第四話 信者獲得
再び、フトモモ教本部。
薄暗いその室内では、若い女性――教祖――が、ちらちらと揺れる火をじっと睨んでいる。
そこへ壮年の男性――自称ナンバー2――が、軽やかな足取りで近付いてきた。
たん。たたん。たたーん。たん♪
厳粛な場にそぐわぬそのステップは、奇異を通り越して、ただのアホウというよりほか表現のしようがない。
教祖は目をすがめるようにして、自称ナンバー2に射抜きの視線を送りつつ問う。
「どうした、小遣いでも増えたか。」
だが、るんるん気分の自称ナンバー2は、動詞しか聞き取れなかったようで、こう答えた。
「いやー、そうなんですよ朗報です!信者が一人増えたんですよ!」
「そうか、では、ホチキスの芯は倍増で調達可能だな。安心しろ、小遣いの用途は私が決めてやる。無駄遣いは社会の損失だ。私なら間違いなく着実に、神と信者を増やすことに投資させてやるから。」
「ははーっ。ありがたき幸せ。信者が増えたんですもん、ホチキスの芯を買う甲斐があったってもんです。幾らでも買って差し上げてみせます!」
「抜かりなくな。」
「はい、承知仕りました。」
話は微妙に噛み合っていなかったが、お互い、最低限必要なことは伝え合えたからなのか一旦、会話は終了した。
教祖は一呼吸置き、何かひらめいたかのように一瞬目を見開くと、おもむろに問い質した。
「して、その信者とやらは、どんな奴なのだ?」
自称ナンバー2は、慢心して答える。
「はい!かなりの逸材と見受けております。わたくしめの第六感が、唸りを上げて、脳幹に刺激を送り続けてくるくらいです。もう、アドレナリンがドーパミングしまくりです。」
「ドーパミング?」
教祖は聞き覚えのない言葉に、つい、おうむ返しをしてしまった。しまったという表情をしたときには、とき既に遅く、自称ナンバー2は焦って語り出していた。もちろん、教祖の困惑を読み、失礼を犯したのだと勘違いした故だ。
「も、申し訳ございません。教祖様ならばご存知と思い、専門学術用語を申し上げてしまいました。神経伝達物質のアドレナリンが、どぱどぱ出ることを、ドーパム、と言います。だから、その進行形はドーパミング、まあ、世間一般にはもう少し原語主義的に、ドーパミンっ、と発音されているようですが。」
「……新たな信者の具体像は?」
語りを無視して教祖は改めて尋ねた。
「信者は一名。かなり若く、今後の成長や活動の広範化が期待できます。」
「その信心は、どの程度のものか、量ったのか。」
「実は、その者は、わたくしめが俗世で給与を稼いでいる職場に、毎日のようにやってくる者でして。」
そうか、生徒か。教祖は納得した。そして、ある程度の目星を付けていた人物と推察し、問いを詰めることとした。
「なるほど。するとお前は、信心の場面を、目撃したということだな。」
「その通りにございます。ある者より一報を受けまして、然る現場に駆けつけましたところ、そこに、女性とその信者がおりました。」
「女性は神だったというわけか。」
「左様にございます。先日、教祖様が手掛けられた、スカートをまつり上げた神です。神を介抱していたその信者は、目の輝きが信者特有の、その……そうです!この目です!わたくしめのそれと同じものだったのです!」
突然に教祖へ近寄り、自らの見開いた目をゆび指して迫る自称ナンバー2。教祖は耐えた、その目を人差し指と中指でぶち抜くことを。折角信者が増えたのに、ここでまたもとの人数に戻ってしまっては元も子もない。こんな目でも、この目があってこその信者であると今更ながら理解せざるを得なかった。
それに、これで教祖は確信を得たのだった。その人物は、やはり、目星を付けたあの者に違いないと。
「ふむ。そやつは今、どこに。」
「必要でしたら、こちらへ呼び寄せますが。」
教祖は訝るが、ここは任せることにした。
「分かった。ここへ呼べ。」
「では少々、お待ち頂けるようお願いします。しばらく席を外すことを、何卒お許しください。」
そう言って自称ナンバー2は、暗がりへ消えていった。
そして、しばしのち――
ぴんぽんぱんぽーん
お呼び出しを申し上げます
と放送音に乗って、自称(以下略)の声が鳴り響いた。このフトモモ教本部でもよく聞き取れるほどに。
教祖は驚愕した。何をしているんだ、アイツはっっ!!
頭を抱える教祖の頭上から、放送音は無情にも降り注ぐ。
お呼び出しを申し上げます
風紀委員の高城春樹くん
至急
教頭室までお越しくださいますよう
宜しくお願いします
繰り返します
風紀委員の高城春樹くん
教頭室までお越しくださいますよう
宜しくお願いします
ぴんぽんぱんぽーん
こいつは、だから、万年ナンバー2なんだ!教祖は改めて、ひらめいた案の早期実施を決意するのだった。フトモモ教のナンバー2を、その信者に差し替える。効果があるかどうかは分からない。しかし、自称ナンバー2よりは頼れることを、日々の観察から見抜いていた。
その後、高城を連れてきた自称ナンバー2は、ふと疑問を口にした。
小遣いは増えていないのですが、どのようにホチキスの芯を買い増せばよいか、一緒に考えませんか、と。新信者に。
直後、教祖が自称ナンバー2の目を潰しに掛かったのは言うまでもない。