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第三話 星影昴は朝のトイレが長い

「校長!」

 今日も息を切らした教頭が、校長室へ飛び込む。

 すかさず校長は答えた。

「分かりました。被害生徒は、既に生徒会長室ですか?」

「ええ、そうです。怪盗ホチキスです。やられました。今朝の被害は……って、あれ?何か、違和感が……」

「全く、あなたは、何を考えてそのような演技をしているのでしょう。」

「それは、フト……ううん、なんでしょうね……わたしには、わたくしには、その真意は計り兼ねます。」

「全く意味が分かりませんが、それは台本通りなのですか?」

「いえ、単純に混乱しているだけです。今朝の怪盗ホチキスによる被害に。それ故、第一話と同じことを申しているようです。」

「本当のことを言っているのか、余りの事態に錯乱して表舞台と舞台裏を取り違えているのか……あなたは、教頭役としての心構えが足りていないようです。覚悟はおありですか?」

 その言葉に、さすがに教頭も冷静になれた様子だった。教頭の口はまさに「じぇ」を言おうとした形だったが、すんでのところで踏みとどまっていた。グッジョブ?

 姿勢を正して教頭は宣言する。

「……わたしは、わたくしは、万年ナンバー2を脱却したいのです!そのために、こうやって、いつも無茶なことをしてしまいます!本当に、本当に……おのれの適正と職分を、冷静に、今一度、小一時間見つめ直したいと思います。」

 校長は黙っていた。何を言っても無駄なように感じたからだ。それは今、教頭が混乱しているからというより、この人物にはもう手の施しようがないと思い至ったに近い考えからだった。

 教頭は、その沈黙をまたあさっての方向に捉えていた。この時間、空間、今、わたくしめは、校長と意を通じ合っている……ああ、ナンバー2って、やっぱり、天職かもしれない、ってね。

 そんなことが校長室で、「小一時間」続いた。



 少し時間の遡ること、数十分。まだ怪盗ホチキスによる被害は発生していない。

 校門の前では、登校してくる生徒らを風紀委員の面々が眺めていた。生徒会長兼風紀委員長の星影昴が不在のため、幾らか気が抜けているようだった。

 校門前はひらけており、特に起伏のない街の景色が、駅前の方まで見通せる。低層住宅と個人営業の店舗が立ち並ぶその並木通りは、多くの生徒が登校に使っていた。

 風紀委員の一人が暇を持て余し、隣の委員につぶやく。

「ほんと、今日の会長も遅いなあ……そういうもん?ジョシって?」

「あんた、失礼な人だね。お手洗いって、別に何もあなたがしているようなことだけを、するところじゃあないよ?」

「そりゃあ、知っているけどさ。でも、会長って、行ったらもうほぼ戻ってこないじゃん。いいのかなって。」

「しょうがないでしょ。その間に事件が発生することだってあるんだし。この前だってそうじゃない、会長がいないときに、怪盗ホチキスが現れて、そのまま被害者の介抱に向かったりと、ほんと、忙しいんだから。」

「なんでそう、大事な時にいないんだか……ッいてっ!何すんだよっ!」

 不満を漏らした委員の脇腹に、ひじ打ちが決まっていた。

「あのねえ、じゃああんた、せめて朝一にここに来るぐらいしてみなさいよ。いつだったかしら、風紀委員の癖に遅刻するなんて、何考えているんだか。それこそ、会長の顔に泥塗っているんだよ?覚悟あるの?」

 脇腹の痛い委員は、どこかで聞いたセリフだと思ったような気がしたらしい。

「わたしは、わたくしは……って、俺はそんな言い方しねえ!!なんだ、今日はついてないな。脇腹を痛めると、思考回路がおかしくなるんだよっ。」

「変な癖ねえ。面白いから覚えておくよ。まあともかく、会長は確かにここを空けると長いかもしれないけれど、戻ってくるときは、見違えるほど綺麗になってるよ、いつも。なんていうか、着直してから更にお化粧も直したみたい。それに、なんだろうね、目の輝きが変わっているんだよね。」

「へー。よく見てるんだな。全く気付かなかった。」

「あんた、本当に人を見る目がないねえ、というか、女の子のこと、分かっているの?」

「ああ、分かるぜ。そう、お前は女じゃないな……ッいでっ!」

 本日二度目のひじ打ちが決まっていた。

「やっぱり、分かってないじゃない。」

「い、いや……そういうところ、分かりたくない……じゃなくて、はい、分かるようにします。イゴ、キヲツケマス。」

「棒読みね。台本読んでいるだけじゃ、役者にはなれなくてよ。」

「いいよ、俺は結局、風紀委員のナンバー2にすらなれねえよ……」

「あんたが何を狙っていたのか、よく分からないね。ひじ打ちの後遺症かしらね。」

「そういうことにしといてくれ。」

 そんな緩い登校風景に、悲鳴が響いたのは、そのときだった。

「なんだっ!」

 脇腹損傷委員が、叫びの聞こえた方向へ飛び出して行った。

 その行動を見送ると、ひじ打ちの専門家は少し安堵する。

「まあ、行動力と速さは、ナンバー1だと思うわ。」

 そう誰に言うでもなくこぼすと、ポケットから取り出した機器の受話口を顔に添えた。

「こちら、校門前。事件が発生した模様です。一旦、校門前を離れますが、現場を確認次第、また、折り返します。」

 これが本日の第一報だった。またも怪盗ホチキスによる被害が発生したのだ。

 被害生徒は今回二名の女生徒、両名はその後、生徒会長室で星影よりケアを受け、一名は午前の早いうちに復帰した。

 もう一名は、しばらく会長室に留まることを希望した。そのあと、会長室へ裁縫セットが運び込まれたらしい。

 彼女が部屋より姿を現したときには、スカートの丈がスバラシクなっていた。

 会長室でどんな革命が起こったのか、誰も知る由もない。


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