていたのは、自分が褒めて欲しいところなのでは……」

「……」

 がちゃん!!ぱりん!!


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