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第六話 命名

 ここ、フトモモ教本部では、まったりとした時間が流れていた。

 新しい信者――高城春樹――は、着慣れないローブをまとって部屋の整理をしている。

 既存の信者――自称ナンバー2――が、ため息をついた。

「やはり、倍増は空腹を招くようです。いっそ、この芯の山を食すれば、少しは治まるのでしょうか。」

「ものは試しだ。やってみろ。」

 若い女性――教祖――が、うそぶいた。

 自称ナンバー2は、教祖からの言い付けを律儀に守り、当初の必要と計算した分量の倍で、日々、ホチキスの芯を買い続けていた。

 しかし、日増しに本部は未開封のホチキスの芯で埋まっていったのだった。どう計算を間違えたのか。でもそんなことはどうでもよいことだ。余りに多過ぎることに気付けば、その時点で調達を調整すればよい。それにもかかわらず、自称ナンバー2は、一心不乱に調達を続けたのだ。

「……」

 自称ナンバー2は、おもむろに芯1000本入りの小箱を手に取ると、その開いた口の中に投げ入れた。

 ぱくっ

「うまいか?」

 呑気に教祖は問う。

「……」

 がりごりっ

 なかなか苛烈な音が厳かな空間に響いた。

 高城は呆気に取られ、その光景を眺めてしまっていた。

 自称ナンバー2は、数回噛み締めたあと、涙した。

「おいしくはありません……食欲の沸くものではないようです。幾分、鉄の味がします。」

「そうか。」

 教祖は興味がないようだった。

「あ、……いや、少し、別の鉄の味が混ざってきました。」

 その声で高城は我に返る。

「違いますよ!それは教頭先生の血の味です!早く、吐き出してください!」

 高城は自称ナンバー2に駆け寄り、口の中の異物をかき出した。

「ごほっ……申し訳ありません。まだここに慣れぬあなたに、こう、介抱されるようでは、わたくしめは一体、これからどう信仰の道を歩めばよいのでしょ……」

「高城。」

 自称ナンバー2のうわごとを無視して、教祖は高城に呼び掛ける。

「はい、なんでしょうか。」

 高城は介抱を続けながら、教祖に振り向いて返事した。けれどもその胸の内には、ある思いが沸いていた。なぜ教祖は、こうも教頭に理不尽な仕打ちを強いるのだろう、と。今回の件も極端に過ぎるのでは感じていた。

 教祖はそんな高城の疑念を察してか、こう諭した。

「お前は、優し過ぎる。これは、試練なのだ。」

「試練、ですか?」

 高城は眉根をひそめるが、教祖は頷きで返す。

「そうだ。こいつは、芯を買い過ぎたがために、自らの食いぶちを細らせた。この意味が分かるか?」

「……意味……」

 高城は困惑した。教祖はなおも続ける。

「これは、何かを取れば何かを失う、という意味だ。こいつは、芯を調達するという信仰の方を取り、代償として食費と食事を失ったのだ。信仰の道とは、まさに、このことなのだ。どちらを取るか、そのたびに、おのれの信心で天秤に掛け、選ぶ。」

「では、なぜ、芯を食すよう促されたのですか?」

 高城は問い返した。すると一瞬の間を置いて、教祖は答える。

「……失ったものは元通りにはならない。そういうことを分からせるためだ。」

 深い。高城は教祖の言葉に感じ入っていた。対して教祖は、多少冷や汗を流していた。そんなの、面白いからに決まっているじゃないか……って。言えないもん、そんなこと。

 教祖は、ぼろが出るのを恐れてか、話題を変えた。

「それとだな、高城。こいつのことは、これからは、『ツー』と呼べ。」

「教頭先生をですか?」

「そう、こいつだ。ここでは、異世界雰囲気を醸すために、呼称を変えよ。また、今後は隠密行動をする際に、こういった呼び名が必要になってくる。今のうちに慣れておけ。信者は対等だ、お互い呼び捨てで構わない。」

 異世界雰囲気、は言わなくてもよかったんじゃないか、と教祖は後悔したがすぐに思い直した。これは大事だ!と。雰囲気重視!あと、ほかは呼び捨てでも私のことは「教祖様」って呼んでね(はあと)

 自称ナンバー2は、血の味を噛み締めながら新しい涙を流していた。わたくしめは、ツー……!遂に、教祖様はナンバー2として、わたくしめをお認めくださったということなのですかっ!……ツー……ツー!

 他称ツーがモールス信号のような心の声を発しているとき、教祖は高城の名を思案していた。

 あいつは調達係だから、ちょうたつー、ってことで、つー。んじゃあ、高城には、何をさせよう。やはりその俊足を活かした搖動部隊か。ようどう、かくらん、うーん、語呂がよろしくないな。おお、そうだ、確か弱点があったな、脇腹だ。じゃあ、わきばらー、ってことで、ばらー。うん、いいぞ。

「そして高城。お前は、『バラー』だ。バラー、そう呼ぶこととする。」

 教祖は高城を命名した。高城はその名を復唱する。

「俺は、バラー……」

「お前はこれから、搖動を担うことになる。特に、足腰の鍛錬を怠るな。」

 高城は搖動の様を想像した。敵陣に切り込み、その群れをばらばらにする。だから、ばらばらー。で、バラーなのかな?まあ、分かり易くていいかも。

 まさか弱点で呼ばれているとはつゆとも気付かぬ高城であったが、教祖の呼び名について、ふと思い沸き、その通称を口にした。

「では教祖様は、素直に、怪盗ホチキスと呼べば宜しいのですか?」

 私は教祖様~なんて思って聞いていた教祖は、そのあとに続いた名称に思わず吹いた。

「だ、誰がそんな呼び方をしてよいと言った!?」

 教祖の慌て様に、高城は戸惑いながら返答する。

「い、いえ、申し訳ありません!もっと、ひねりを利かした名前にすべきですか?」

「そういうことではない!あれは、ツーが勝手に作った俗称だ!私のことは、教祖様でよい!」

 はたでツーはこのやり取りを聞きつつ、自分で「様」言うなとか思ったものの、内心ヤッタネな気分だった。実は初めて教祖がホチキスによるスカートまつりあげを行ったとき、その報告を校長にした際、咄嗟のことで作り出してしまった通称なのだった。

 「怪盗ホチキスなる者が行いました」と。

 その通称を聞いて教祖は憤慨したものの、噂はすぐに広まり、誰もがその名を口にするようになるまでに、そう時間は掛からなかった。

 そして、その名の囁かれるたび、教祖が恥ずかしくなる様を見て、ツーはちょっと仕返しができた気分になるのだ。ヤッタネって。ツーもツーで、やられているばかりではないのだった。


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